「聖女は民の為に生き民の為に死ぬ」と教えられ生きてきた私は、深淵の魔王に溺愛される

清澄セイ

第1話「聖女よ、永遠に聖女であれ」

──聖女とは民の為に生きる者。その慈悲深き御心を、どうか我らの為に


私が生まれたこのスティラトール王国では、聖女と呼ばれる存在はそういうものである。


聖女は生まれながらにして神の加護をその身に宿し、淡い光を放つという。下級貴族であった母親から産まれた私は、百年ぶりにこの国に誕生した聖女だった。


周囲を他国に囲まれ、然程軍事力もないスティラトール王国が、何故攻め落とされないのか。深い森の奥に棲息する魔物達が、何故闇雲に民を襲わないか。


それは単に、聖女というシンボルが存在するからに他ならない。


前聖女が流行病に倒れて以降、王家は次なる聖女の誕生を今か今かと待ち侘びていたのだ。


「ああ、貴女は奇跡の子よ。まさか私が聖女を産むなんて。こんなに名誉なことはないわ」


母は私の誕生を、涙を流し祝福したらしい。けれど彼女は私を出産後まもなく、衰弱死を遂げた。私を産んだ代償であったのか、それは誰にも分からない。


なんせ、聖女がこの国に存在していたのは百年も前。伝承は幾らでも残っているが、実際に目にした者はほとんどいなかったのだ。


「私は聖女、私は聖女」


ぶつぶつと口の中で繰り返すこの台詞は、もう何百度目か。


簡素なベッドとぐらぐらした木製のテーブルに、同じく木製のイス。部屋にひとつしかないチェストは小さなものであるのに、それでもまだ余裕がある。


「スティラトールの女神様、どうかこの国の民に貴女様の御加護を」


私は軋む床に膝をつき両手を合わせ、天を仰ぐ。天井の隙間から入るいく筋もの木漏れ日を見て、私の心はふわりと温かいものに包まれた。


「おはようございます、大神官様」

「おはようございます。聖女イザベラ」


黒の官服に身を包みミトラを被った大神官・ラファエル様が、私の姿を見てこくりと頷く。スラリとした身長に、威厳ある風格。若々しくも見えるし、歳を重ねたようにも見える不思議な方だ。


「早速だが、先刻討伐隊が王城に帰還なされたとのことです。今回の遠征ではかなりの数の兵士が命を落としてしまったとのこと。聖女イザベラ。今こそ、貴女の使命を果たす時です」

「承知いたしました、大神官様」


着古した修道着の裾をキュッと握り締め、私は緊張の面持ちで大神官様を見つめた。





王城の広間にはたくさんの兵士達がうずくまっている。完全に倒れている者もいれば、どこかを痛がる者、他の負傷兵を労わるものなど様々だ。その近くを医師や看護人、修道女達が忙しなく動き回っている。


そして私に気がつくと、皆一様に手を止めた。


「聖女イザベラ」

「後は私にお任せを」


私は自身の胸に両手を当て、ゆっくりと瞳を閉じる。少しずつ少しずつ身体が淡く発光を始め、聖女の力が血管を駆け巡るのを感じた。


他者を癒す為には、必ずこの過程が必要となる。発動条件、とでもいったところだろうか。


負傷兵の腕には布が巻かれており、その重度具合によって色分けがされている。私はまず一番濃い色を巻いた兵の元へと駆け寄った。


「あぁこれで安心だ。私達はもう必要ないだろう」

「さすが聖女様。あのお方さえいらっしゃれば、それ以外がここにいても足手纏い同然ね」

「そりゃあ、聖女様には誰も敵わないさ」


この場で一人の死者も出さぬようにと孤軍奮闘する私には、医師や修道女達の会話は耳に入らなかった。

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