第3話「聖女としての務め」

早朝、私は近くの川で洗濯をしている。この間あれだけ疲弊した私は、次の日になると身体に何の不調もなかった。ただ、服だけは吐瀉物で汚れてしまっていたけれど。


「本当に便利な体だ。聖女様は羨ましい」


何度も何度も数えきれないほど、そう言われてきた。討伐部隊の負傷の治癒を施した後、大聖堂で私は力尽きた。翌朝目覚めると、私は変わらず硬い床の上。軋む心を叩き起こし、私は帰途に着いたのだった。


ーー聖女の魂は、永遠に民と共に


「私は聖女、私は聖女」


からからに渇いた口の中でもごもごと呟く。時折銀の髪が顔にかかり、それを鬱陶しく思う。ぱさぱさで艶もない傷んだ髪。水面に映る濁った鈍色の瞳と目が合い、私はぱしゃりとそれを手で叩いた。


いつ貰ったか分からないパンを食べ、私は身なりを整え家を出る。といっても、持っている修道服はすっかりぼろぼろで寝間着と大差ないけれど。


朝市で賑わう街を静かに通り抜け、私は大聖堂へと足を運ぶ。今日もここで私は民の為に、自身を淡い光で覆いひたすら聖女の力を行使するのだ。


この街は王都の膝下。魔物の生息地とは程遠い為、昨夜治療した負傷兵達のように深い傷を治癒することはあまりない。日常で起こる怪我や病気がほとんどだ。


「聖女イザベラ。今宵、王城へ上がるようにと国王陛下より言伝を賜っております」


治癒途中で、王城からの使者が私の横に立ち淡々と告げる。私は手を止めることなく「かしこまりました」と頷いた。


「聖女イザベラ。貴女は聖女である身分を悪用してはいけないよ」

「心得ています」

「聖女たる者、もっと民に寄り添い民の為にその身を捧げねば」


年配のご老人であればあるほど、厳しい表情で私を諭す。私よりもずっと長い人生を生きているこの方達でさえ、私以外の聖女を知らない。けれど聖女の伝承を知らない者は、この国にいないといっても過言ではない。


私自身もきっと、この世に生まれ落ちたその瞬間から耳元で囁かれたはずだ。


──聖女は、民に全てを捧げる存在である


と。


それがスティラトールの理であり、この国の指針。聖女は決して神のような存在ではなく、その命の灯火がカケラでもあるうちは国の為に尽くさなければならない。


それが聖女として生まれた者の使命、そして残された文献によれば、かつてこの使命に抗った聖女は一人として存在していないのだ。


「王城へ招待されるなんて、聖女様は得だこと」


幼い赤子を抱いた女性が、こちらを見ることなくそう呟く。私はただ申し訳なさげに微笑んで、小さく会釈をした。


決して、手を止めることはない。


私のこの身体が、光続ける限りは。

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