窮地再び

◆ Side 風兎


 七瀬さんのお父さん、拳斗けんとさんと言う名前らしい、は今まで俺が戦った中で一番「洗練されている」能力者と感じた。単純な強さで言うと紅葉さんの方が強いが、あれは巫女という特殊性があっての物で、戦闘センスで比較するなら確実に拳斗さんの方が上と感じた。


 魔法を撃っても撃っても全て最小限の動きで避けるのは、まさにプロ。相当訓練を積んでいるのだろうと尊敬の念を覚えた。

 接近戦では殴ると見せかけての蹴りを入れてきたが、これには感動した。見事な誘いであり、普通の人が相手ならまんまと騙されていただろう。

 ただ、俺の場合は魔力を直接見ることができる。彼の股関節やひざ関節に魔力が溜まっているのを事前に察知できたから「この後蹴るつもりだな」と分かったんだ。だから目を瞑って魔力感知状態に入って、蹴られる直前でシールドを張り、反撃を加えることができた。


「やるなあ、ボウズ。いや、風兎君。だが、俺だって負けるわけにはいかないんだ。ここからは本気で行かせてもらう」


 拳斗さんのその言葉に俺は違和感を覚えた。本気でと言っているが、さっきまでのは手加減していたのだろうか? 正直、先ほどまでのが手加減しているとは思えなかった。

 これは魔力の流れを見ていたから分かった事だ。彼の体内を動く魔力には淀みがなかったんだ。淀みとはすなわち躊躇や手加減の意思。それがなかったのだから、彼はさっきも本気だったはずだ。


 とすると、彼の言う本気は「ここからパワーアップする」という意味ではなく「なんらかの手札を切る」という意味ではなかろうか?

 いったいどんな技を披露してくれるのだろうか。楽しみだ。だから俺は。


「望むところです」


 そう答えた。



 先に動いたのは拳斗さんだった。彼は俺に接近し、様々な武術でもって俺を攻撃し始めた。俺はそれを防ぎつつ、魔法攻撃の隙を探す。が、俺の攻撃をかなり警戒しているようで、なかなか隙を見せてくれない。


 それから数分、俺たちは一進一退の攻防を繰り広げた。双方、有効打を与えることができないまま時間だけが過ぎていった。



 ……?


 しかし、突然俺の脳が警鐘を鳴らした。その時、拳斗さんは俺の腹に蹴りを入れようとしていたのだが、既にシールドは張ってあるし問題ないはずだ。むしろ、俺の方が有利ではないかと思っているのだが。

 いや待てよ。よく観察すると、拳斗さんの足に今まで見たことがないタイプの魔方陣が形成されていた。それは自己回復や自己強化とは違う、謎の紋様。これが危機感の正体か?


 そう思った瞬間、魔力感知と『アナライズ』が動いて、その魔方陣の詳細を調べることができた。その効果とは……。



(防御破壊!!)




 シューティングゲームにおいて、いやゲーム全般に言えることだが、弾幕は敵から発射されるものだ。

 特に敵が弾幕を放ってくるタイプのゲームだと、敵に近づくのは危険である。ヘルステゴドラゴンとの戦いだって、即死させるために最後は接近戦を仕掛けたが、死神テリステスの鎌がなかったら接近戦なんてしなかっただろう。


 今更どうしてこんな当たり前の話をしたのかと言うと、この事によってとある問題が発生してしまうからだ。それが


「近接アタッカーってぶっちゃけ要らなくね?」


 という問題だ。



 先に言っておくと、避けタンクは必要だ。多くの敵は一番近くにいる人にヘイトを向けやすく、またその人に向かって攻撃する。優秀な避けタンクがいれば、攻略が非常に楽になる。

 では近接アタッカーは? ぶっちゃけ、遠距離アタッカーの下位互換では?



 そんな問題を解消するべく、このゲームでは近接アタッカーを育成すれば「防御破壊」という特殊な魔法を使えるようになる仕様だった。防御破壊では、敵が使っているシールドを完全に無視してダメージを与えることができる。

 これは防御魔法でガッチガチに自分を守っている敵を楽に倒す為の手段であり、プレイヤーが近接アタッカーキャラを育成するメリットであった。


 さて、こちらに転生してからは、防御破壊魔法をお目にかかることがなかったので「こっちの世界にはないのかな?」と思っていたのだが……。どうやら存在していたようだ。



 不味いぞ、シールドで防げると思っていたから、避ける準備をしていない!

 どうしよう、このままだと負ける……!


 一瞬「負けてもいいか」という思いが脳をよぎった。別にここアリーナ内で負けても死ぬことはないし。怖いのは、七瀬さんとの交友関係を断たれることだが……拳斗さんもそこまで鬼畜ではないだろうと思っている。


 でも。だからと言って。諦めていいのか? 部活の先輩方、そして七瀬さんと宮杜さんの前で醜態をさらしていいのか?



 よし、諦めるのは無しだ。最後まであがいて見せる。

 避けるのは物理的に不可能だから、今できるとすれば防御破壊を防御する方法を編み出すこと。そんなこと可能だろうか?


 引き伸ばされた時間の中、俺は防御破壊の魔法の構成を詳しく分析する。防御破壊はどうして防御を無視できるのか、そしてそれを阻止する方法はあるのか?


 これは何をしているんだ? 魔力に意味を持たせている?

 いや違う、魔力から意味を消し去っている?


 ……なるほど。


 防御破壊の原理は「魔力のハッキング」のようだ。敵の防御魔法を構成する魔力に対し「防御」という意味を消去しているようだ。

 そしてそれを阻止するアルゴリズムも構築できた。簡単に言えば魔力同士を結晶のようにリンクさせて、上書きを防止する方法である。


「な!」


 拳斗さんは防御破壊が通用しなかったことに驚きの声を上げた。その隙を狙い、俺は魔力で生成した刀を彼の胴に振るった。



 勝ったぞ!





「それで、どうやって防御破壊を防いだんだね?」


「(やっべー。なんて答えよう?) えーっと、『これを受けたら不味い、何とかしないと』って思ったらなんかうまくいきました」


「具体的には? 再現は可能か?」


「(ひえええ)」


 試合終了後、俺は拳斗さんから質問攻めにあっていた。こうして俺は試合で勝ったにも関わらず、再び窮地に立たされることになったのだった。





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