蟹川空一の場合

 蟹川はアクロポリス解体後、長野県にあるブルーベリーの農家へ住み込みで働いている。

 以前から蟹川は田舎へ行きたがっていた。

 そして、農業を中心に就職活動をした結果、ブルーベリー農業を営んでいる木島ファームへ内定をもらった。


 蟹川の上司である木島太陽は時には厳しく時には優しく蟹川を指導していた。

「蟹川君、3ヶ月ここまで出来て凄いよ!今度は、発注を任せるよ」

「ありがとうございます」

 蟹川は嬉しかった。上司から一人前だと認められたからだ。


 その日、個人経営のケーキ店からブルーベリーの注文が来た。

 蟹川は、今まで木島から学んだ事を思い出しながら仕事に取り組んだ。

 だが、翌日事件が起こった。

「どういう事ですか?」

 ケーキ店から木島の元に苦情がきた。

「申し訳ございません」

「謝ってすむ問題じゃないですよ!こっちは10箱って伝えたのに100箱だなんて!信じられません」

「申し訳ございません。このような事が起きないように気をつけますので」

 木島はひたすら謝罪したが、ケーキ店の店主は乱暴に電話を切った。

 木島のやりとりを横で聞いていた蟹川は木島の目を見て

「すみませんでした」

 と頭を下げた。

「蟹川君、今回が初めてだったからこんなミスが起きた。次はちゃんとやるように。な?」

 木島は励ましたが、蟹川は泣き出した。

「蟹川君、泣かないの。もう起きちゃった事だし…」

「俺、辞めます」

 蟹川はそう言って農場を出て行った。

 木島は追いかけようとしたが、時すでに遅し。蟹川はもう遠くのほうへ行ってしまった。


 自分の部屋に戻った蟹川は荷物をまとめた。蟹川の異変に気づいた木島の妻の吉乃が

「蟹川君、どうしたのよ!荷物まとめて」

「俺、辞めます。これ以上足引っ張りたくないんで」

 蟹川は荷物をまとめると逃げるように去った。


 バス停にたどり着いた蟹川はぼんやりバスを待っていたが、ある事を考えていた。

『木島ファームを出たら自分に帰る場所があるのか?』

『実家の親や8人のスター時代の仲間達に会わせる顔がないのでは?』

 その頃、木島は自宅に戻り、吉乃に訳を話した後、手分けして蟹川を探しに行った。

 蟹川はふと自分を呼ぶ声が聞こえ、急いで木島の自宅に戻ったが、誰もいなかった。

「俺、見放されたか…」

 蟹川は諦めてバス停へ行こうとしたが、木島夫妻が戻ってきた。

 木島夫妻に蟹川は謝ったが、

「蟹川君、次頑張ろう!明日も仕事あるし」

「はい、わかりました」

 そう言って木島夫妻と蟹川は家の中に入って行った。

 次の日から蟹川はブルーベリーの栽培と同じぐらい発注の仕事に励んだ。

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