二人の刑事×二人の異色コンビ(1)

 電話で連絡をもらった後、雪弥は宮橋の後について一緒に山を下った。青いスポーツカーに乗り込んですぐ、来た道を戻るように宮橋が車を走らせた。


 山々のある土地を離れるように、猛スピードで田舎道を走り抜けて一旦高速に乗り上げる。一番速いルートでもって再びN県へ入ると、そのまま都心入口で高速道路を降りた。


 高層ビル群の見える風景を横目に国道を進んだ後、宮橋は一つの立体駐車場でスポーツカーを停めた。そこからは徒歩で、都心のド真ん中にある待ち合わせ場所へと向かった。


 指定された待ち合わせのカフェは、キレイな商業ビルに挟まれるようにして建っていた。信号待ちの大きな交差点からでも見える二階建ての店は、こちらまでも品が溢れたお洒落な感じが伝わってくる。


 その立派な外観を、交差点から眺めながら雪弥は尋ねた。


「刑事さんが話す場所のイメージがないんですけど、なんでココなんですか?」

「煙草が吸えるからさ」


 隣に立つ宮橋が、信号を目に留めたまま、つまらなそうに答えた。立っているだけで絵になるすらりとした長身の彼と、随分若い容姿なのにブラック・スーツがやけに似合っている雪弥を、同じく信号待ちをしている人達が男女問わずチラチラと見やっていた。


「三鬼は、そこそこのヘビースモーカーでね。うちの課にもまぁまぁ喫煙組はいて、最近は全席禁煙の店が増え始めているから、この辺だと待ち合わせ場所は大抵固定してくる。あのカフェも、そのうちの一つさ」

「はぁ、そうなんですか……。でも仕事の話とかしづらくありませんか?」

「人に聞かれて『まずい話』であれば、ここで待ち合わせしない。そもそも仕事中は煙草を減らすだの言っているのに、ストレスが溜まるんだとかで有言実行できていない三鬼もどうかと思うけどね。僕は、あいつの喫煙を高確率で見ている」


 もしやそれ、宮橋さん限定でそうなっているんじゃ……? 雪弥は、先程の電話の様子を思い返して、そんな事を想像してしまった。


 歩道の信号が青に変わって、宮橋が歩き出した。そのまま隣を付いて二階建てのカフェに向かってみると、遠くから見た印象を裏切らない立派な建物があった。一階部分の外側にはテラスの喫煙席があって、一つだけ埋まっているテーブル席に二人の刑事がいた。


 そこに座っていたのは、少し前、県警にある宮橋の部屋にいた時に見掛けた、なんだか騒がしく『引っ張り』『引っ張られていた』二人組だった。


 気付いた彼らが目を寄越してくる中、店のテラスに上がった宮橋が、足を進めながら雪弥にざっくり言った。


「雪弥君、あっちにいるのが、僕の同期の捜査一課の三鬼薫(みきかおる)。そして隣にいるのが、彼の相棒歴二年の後輩刑事、藤堂司(とうどうつかさ)だ」


 改めてそう紹介された三鬼という男は、電話越しでも受けたような無愛想で喧嘩っ早い印象のある顰め面をしていた。不健康そうにも見える痩せ型をした長身の男で、スーツをやや気崩していて品なく椅子に腰掛けている。


 対する若い相棒刑事、藤堂の方は、ネクタイもきっちりと締めて椅子に座っていた。ベビーフェイス寄りの顔だけでなく、全体的な雰囲気からも愛想の良さが伝わってきて、素直さの窺える優しい目もあってか、人懐っこい柴犬を思わせた。


「お疲れ様です、宮橋さん」


 テーブル席のすぐそこまで来た宮橋に、藤堂がそう声を掛けてきた。労うような口調には優しげな響きがあって、申し訳なさそうに柔らかな苦笑を浮かべている。


「突然呼び出してしまって、すみませんでした」

「呼び出したのは三鬼だから、君が謝る必要はない」


 言いながら、宮橋が空いている二つの椅子のうちの一つに腰掛けた。吸い殻の入った灰皿を前にした三鬼が、品もなく片足を楽に組んだ姿勢のまま「悪かったな」とぶすっとした声を出す。


 ここに座っていいのかな、と雪弥は残った椅子を引いて腰掛けた。そうしたら目の前にいた三鬼が、何を思っているのか分からない仏頂面でじっと見てきた。


 目もバッチリ合っている状態だというのに、視線を返しても遠慮なく見据え続けてくる。喧嘩っ早そうだと思っていた目は、意外とその人間を自分の目で真っすぐ見極めるような隙のなさが窺えて、なんで見られているのだろうか、と雪弥は顔が引き攣りそうになった。


 その時、藤堂が宮橋に訊いた。


「珈琲を注文しましょうか?」

「飲み物が要るくらい長くなる予定でもないだろう。――で、馬鹿三鬼、話ってのはなんだい」


 宮橋が偉そうにして話を振る。その視線を受け取めた三鬼が、「チッ」と舌打ちして、話す姿勢を取るように足を降ろした。


「相変わらず、話す前から内容が分かっているみてぇな口振りだな。ちょっとテメェに訊きたい事があって呼び出した、手短に済ませる」

「そうしてくれると助かるよ。それじゃ、早速話せ」


 そう言った宮橋が、ふと、思案顔で「いや、ちょっと待て」と顎に手を触れた。数秒ほど考える様子を見せた彼に、三鬼が「あ?」と言って眉間の皺を濃くする。


「やっぱり珈琲と、つまみの甘いものも注文させてもらおう」

「お前が、そうすんのも珍しいな?」

「珈琲一杯分くらいの話しにはなりそうだし、雪弥君がいるからね」


 唐突に自分の名前が出たかと思ったら、そのまま三人の目がこちらを向いてきた。三十代半ば過ぎの二人、二十代半ば過ぎの一人の中で、なんだか学生にも見える雪弥が「え」「あの」と反応に困っていると、宮橋が「それで」と続けて話を振った。


「君、何か食べたいものは? 飲み物は、甘いカフェラテあたりを注文しようと思っているが」

「いえ、僕は静かに話を聞いていますから、お気になさらず――」


 遅れて質問の内容を理解し、慌てて手を振ってそう答えた。


 すると、三鬼が「あ? なんだ、小腹空いてんのか」と口を挟んできた。無愛想な皺を眉間に刻んだまま、それなら宮橋の言葉も納得だとテーブルに片手をつく。


「それなら、そうと言えよな。まだまだ若いんだし、食いたい時には先輩の奢りで遠慮せず食っとけ。体力もたなくなるぞ。それに、宮橋相手だと疲れるだろ」

「え、あの、違――」

「おい馬鹿三鬼、聞き捨てならない台詞だぞ。僕の何が疲れるというんだ?」

「そんままの意味だよ、捜査一課で一番好き勝手やってる問題児だろ」


 慣れたように文句を言い合いながら、三鬼がジャケットの内側から、使い古した二つ折りの革財布を取り出して藤堂へ向けた。


「おい藤堂、お前が竹内(たけうち)達とココで食ってるクッキーだとかスコーンだとか、とりあえずつまめそうなもんを適当に注文してこい。お前の分も買っていいぞ。んで、宮橋のいつもの珈琲とカフェラテだ」

「先輩、前々から思ってますけど、デサード系の扱いがぞんざいすぎません?」

「俺は甘いものだとか、そういうのはよく分かんねぇんだよ」


 立ち上がった藤堂が、三鬼から財布を受け取った。宮橋が横から「だからお前はモテないんだよ」と指摘し、三鬼も目を向けないまま「うるっせぇ」と言葉を返した。


 なんだか仲が悪そうだ。けれど、これがいつものやりとりのように言い合い慣れている感じもあって、雪弥が戸惑いがちに目を向けると、藤堂が『気にしないでください、大丈夫です』と柔らかな苦笑を返してきた。


 それから藤堂が「少し行ってきますね」と言って、一旦席を離れていった。

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