1-4 オレ、なんか変なとこない?

 コムニアと呼ばれる行事は、元をたどれば超大国カールハイトの宗教行事であった。

 クリスタニアがまだカールハイトの一領だった頃から続く、古い行事だ。その位置づけとしてはデビュタントに近く、言ってしまえばお披露目会である。


 コムニアの主役は十歳前後になった年頃の貴族の子供たちだ。貴族の子として生まれていれば、誰もが参加の資格と義務を持つ。

彼らは領ごとに領内の教会に集められ、神の御前にて洗礼の儀式を受けることで、貴族社会という共同体の一員になることを認められる。

 この儀礼によって子供たちは正式にその貴族家の一員となるとともに、自分が貴族であることを自覚させられる。

 つまりは、コムニアこそが貴族としての“自分”のスタートなのだ――


「――というのが、本来のコムニアの意味合いですが……聞いてます? お嬢様」

「聞いてる。というか正直、聞き飽きてる」


 滔々と語るソニアの説明に、スカーレットはうんざりとそう返答した。

 昼下がり、馬車はゆったりと街道を駆ける。メイスオンリー邸を出て、目的地である領都ゾルハチェットへ。その道中でのことだ。

 馬車の中にはソニアとスカーレットしかいない。本来なら一人でも十分だったのだが、お姉さんぶってソニアが勝手についてきたのだ。その挙句がこのウンチク説教である。

 うっちゃるように手を払って、スカーレットはため息をついた。

 

「今更社会の勉強なんてうんざりだよ。コムニアの来歴だってもう知ってるよ。カールハイトから独立した今となっては、意味合いも変わってるってとこまで含めてさ。なんだって何度も聞かせるんだ?」

「だってお嬢様、こういうことまったく興味なさそうに見えますから。お勉強の時間だって、寝てるか遊ぶかすっぽかすかってイメージですし」

「……ソニアがオレのこと、どう思ってるかよーくわかった」


 噛みつくように歯をカチカチ鳴らして威嚇するが、当のソニアは涼しい顔で無視するだけだ。

 仕方ないのでスカーレットもすぐ威嚇をやめる。


「にしても、コムニアなあ……」

 

 ソニアが説明したコムニアはカールハイト国教におけるそれであって、クリスタニアのものとは違う。というか、カールハイトから独立するにあたって破門されたので、行事としては残ったが正式なものから変質したのだ。

 今でも子供たちを教会に集めるのは一緒だ。宗教関係者が主催なのも一緒。ただし集める子供たちの身分は問わないし、単位は領内ではなく町内や村内と小規模。宗教行事としての体裁は残ったが貴族的側面とは分離したため、貴族の子供たちの顔合わせ的な意味合いもなくなった。

 

 なら何のための行事かといえば……雑な説明をするならば『神様ー! ボク元気に育ったよー!! これからも見守っててねー!』という報告である。

 つまるところクリスタニアにおけるコムニアとは、単なる子供たちのための、神への健康・成長祈願なのだった。

 そして、ここにもそのコムニアの参加者が一人。


「あんまりこういうこと言いたかないけど、めんどくさいんだよな……友達とかもいねーから、ガキどもの集まりに突っ込まれてもしゃーないし。正直なところ、退屈だよ」

「作ればいいじゃないですか。私もコムニアで友達作りましたし。ちょうどいい機会なんじゃないですか?」

「作ったって仕方なくねえか? オレの身分じゃ平民の友達なんか作れないし、大っぴらには外にも出れねえわけだしさ。第一、ガキどもと何話せっつーんだ。話が合わねえよ」

「お嬢様だって子供のくせに」

「うるせうるせ……なーあー。今から欠席にできねえ?」

「そしたら来年参加でしょうね。領主の家の一人娘がコムニアに不参加ってありえないですし、旦那様も絶対にやらせたいはずですしね」

「あーもー……めんどくっさいなーもー」


 ぶーぶー不満を言うが、どう頑張っても逃げられそうにはない。

 と、不意に馬車が速度を緩めたので、スカーレットは目的地に着いたことを悟った。

 ゾルハチェットの郊外にある、教会前。街の中にある中央教会ではなく、街外れにあるほうだ。といっても近隣住民の集会所としての機能もあるためそこそこ大きく、そこそこの人数が集まっても難なく収容できる礼拝堂もある。

 

「あーもーしゃあねえ! さっさと行ってくっか!」

 

 ウダウダ言うのはそこですっぱりやめて、スカーレットは立ち上がった。

 飛び出るように馬車から降りて、そこから客車のほうに振り返る。

 

「なあソニア。オレ、なんか変なとこない?」

「……普通の女の子らしくないのはいつものことでは?」

「そういうこと訊いてんじゃねーよ。服装だよ服装」


 くるりとその場に一回転しつつ、自分の服装を確かめ直す。

 といって何かが見つかるわけでもない。シンプルなシャツにズボンといった、その辺の子供――それも男の子――がするような格好である。長い髪は無造作に後ろで縛っており、見た目には髪の長い男の子に見えなくもない。

 それを見たソニアが(何故か)悲壮感を漂わせた顔で言ってくる。

 

「……女の子なのに、まったく可愛くない格好してるのが変だと思います」

「女の子らしいカッコって嫌いなんだよ。ごちゃごちゃしてて動きにくいし、女装させられてる気分になるし。それ以外は?」

「……ないです。女装ってなんですか女の子なのに。せっかくのハレの日なんだから、可愛いカッコさせたかったのにー……」


 愚痴っぽい部分は効かないふりをしてそのまま流した。ソニアは意外と少女趣味なので、可愛らしい服が好きなのだ。ただし自身の顔立ち的にあまり自分には合わないと思っているようで、スカーレットを着せ替え人形にしたいらしい。

 当然のようにスカーレットとは徹底的に趣味が合わないのだが。

 

「んじゃソニア、行ってくるよ。家のほうはよろしく」

「いってらっしゃいませ、お嬢様。お早いお帰りをお待ちしております」


 穏やかにそう言ってくるソニアに頷き返して、スカーレットはソニアの乗る馬車が去るのを見送った。

 

「……ふう。これでようやく自由の身かな」


 お目付け役が去ったので、スカーレットは思いっきり伸びをする。ソニアには悪いと思うが、姉貴分がいないからこそできる羽伸ばしというものだった。

 そうしてようやく、スカーレットは背後を振り向いた。その先にはゾルハチェットの街並みが広がる――太陽の日差しを明るく跳ね返し、華やかに光る街並みが。

 目に優しく映るこの光景は、戦場からの帰還者が平和な場所に戻ってきたことを実感させるために作られたものだ。帰ってきた者たちを、温かく迎えられるようにと柔らか色合いで築かれた街。

 亡き母も、この光景が好きだったという。だからというわけでもないが、スカーレットもこの街の景色は不思議と嫌いではない。


 そうして最後にスカーレットは教会のほうへと振り返り――


「――うわぁっ!!」

「……あん?」


 教会のほうから聞こえてきた悲鳴に、そんなうめき声をあげた。

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