3-2 いやーな予感がしやがんな

「――要は、家庭で暇を持て余した跳ねっかえりどもの教育施設みたいなものでしてね」


 練兵所こと、子供向けの武術教室のことを、カイルはそんな言い方をした。

 メイスオンリー領の領都、ゾルハチェット。その街中にある武術教室のグラウンドには、数十人ほどの子供たちが集まっている。

 今彼らは木剣を手に素振りをさせられているようだが、その表情は皆一様にマジメだ。生き生きしているとも言える。


「家でやることなかったりまだ親の仕事を手伝えない歳の子なんかは、ここみたいな武術教室に送られるんです。メイスオンリー領では、国境警備隊は花形ですからね。子供たちもやる気なんですよ」


 なんせ、国境の守護は国を運営する上での根幹だ。外敵から攻撃を受けた際にはいの一番に対応する。それは“自分たちがこの国を守っている”という自負に繋がる。

 また隊長であるヒルベルトは“軍神”とも呼ばれる、いわば生きた伝説だ。総じて国境警備隊の士気は高く、またそんな戦士たちに憧れる後身が後を絶たない。


 その後身達が、若い頃に揉まれるのがこうした民間の武術教室だ。

 元は要塞だったゾルハチェットは、その当時の名残として街中に訓練場がいくつか点在する。

 といっても“名残”というのは訓練場そのものではなく風習のことだ。兵士や傭兵としての訓練の習慣が、街が戦略基地であることを忘れた今となっても武術教室や訓練場という形で残っている。


 ジークフリートはカイルの説明には気もそぞろで、視線はグラウンドで木剣を振る子供たちに釘づけた。同い年の少年が――それも平民の――戦闘訓練を受けているという事実が気になるのだろう。

 逆にツェツィーリアは不安そうな面持ちのまま、スカーレットの傍を離れないが。

 と、ジークフリートはパッとカイルを見上げると、


「お前や、あの大人たちは? ここの教官なのか?」

「教官……というと、微妙なところですね。確かにここはうちが面倒見てますが、基本的には非番や予備役の隊員が面倒を見ています。隊員の多くはこうした教室や道場に通ってた者たちですからね。簡単に言ってしまえば、自主的な後輩教育です」

(もしくは、暇を持て余した先達たちの後輩いじめとも言う)


 邪なことを考えたせいか、一瞬ちらとカイルに睨まれたが。

 ジークフリートは何かを考えこむように唇に手を当てると、それからぽつりと訊いてきた。


「……ここでは子供の頃からそういうことをするのが一般的なのか?」

「そうですね。概ね受け入れられていると言っていいでしょう。基本的には自主性に任せていますから、子供なら絶対に、というわけではないですが。領地の場所が場所なだけに、メイスオンリー領としては推奨しています」

「……国境だからか」


 それはつまり、有事の際には戦地になりうる場所ということだ。

 理解の早かったジークフリートに、カイルは年下に向ける年長者の目で頷いた。


「ええ。国境警備隊の構成員は、基本的にはうちの領民ですからね。現地徴兵が主流ですから、そうなると最初からある程度訓練されていた方が都合がいい。武術教室には補助費が出ますし、優秀な子なら警備隊にスカウトされることもありますから、参加者もやる気が高いんですよ」


 国境警備隊が精兵として知られる一因でもある。

 聖職者は祈る人、平民は働く人として知られるように、貴族とはすなわち戦う人だ。だが現実に戦争でものを言うのは兵士の数であり、その兵士の数は平民を徴兵することで賄われる。

 指揮官は貴族になるだろう。だが現実にその手足となって戦うのはほとんどが平民だ。となれば当然、平民は精強であればあるほど良い。

 そしてメイスオンリー領は、元々チンピラが領主となり、国境沿いに集められた兵士たちがそのまま領民となった領地でもある。国境沿いという環境も相まって、メイスオンリーの民は戦闘訓練との親和性が高いのだ。


「…………」


 少年たちの訓練の様子を、ジークフリートはじっと見つめている。それはスカーレットが見た中で、初めて好意的といえる健やかな顔だった。

 自分もあの中に混じりたいという、子供らしい憧憬だ。力に対する純粋な憧れ。

 それを微笑みながら見つめて、カイルが誘う。


「行きますか? 望むのであれば社会見学させてやってほしいと言われてますが」

「ボク、は――」


 と。


「――お待ちください、ジークフリート様――私は承諾できません」

「ニール?」


 カイルからの問いに不意に異議を挟んだのは、これまで黙っていた騎士の男だった。

 ニールというらしいその騎士は、カイルが現れてからこれまで、眉間にしわを寄せてカイルを睨んでいた。それは今もだが、ジークフリートに顔を向けても表情の険しさは抜けない。


「私はジークフリート様の護衛です。あなたに万が一があるような事態は許容できません」


 そうしてカイルのほうに向き直り、また睨みながら言う。


「あの者らがジークフリート様にケガをさせたら、お前らはどう責任を取るつもりだ?」


 突き付ける言葉の強さとしては、ニールの声はなかなかのものだっただろう。相手を威圧するための声だ。

 だがカイルは不思議そうに首を傾げて、こう言った。


「……別にどうも?」

「……なんだと?」

「戦う訓練です。実戦稽古の場合には防具をつけますが、打ち込まれれば痛いし、打ち所が悪ければケガもする。訓練ってそういうものでしょう? そこに納得できないなら、まあ話はお流れってだけですね」


 強要しているわけでもないですし、とカイルは肩をすくめる。

 言ってみただけで、カイルとしてはジークフリートの参加はどうでもいいのだろう。本人がやりたそうだったから声をかけただけで、お目付け役がダメだと言うならそれまでの話だ。

 対してニールはといえば、まなじりを吊り上げて怒ってみせた。


「それは……無責任ではないか、どう考えても」

「そうですか? とは言われても、取らなきゃいけない責任ってのも思いつかないんですよね。イヤなら参加しなければいいだけの話だと思うんですが……」


 と、カイルは騎士、ジークフリート、また騎士と、視線を順に移動させた。表情を盗み見たのだろうが、ジークフリートはともかく、ニールの顔には不満の色が浮かんでいる。

 困ったように眉根を寄せて、カイルは空を仰ぎ見た。


「うーん、どう言えば納得してもらえるんだろ。ケガさせたくないならやらせなきゃいいだけだと思うんですが……めんどくさいな……」

「めん――!? お前、この方をどなただと――」

「俺としては」


 笑顔は笑顔でも、すっと目を細め。

 剣でも突きつけるように静かに、カイルは冷たく囁いた。


「あなた方が誰だろうとどうでもいいし、やらせたくないならそれで終わりってだけの話に、何を求められてるのかがわからないんですよ。あなた方は俺にどうしろって言いたいんです? まさか、その子がケガしたら首つって死ねとでも?」

「…………」


 突き放すようなカイルの物言いに、騎士の目に険が走る――

 それを他人事のように眺めながら、スカーレットはこっそりとため息をついた。


(メイスオンリーの悪癖だなあ……)


 面倒だと思ったら途端に塩対応になる。権力を振りかざすような相手ならなおさらだ。蹴飛ばして“二度と来るな”と怒らないだけ、カイルは優しいほうだろう――スカーレットならやる。父ヒルベルトもたぶんやる。

 と。


「ニール」


 険悪な空気に差し込むように、ジークフリートが囁いた。


「いい。ボクは参加したい」

「ジークフリート様……」

「簡単な騎士訓練ならボクだってもう受けてる。それに、ずっと退屈してたんだ。何もない街を社会見学させられるよりは、こっちのほうがよっぽどいい」

「……わかりました」


 不承不承、ニールは了解して下がる。

 と、カイルは先ほどまでと同じあっさりさで、スカーレットに言ってくる。

 

「あ、スカーレット。お前はこっちで事情聴取だからな?」

「はいはい。やることやる前から遊びたいなんて言わないよ、今日はそんなに乗り気でもなかったし」


 それよりもと、ちらとスカーレットはすぐ傍――というか背中に隠れているツェツィーリアを見やった。と、視線に気づいてツェツィーリアもこちらを見上げてくる。

 その瞳に浮かんでいるのは――……


(ちょっと涙目か? 不安そうだな……つってもまあ、当然か。仮にもお姫様が戦闘訓練なんかしたがるわけもないし)


 かといって、このまま知らない人ばかりの所に放っておかれるのも怖い、といったところか。少なくとも、ツェツィーリアにとってここは居心地のいい場所ではなさそうだ。

 スカーレットが見る限り、彼女の性格は内気で引っ込み思案で人見知りだ。とことん争い事には向いていない。

 不安そうな頭にポンと手を乗せると、スカーレットはカイルに告げた。

 

「ツェツィーリア様も一緒でいい? さすがに女の子一人放り出すのはどうかと思うし」

「ふーむ……とは言うが、事件関係の話を女の子にするのもな……」


 スカーレットは女の子扱いされないらしい。まあ勝手に国境警備隊の手伝いに参加したりしているので、当たり前といえば当たり前だが。


「あ、あの……」


 と、スカーレットの影に隠れたまま、ツェツィーリアが呟いてくる。


「だいじょう、ぶ、です……私、お兄様たちの訓練、見学しながら、待ってます、から……」

「ごめんね。できるだけ早くスカーレットは返すようにするから」


 カイルもツェツィーリアをどうするかは気にしていたらしい。彼女を置いていくというのも気乗りはしないようで、カイルはそんなことを約束していたが。

 そうして彼は、グラウンドの監督だろう人物に向かって大声を上げた。

 

「トマース!! 体験入団だ! ちょっと来てくれー!!」

 

 と、そのトマスらしき男が気づいてこちらに駆け寄ってくる。体験入団の簡単な打ち合わせをするらしい。

 蚊帳の外というほどでもないがほったらかしにされて、スカーレットはぼんやりとグラウンドのほうを見やった。

 子供たちは監督役が急に呼ばれたことと、急な体験入団希望者が現れたことで、どうやら妙に浮足立っているようだが。


(……いやーな予感がしやがんな。ケンカ吹っ掛けたりしねえだろうな……?)


 思い出したのは昨日のコムニアのクソガキたちだ。メイスオンリー領という土地柄のせいかは知らないが、子供たちはやけにけんかっ早い者が少なくない。

 ついでにいえば、ジークフリートもジークフリートで生意気なので相性は最悪だ。変な事態にならなきゃいいけど、と気を揉んでいると。


「スカーレット様……」

「?」


 消え入りそうな声に気づいて、きょとんとスカーレットは振り向いた。

 声を上げていたのはやはりというか、ツェツィーリアだ。見やると、彼女は今にも泣きそうな顔をして、


「あの……その…………ごめん、なさい」

「え、ツェツィーリア様? どうして謝るんです? 何かありましたか?」


 本気でわからず、スカーレットは半ば狼狽えながらそう訊いた。

 泣かないようにと堪えているのだろう。彼女は服の裾を握り締めながら、つっかえながらも説明してくれた。


「昨日から、ずっと、お兄様があんな風で……馬車の中でも、悪口ばっかりで……スカーレット様を、不愉快にさせちゃったから……」

「……ああ、なるほど」


 それで、ごめんなさいというわけだ。

 困ったようにスカーレットは頬を書いた。というか、実際困った。あの兄と比べると、驚くほどツェツィーリアは人ができている。というより同じ場所で養育されておきながら、どうして彼女とアレとでこんなにも差があるのか気になるのだが。

 スカーレットは苦笑すると、ツェツィーリアと視線の高さを合わせるべくしゃがみ込んだ。

 口調を崩して、素直に言う。


「君はもう少し、人のことを気にせず生きられるようになったほうがいいな」

「え……?」

「あの程度はガキ同士なら良くあることだし、もし仮に不愉快だったとしても、謝らなきゃならないのは君じゃなくてアイツだろ? 身内だからとか困らせたからとかって謝ってばっかじゃ、疲れちまうよ。そのうちハゲるぞ、気をつけろ」

「は、ハゲ……?」


 涙目の中に不思議そうな色を混ぜ込んで、ツェツィーリア。どうやら“ハゲ”という罵倒語を知らないらしい。

 そんなところで、本当に王族らしく、丁寧に育てられたんだろうなあと実感するが。


(……これ、“オレ”がなんか話したりするたびに悪影響与えたりしてねえだろうな?)


 本性で話すと、そのうちこちらから悪いことを学ぶかもしれない。それは不敬どころでは済まされないような話の気もしたが。

 ひとまずツェツィーリアが何か言おうと口を開こうとしたところで、スカーレットはその額を軽くデコピンした。


「で、でも……あうっ」

「でもも何もない、オレがいいっつったらいいんだよ。この話はこれで終わりな」


 言い切ってから、よっこらせと声に出して立ち上がる。

 ちょうど体験入団の打合せも終わったところだったようで、カイルがこちらに言ってきた。


「待たせて悪かった。それじゃ、ちょっとつまらない話でもするか」

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