むかしばなし
たかばしえい
むかしばなし
むかーしむかし、
あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました。
ある日、おじいさんは山へ洗濯に、おばあさんは川へ芝刈りに行きました。
お爺さんが山の斜面で洗濯物を干していると山の頂きの方から大きなクマがのっそのっそと降りてきました。
爺の目の前に現れたそれは正に野生の獰猛さ荒々しさの具現であった。
全長2mを越える巨体に筋肉隆々とした四肢。漆黒のフォルム。
その突然の邂逅に暫し、呆然と立ち尽くす爺。
だが、次の瞬間、彼は、獣に対し後ろを見せ逃走の姿勢を見せてしまった。
血に飢えた獣と対峙した時に絶対にしてはならない事、それは相手に対し此方が狩られる立場である事を悟らせてしまう事。
そして、爺が選択した行動は正にその最悪の行為であった。
その逃走の仕草を見た獣は直ちに爺が獲物であると認識し、自然と口元から涎が垂れだした。
そして、その発達した右前足を大きく振り上げると、それを合図に獲物の追跡を開始した。
追う捕食者と逃げる被捕食者。生命生誕以来無数に繰り返されてきた大自然の宿命。
しかし爺の体力では逃げ切れるはずも無かった。
やがて熊は爺に追いつき、右手を持ち上げその鋭い爪を爺に向け振り下ろし、その皮を切り裂き肉を引き裂かんとした。
…その瞬間だった、ドーン、という大きな音が山の周囲に鳴り響いた。
それを合図にしたかのように獣は彫像のように動きを止めた。
ややあって、獣は暫し痙攣したのち、糸の切れた操り人形のように前のめりにどおっと倒れた。
「爺さん、怪我は無いかい?」
その声とともに猟銃を抱えた男が現れる。
男の正体はマタギであった。
「しかし危機一発だったなあ。」
マタギはそう言って鉄砲の銃口からたなびく煙を吹き消す。
「おかげで助かりました。」
爺が答える。
「俺は俺の仕事をしただけ。礼には及ばんよ。」
マタギはそう返答する。
「まあそう言わずに、お礼にこの玉手箱をあげましょう。」
爺。
マタギ、暫し思案。
「そうかい?悪いね。」
マタギ、玉手箱を受け取る事に。
「ですが、決して開けてはいけませんぞ。」
爺。
「…なら、何故渡す」
マタギ、当然の疑問を口にする。
「まあまあ、漢が細かい事を気にするもんじゃない。」
爺は唖然とするマタギを後にして下山する。
…あれから一体どれだけの月日が流れた事だろうか。
俺はあの日以来、この箱を開けるか否かをずっと思案し続けている。
もはや飯を食う事も、水を飲むことも忘れて久しい。
ただひたすら、この箱の前に座っている。
この箱を俺に渡した爺を恨んだ事も有った。
だが、それも遠い過去の話だ。
…だが、いい加減、終わりにすべきかもしれない。
家に帰る時が来たのだ。
…里の実家に帰ろう。
のろのろ立ち上がる。
足元がふらつく。
それはそうだ、もう、随分長い間、飯も水も口にしていないのだから。
俺は、重い体をどうにか動かし、何時間も掛けて生まれ故郷の里に戻った。
だが、里に戻ったマタギに待っていたのは、実に残酷な現実であった。
男は玉手箱の前で思案していた間にまるで老人のようにやつれてしまっていたのだ。
そのため、彼の家族は、彼を自分たちが知っている人物とは認識出来なかったのだ。
家族に拒絶されたショックでマタギは絶望に駆られ、自殺をする事を考えた。
村の高台の崖の上に登る。
だが、マタギはその前に、心残りを果たすべきだと考えた。
そう、玉手箱である。
マタギは再び玉手箱を自分の前に置いた。
もう何が入っていようと悔いはない。
そう覚悟し、箱を開ける事にした。
箱の中身はタイムマシンだった。
タイムマシンのAIナビゲーションが発動し、マタギに対して問いかける。
「ピピッ。お客様、ご希望の転移先の西暦と日時を入力してください。」
マタギはそのナビゲーターの問い掛けの意味が分からず呆然と立ち尽くした。
再びAIナビゲータの声。
「入力が無いようなので、こちらでAIにより自動的にお客様に最適と思われる転送日時を選定し、そちらに転送いたします。」
その音声が終了した10秒後であった。
玉手箱から眩い閃光が発せられた。
そして、マタギはタイムマシンのAIナビゲーションシステムが選定した50年後の世界に転送された。
マタギは50年後の世界にタイムスリップし、そこで家族に再会した。
「賀三、あなたなの?」
「ああ俺だ、遅くなったな。」
老人のような見た目となったマタギは、皮肉なことに、50年後の世界に相応しい見た目となった事で無事家族に認知された。
そして、それからじゅうねんかん、あやまってたきつぼにてんらくしてできしするまでのあいだ、マタギはへいおんにくらしましたとさ。
ーめでたしーめでたしー
むかしばなし たかばしえい @takabasiei
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