七夕令嬢のため息

乃ノ八乃

短編


━━私には前世の記憶がある。この世界よりも遥かに文明の進んだ場所で二十数年を生きてきた記憶だ。


 とはいえ、その記憶が活かされる機会はほぼないに等しい。


 何故ならこの記憶を持った私は一年に一度しか現れる事ができないからだ。


 前の世界でいうところの七月七日……七夕のこの日だけ私はこの世界の私から前世の私と入れ替わる。


 この事実に気付いたのは六歳の時、最初は訳が分からなかったけど、二度、三度、目覚める内、その法則に築く事ができた。


 正直、理解した当初は「私は織姫か!」と呆れ交じりのノリツッコミを心の中でしていたが、慣れてしまえば特に思う事もなくなってくる。


「……この世界の私の記憶があるから一日を過ごすのに問題ないけど、なんだかなぁ」


 テラスから空を見上げながら一人呟いた。


 どうしてこうなったのかは皆目見当もつかないし、分かったところで一日しか自我のない私には何をすることもできないけど、気になると言えば気になる。


「━━あ、あの、お、お嬢様。食事のじゅ、準備が整いました」

「んー、今行くわ」


 やたらと怯えた様子のメイドさんに呼ばれて部屋の中に戻り、私は食堂へと足を運んだ。


 この世界の私はいわゆる貴族の令嬢らしく使用人が何人もいる豪邸に住んでいる。


 それで先ほどのメイドさんがどうして怯えていたのかというと、この世界の私の性格が最悪だからだ。


 少しでも気に入らないことがあると暴力や暴言を吐き、幾人もの使用人を退職に追い込んでいる。


 その性格から巷では悪役令嬢なんて呼ばれているみたいだけど、一年に一度しかこの体で過ごさない私にはあまり関係のない話だ。





━━十六歳の七月七日、もう十度目になる入れ替わり。この頃には周囲から七月七日になると私の性格がその日だけ変わると認識され始めていた。


 入れ替わっているときの記憶がこの世界の私にはないため、齟齬を生まないためにもこの普段のふるまいをすべきなのだろうが、はっきりいってあの終わった性格を演じるのは嫌だからと素の自分のまま過ごしている。


 多少の齟齬があっても私は大して困らないからねー……。


 正直、感覚的には今と前世の私は別人……だから人生がどうなろうと他人事だと思ってしまう節があった。


「……それにしてもこの世界の私もお年頃かぁ」


 今日、目覚めて記憶を振り返ると、この世界の私がとある貴族の男性に恋をしているという事実を知った。


「相手はイケメンだねぇ……おまけに性格も良いときてる、こりゃモテるだろうね」


 記憶の中の相手を思い浮かべながら他人事のように呟く。や、まあ、イケメンだとは思うけど、私は別にその人に恋心を抱いていないので実際、他人事なのだが。


……こりゃ現世の私が逆立ちしてもそのハートを射止める事はできないかな。


 ぶっちゃけ、あんなイケメンを狙うならその終わってる性格をどうにかしろと言いたい。







━━十七歳の七月七日、目覚めて記憶を振り返ってみると、まさかのまさか、今日この日に例のイケメン貴族と私の会食がセッティングされていた。


「うわぁ……マジか……一体何がどうなったら会食まで持っていけるの」


 記憶を見るにどうやら現世の私が親に頼み込んで無理矢理セッティングしたらしい。


「自分の終わってる性格分かってるのかな?や、セッティングした両親も両親だけど……」


 この世界の両親だって娘の性格くらい把握している筈だ。それなのにわざわざ会食の場を設けるなんて……。


「……ああ、もしかしてそういうこと。だから今日なのね」


 要するに両親は普段の私ではまず会食が無駄になると判断して性格の変わるこの日……前世の私をイケメンに当てて無難に終えようという魂胆なのだ。


 今日だけの性格で次が一年後だとしても、一度会食させれば後は誤魔化せるだろうと思ったのかもしれない。


「やだなーめんどくさいなー……」


 一年に一度しか過ごせないのに一日の半分以上の予定を埋められるのは勘弁ほしいところである。



 会食の場。イケメンと向かい合った私は何事も起きないように祈りながら作り笑いを浮かべ、やり過ごしていた。


 そんな私の心中など知るはずもなく、性格も良いイケメンは悪役令嬢の噂も知っているだろうにニコニコと笑みを浮かべて会話を振ってくる。


……この人は何を思ってこの場に来てるんだろうか。


 いくら無理矢理セッティングしたとはいえ、このイケメンには断る選択肢もあった筈なのにどうして。


「……あなたはどうしてここにきたんです?私の噂は知っている筈でしょう」


 どうしても気になり、我慢できずに質問するとイケメンは意外そうな顔をした後、プッと吹き出して何かを答えた。


 この時の言葉を正確には覚えていないけど、なんか噂は噂だったとか、自分の目で確かめるまで信じない主義だとかそんな事を言っていた気がする。







━━十八歳の七月七日、目覚めた私は呆れる事になる。なぜならこの日、また例のイケメンとの会食がセッティングされていたからだ。


「……あの日から何度かあって現世の私の終わった性格を知った筈なんですけどね」


 あの日の無難な会話のどこを気に入ったのかは知らないが、イケメンの方から会食なりを申し込み、その度に現世の私がやらかしているという記憶がある。


 それなのに今日、また向こうから会食をセッティングしてきたのはどういう事なのだろうか。



 そして会食。前回と同じく無難に会話を繰り広げていると何をとち狂ったのか、イケメンが突然、「今日の君が本当の君なのだろう?」と迫真の顔で訪ねてきた。


 どうやらこのイケメンは私が何かの要因で普段はおかしくなっていると勘違いしているらしい。


 本当の私という観点で見るなら一日しか過ごせない私より、普段の私の方が本物と言える気がするが、イケメンの頭の中では逆の想像を描いているようだ。


 まあ、そういう物語としてみればそっちの方がぽいもんね。


 この先を考えればここで本当の事を言った方がイケメンのためになると思い、「本当のという意味なら今日の私は偽物ですよ。普段の性格の悪い私が私なんです。ごめんなさい」とはっきり告げた。







━━十九歳の七月七日、目覚めた直後、私は腰を抜かしてしまいそうになる。その理由は記憶を振り返る以前の問題で、私が目を覚ますとベッドの横の椅子にあのイケメンが座っていたからだ。


 おかしい……記憶を振り返ってもイケメンがこの家にきた記憶なんてないんだけど……。


 前回の会食以降、イケメンは現世の私の誘いを全て断っている。そうなった事で現世の私は荒れに荒れ、使用人や両親に当たり散らした記憶もあるのにこの現状はどういうことなのか。


 話を聞くとイケメンは前回の私の言葉を曲解し、自分を気遣って嘘を吐いたと思っているようだった。


 噓でしょ……本当の事を言ったのにまさかそう受け取るなんて。


 どうやらイケメンの中で私は人格を乗っ取られ、一年に一度しか元に戻れない可哀そうな子という認識のようで、雰囲気で盛り上がり、前世……今の私を呪縛から救って娶ると意気込んでいる節がある。


 はぁー……どうしよう、誤解をとこうにもまた曲解されそうだし、かといってこのままだとこのイケメンくんの人生があれな事になっちゃうし……。


 どうしてこの状態になっているか自分でもわからない上にこの先もずっと七夕に入れ替わるとも限らない。


 もしかしたら今日が最後かもしれないのだ。そうなった場合、このイケメンはあの性格の悪い現世の私を相手に無駄な苦労をする羽目になる。


 それはあまりに可哀そうだろう。だからどうにかしてあげたいのだが、ぶっちゃけイケメンくんが諦めるのを待つしかない。


 まあ、しょうがないか。罪悪感はあるけど私には他人事ではあるし、イケメンくんもそのうち折れてくれるよね。







━━二十歳の七月七日、目覚めるとイケメン。諦める様子なし。



━━二十一歳の七月七日、変わらずイケメンがアプローチしてくる。諦める様子はない。



━━二十二歳の七月七日、目覚める度にイケメン。私にとっては寝て覚めての間隔だけど、向こうは一年越しなのにきつくないのだろうか。相も変わらず諦める気配はない。




━━二十三歳の七月七日、私のどこがいいのだろう。一年に一回という特異性を除けば私はどこにでもいるの一人なのに。やっぱり彼は諦めない。





━━二十四歳の七月七日、そろそろ洒落にならない年齢。だから彼にはっきりと諦めるように告げるもやはり彼は諦めなかった。







━━二十五歳の七月七日━━━━━━━━



 どうにも彼は諦めない。



 自分の人生を賭けて私と向き合う覚悟があるみたいだ。



なら私は━━…………




「はぁ…………ホント、どうしよう…………」




 仄かに頬が上気するのを感じながら重く深いため息を吐く私。どうにもこの悩みはこれから先も尽きそうにはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七夕令嬢のため息 乃ノ八乃 @ru-ko-bonsai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ