蒐集か×店×その男(2)

「よし、いいだろう」


 解放された風間が、直後、自分の頭を両手で揉みほぐしにかかった。「めっちゃ軋んだ」とぶつぶつ言うと、若干涙が滲んだ目で、宮橋を見つめ返す。


「俺のところの〝結界〟は、引き続きほつれ一つなく完璧ですよ。ネズミ一匹入れないっス。だから皆、ワケありは〝ウチに預けて〟もいくわけで」


 風間は「それにですね」と、頭から手を離して姿勢を戻しながら続ける。


「レア級の〝お宝〟や危ない代物は、何重にも結界と鍵を掛けてある奥の倉庫にしまいこんでいるんです。そこは、たとえ宮橋先輩だろうと突破できませんよ」

「ほぉ。つまり、盗まれるはずがない、と君は言いたいわけか」


 回答を聞き届けた宮橋が、ふっと笑みをもらして鷹揚に頷く。


 風間が、言い方にまずった、というような表情を浮かべた。雪弥も、なんだかちょっと嫌な予感がした。


 と、宮橋が足元の砂利をざりっといわせて偉そうに腕を組む。


「ふははははは、それに〝僕だって侵入する事が出来ない〟だって?」

「あ、この笑い。めっちゃ嫌な予感っす」

「君は面白い事を言うね。たかが蒐集か、そして魔術師風情の連中が寄越した結界――この僕に突破できないわけがないだろう。必要なら、力付くで踏み入るまでさ」


 宮橋が、ゴキリと手を鳴らした。


 実に愉しげというか、悪党じみた笑顔である。それを目の前にした風間が、泣きそうな顔で慌ててこう言った。


「か、勘弁してくださいよ宮橋先輩っ。そんなに俺の管理を疑っているんですか? た、確かに最近、あんたにぶっとばされたせいで、新しい用心棒達もまだ病院から帰ってないですけど、侵入なんて本当にされていないと思――」

「あの二人の大男、まだ復帰してないのか? やれやれ、実に軟な用心棒だな」

「あんたが度を知らなすぎるんですッ」


 どうやら車だけでなく、用心棒の人間にも何やらやったらしい。


 見た目の印象を裏切るくらい腕力でいく人でもあるようだと、雪弥は他人事のように傍観していた。病院送りって、その時には何があったのだろうか?


 そこで宮橋が、本題を切り出すようにして美麗な顔をチラリと顰めた。


「緊急を要する。だから、実際に中を改めさせてもらう」

「えぇぇ、いきなり来ておいて、結局は口頭確認だけで終わらす気も全くないんですか!?」


 風間は「あの」やら「その」やらと、宮橋を中に入れたくない様子だ。他の客もいないというのに、焦った感じで両手で拒否を示した。


「すみません宮橋さん、できれば遠慮してくださいませんか。あの、来るなんて思っていなかったから念のための準備もしていないですし、その、もしかしたら〝本物〟であるあんたが入ると、他の新しい商品に影響が出るかもしれないし――」


 よく分からない言い訳が、しどろもどろに続く。


 雪弥はその様子を観察して、なるほどと自分なりに推測する。どうやら『面倒事は避けたいので出来るだけ入れたくない』とでも言いたいようだ。


 その時、ふと宮橋に流し目を寄越された。


 一体なんだろうと思って、横目にパチリと目を合わせた途端、宮橋が雪弥に『やれ』と顎で指示してきた。気付かずに風間は話し続けている。


「宮橋先輩、そもそもですね、俺はそういう感覚は持ち合わせていないので、魔術が作動しちゃっても分からなというか――ひぃぇえええ!?」


 直後、雪弥は風間の胸倉を掴んで持ち上げていた。


 持ち上げてみたとはいえ、一体どうしろと、と宮橋に困惑した顔を向ける。だが風間は、宮橋にされたがごとく怯え、浮いた足をバタバタとさせながら叫んだ。


「綺麗な顔したこの美青年めちゃくちゃ怪力なんですけど!? み、みみみ宮橋先輩っ、まさか俺をサンドバックにでもするつもりですか!?」

「ははは、まさか。僕はわざわざそんな手間をかけるのは、嫌いだよ」


 ふふん、と宮橋は偉そうだった。


 あ、だからさっき、あっさり彼の頭から手を離したのか、と雪弥は気付いた。初の打ち合わせで、臨時の部下でも後輩でもなく〝下僕〟と言われていたのを思い出す。


 そもそも、この持ち上げに一体、なんの意味があるのか。


 そう雪弥は思って、足をばたばたしている風間の体重も感じていない様子で、吐息を一つもらした。そんな中、宮橋がニヤリとして風間がビクッとする。


「風間、そいつは僕の下僕だ。僕が投げ飛ばせと指示したら、お前は空を飛ぶ事になる」

「マジすか嘘でしょ!? つか、新しいパートナーの新人を下僕呼ばわりって、相変わらずひっでぇ!」


 確かに。


 雪弥は、風間の言葉に同意できた。でもまぁ新米刑事でもなんでもないんですけどね、と、こっそり思って何も言えない。


「ちなみに彼は、僕以上の怪力だよ」

「えええぇぇ! 宮橋先輩以上のバケモノがいるんですか!?」

「失礼だな。僕は普通だぞ」

「普通じゃないっすよ! あんた、教授のバカ重い机も放り投げてたじゃな――」

「無駄話を続ける気なら、雪弥君に放り投げてもらおう」

「勘弁してください今すぐ案内します!」


 とうとう風間が、半泣きでそう叫んだ。


 ああ、つまりただの脅しの一役を買われたわけかと、雪弥はようやく理解したところでこの雑用役にはちょっと呆れたりした。

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