石を数える

Nekome

石を数える

「君、いつからいるの?」

ある男は河原に座っている少女に話しかけた。

「十二年」

「ここで、なにしてるの?」

「……石を積んでる」

少女は男の居る方へ振り向きすらせず、黙々と石を積んでいる。

「親は?」

「いない、最近消えた」

「だろうね」

「うん」

「いつまで積み続けるの?」

「石が無くなるまで」

風が吹き、高く高く積み上げられていた石が崩れた。

「……また最初から」

「どうして石を積むことを辞めないの?」

「石は罪よ、積み上げなきゃ、川が埋まっちゃう。石はどんどん増え続けてる」

「川が埋まれば、もう新しい石が落ちてくることは無くなる」

「そしたら水が飲めなくなる!」

少女は勢いよく立ち上がり、震えた手で男の頬を叩いた。

「次はアタシが質問する番よ」

荒い呼吸を落ち着かせ、少女は男の顔を見つめる。微笑みながら、少女は言葉を紡いだ。

「おじさんはいつからいるの?」

少女は河原に座っている男に話しかけた。

「ついさっきからだよ」

「嘘つき」

「……30年間ここに居て、離れて、さっき戻ってきた」

「ここで、何するつもりなの?」

「石を積み上げるつもりさ」

男は少女の顔を見ないで、うつ向いている。

「知り合いはいないの?」

「いない、あいつらはもう、戻れない」

「なんで?」

「戻る気がないから」

「なんで貴方は戻ってきたの?」

「石がまだあるから」

風が吹き、川の流れが速くなった。

「……川の流れが速くなるなんて初めて」

「たまにはこういうことも起きる。小さい石は下流へ流れていく」

「こうやって流れるなら、どうしてみんな消えてくの?私の両親だって」

「……新しい、大きい石が流れてくるからだよ」

音を立てて流れ着く。大きな石だ。少女はその光景に目を奪われた。

「石は罪じゃない。罰だよ」

男は立ち上がる。川の中に足を踏み入れ、小石を拾い上げた。そして、川岸へ積み上げていく。

「この川は、僕たちの意思だ。石がもし罪ならば、この川はとっくに埋まっている」

五段程積みあがっていた石が崩れたが、男は気にも留めなかった。

「僕たちは自主的に石を増やすんだ。川の流れを速くし、石を退けても、僕たちは罰を求める」

「私は罰なんて望んでないわ」

「望んでいるよ、罪と罰は繋がっているんだ。石を流せば、罪は消える。石を流さなければ、罪は消えない」

男は積み上げていた石を壊し、川の中へと投げ入れた。

「罪だけが膨れ上がる。僕たちはその圧を受け入れられない」

「流れてくる石を、川がせき止められないように回収して積み上げる。自身の罰の数を数える。それを繰り返すことで、意識が罰で埋まらなくなる……君はこの川が流れていく先に何があると思う?」

「何って、海でしょ?広くて美しい海が……」

「本当にそうかな?……僕は昔、川の下流には何があるのか気になって、見に行った事があるんだ。そしたら、何があったと思う?」

男は一息吐いて、少女の顔を見つめる。微笑みながら、男は言葉を紡いだ。

「穴だよ。大きな穴があったんだ。その穴の中には石が敷き詰められていた。穴を挟んで向かい側にはまた川が」

「それって」

男は少女の声を遮る。

「穴の真上から、石が降り続けていた。大きな石がね。さっき流れてきた石よりもずっと大きな石が」

男は石を積み上げ始めた。

「穴に落ちた石は向かい側にあった川へと流されて、またここに戻ってくる」

「じゃあ私たちがいくら努力したって、いつかは石で覆いつくされるってこと……?」

「ああ、遅かれ早かれ結末は変えられない」

男は石を積み上げ続けた。

「私がやってきたことは、全部無駄だった?」

「これは延命行為だ。意味はある」

「いくら積んでも、明るい未来はやってこないんでしょ」

少女は蹲り、泣き出した。

「お父さんもお母さんも、これがわかったから、いなくなっちゃったんだ」

男は石を積み続ける。

「おじさんは、積んでも未来は変わらないってわかってるのに、どうして戻ってきたの?」

男は石を積む手を止めない。

「石があるから……それに、川が埋まれば水が飲めなくなる。僕は君と同じ、死にたくないんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

石を数える Nekome @Nekome202113

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ