蒼緋蔵雪弥を訪ねたモノ(1)

 どれくらい歩いていただろうか。

 僕の事は気にするな、空気と同じと思え今は意識するな、と、またしても宮橋から不思議な指示のような言葉を掛けられてから、しばらく会話もなく山道を下っていた。


 不意に、草葉が不自然に立てる音を耳にして、雪弥は足を止めた。そちらへ目を向けてみると、随分と大きな肩をした、ずんぐりとした大男の姿があった。


「お前が、蒼緋蔵家の『番犬候補』か」


 大男が、やけに赤みの強い目で真っすぐ見据えてそう言う。体格の大きさや存在感だけでなく、しっかりと見つめ返してくる眼差しや、野太い声からも肉体的以上な自信が漂っているようだった。


 眼球がやけに小さく見えるのは、顔の大きさがあるせいなのだろうか。額には何本の筋が立ち、その首も、両手を合わせても巻き届かないほどに太そうだ。


 その後ろには、一回り小さなずんぐりとした男が二人いた。どちらも妙な気配だ。顔には黒塗り鬼の仮面をはめていて、両腕をだらんとさせて俯き加減で立っている。


 蒼緋蔵家、と聞いて雪弥は顔を顰めた。どうやらエージェント関係ではないらしいと察した途端に、普段の気性も忘れてピリピリと殺気立っていた。


「それ、副当主のこと?」

「左様。番犬候補、すなわち副当主候補である」


 関係もない者からの指摘に、胸がざわついて猛烈に嫌な気持ちになった。


 先日の高等学校への潜入捜査の一件から、よく耳にしている言葉だ。昨日、兄の蒼慶から、当主を支えて守った副当主を『番犬』と呼んでいたようでもあるとは聞いていた。


「僕は、副当主になるつもりはない」


 そう口にしたら、居心地の悪さが急速に増した。兄の、そして家族のそばにいられないと感じた昨夜の事が蘇って、雪弥はざわりと殺気立って瞳孔を開かせた。


 黒いコンタクトの下で、淡いブルーの光が揺れる。


 すると相手の大男が、同じく赤みかかった獣の目を鈍く光らせた。けれど殺気はまとわないまま、ただただようやく納得したように野太い声で「まっことであるらしい」と頷く。


「そのような嘘を付かずともよいぞ、お前こそが『番犬』の役職につく者なのだろう」

「この件に関しては、わざわざ嘘を吐くほどの理由もないんだけど?」

「若き番犬候補よ。武人として我が一族の礼儀(おしえ)に従い、俺は一族の戦士部隊長として正々堂々と宣戦布告する」

「おい。僕の話し聞いてる?」


 勝手に始めるんじゃない、と雪弥は余計に腹が立ってきた。


「僕は、お前から宣戦布告されるいわれもな――」

「我らは、ブラッドクロスにつらなる特殊筋『怨鬼』の一族。血の覚醒を迎えた者達によって構成された、特攻と殲滅のための鬼の戦士部隊」


 唐突に出されたのは、初めて聞くカタカナ名と一族の呼ばれだった。


 特殊筋、と聞いて昨日の蒼慶の話が思い出された。人の形とは異なる姿で産まれる家系、『遺伝的な奇病』を持っている家系、もしくは秀でた戦闘能力やら才能を持つ人間が生まれる家系、と色々と説があり定かではない。


 けれど、ただただ自分にとって必要とすることだけを、目の前から単純に考えればどうだろうか。


 別に自分は、その言葉の歴史やら『含まれる全て』を知りたいわけではない。ならば、導かれる答えは、もっと簡単になるのではないだろうか?


 大昔に、それらが関わった『地獄絵図』のような戦争が起こっていた。それが現代でも再び始まるだろう、と蒼緋蔵家の先代当主は蒼慶に言葉を残した。そして桃宮は、兄に銃を向ける事になって――特殊筋だと名乗った第二人格を持つ愛娘『アリス』に殺された。


 雪弥は思い返して、すぅっと表情から温度を消した。


 じっくりと大男を見つめて考える。

 これまでは引っ掛かっている程度だったが、今は分からなすぎる事が『気持ち悪い』。いい機会だ、この図体のデカい馬鹿は何かしら答えてくれそうだと、コンタクトでさえ隠せない凍える鈍い輝きを宿した目を向けて『吹っ掛けた』。


「君は『そこまでの特殊筋』だと?」

「怨鬼と名の付く古き一族名くらい、蒼緋蔵家の本家の人間ならば知っておろう。時代ごとに蘇りし我が一族は、他の特殊筋と同じく『特殊な家系』として、戦闘特化型だ」


 戦闘特化……つまるところ特殊筋は、ざっくり戦闘系に寄っていると考えればいいのか?


 長いこと領土の奪い合いで、特殊筋の家同士の戦争が続いていたという歴史を聞かされたばかりだ。蒼慶が口にしていた一部の文献にあった武才、戦国時代の絵に描かれていた戦争に使われていたという化け物、考えようによっては戦いに関するだろう。


 そういえば、蒼緋蔵家も戦士の一族と言っていたか。そんな事を冷静な表情の下でなんでもない風に考えながら、雪弥は「で?」と冷やかに問い掛ける。


「『君』は、僕になんの用が?」

「ブラッドクロスは『番犬』の席が埋まるのを望んでいない。此度(こたび)は我らが第一陣として指名され、一族の戦士部隊総出でその懸念(こうほ)事態を潰す事が決まった」


 雪弥は「ふうん」と、薄いブルーの色を覗かせる目をよそに流し向けた。ブラッドクロス、というのが組織的な名前らしい事は分かった。でも、そんな事はどうでもいい。


「へぇ。僕を潰す、ねぇ」


 形のいい唇からこぼれ落ちた澄んだ声に、不意に一帯が殺気で満ちた。


 ピリッと空気が張り詰める。


「――それは、兄さん達に害を与えるためかい?」


 そんな中で、彼が思案気に次の言葉を紡いだ。


 妙な問いの仕方だった。どこか古風、それでいて威圧感のあるニュアンスで、ただただ静かに大男に問う。


 大男は赤みの強い目を、濁った赤に鈍く光らせて堂々とした態度でこう答えた。


「勿論、次期当主の『首』もいずれ頂く」


 その途端、場に漂う殺気量が跳ね上がった。拳を固めた雪弥が「ふざけるなよ」と彼らしくない言葉を低く吐き出して、見開かれた目を大男へと戻した。その目は、血に飢えた獣の目をして、凍えるブルーの光りを灯していた。


「ならば『余計に』潰されるものか。絶対に兄さんのところまで行かせない、こちらにとっても懸念になる貴様等(モノ)を『一人残らず』必ず殺してくれる」

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