21層に行く前に

「そろそろ私達も21層に行ってもいいと思うんだけど、どう?」


 ここ最近は20層のボス戦を周回して練習に励んでいたのだが、七瀬さんは次に行きたいようだ。


「でも、一年生の3月に30層ボスを倒すっていうのが目標。焦らずゆっくりでもいいかも」


 それに対して難色を示したのは神名部さん。

 最近知ったのだが、学園には「迷宮の攻略目標」と言うのが定められており、一年生を終える段階で30層ボス討伐、二年生を終える段階で60層ボス討伐、三年生を終える段階で80層ボス討伐が目標らしいのだ。それを踏まえると、今から21層から30層の攻略に進むのは少し焦りすぎな気もする。

 ちなみに、ゲームでは特にそう言った目標は無かった。ただ、強い武器やアイテムを集めておかないと、ラスボス戦で負けてBad Endだ。True Endに到達するには500階層には到達しておきたい。


「けど、他のクラスだと先に行ってる人も居るって聞いたよ?」


「私もそう言う話を小耳に挟みました! なんか、凄い一年生が居るらしくって、ソロで60層まで行ってるそうです!」


「それは中々のハイペースだなあ」


「うん。その話は私も聞いた。先に進むのが嫌って訳じゃない。先に進みたい人がいるなら、その気持ちを尊重する」


「あ、いや。その、私も先に進みたいって訳ではなくって、ただの提案って言うか……」


「私もどっちでも大丈夫です」


「という訳でリーダー。どうする?」


「あ、俺が決めちゃっていいのか? 実は俺も先に進みたいって思ってたんだけど、この先って『チャクラムホッパー』が居るだろ?」


 10層までに現れる「ディスクホッパー」の強化版「チャクラムホッパー」は、人間に向かって体当たりしてくる金属板である。その縁は鋭利になっており、当たり所が悪ければ大量出血の可能性もある。脅威度はD+である。

※D:素人が挑めば怪我の恐れがある。野生動物で表すと犬レベルの脅威度。

※C:危険な害獣。ある程度のスキルや訓練経験があれば対処可能。野生動物で表すとヒグマくらいの強さ。


 しかも、チャクラムホッパーは不意打ちで襲い掛かってくる。雷稲荷のように「さあ、今から襲いまっせ~」という雰囲気を出してくれない。気が付いたら、腕が片方無くなってました、なんて事があり得るのだ。


「ああ~。そう言われると確かに怖いかも」


「そ、そうでした……。挑むにはポーションが欲しいですね」


 ポーションとは、ゲームにもこの世界にも存在している、怪我を一瞬で治す魔法マジックの薬アイテムである。


「そう。で、そのポーション、幾らするか知ってる?」


「一瓶、10万円以上ですよね。なるほど、だからわざわざボスを周回してお金を稼いでいたんですね。貯金するようにって言っていたのはそのためですか」


「そういう事。ぶっちゃけ、長期保存しても劣化しないから、ポーションはお守り的な物だけどな」


 いざとなったら、大けがを負っても自分で治療できる。その事実が、冷静な判断能力を与えてくれることが多々ある。で、そうやっていつまでも使わずに、結局「これどうしよ?」ってなるのがオチだな。所謂、ラストエリクサー症候群ってやつだ。


「と今までポーションについて話してきたけど、本音は別にある。というのも、ポーションのお金くらい、俺が迷宮以外で稼いだお金を使えば捻出できる。それでもなお、先に進んでいなかったのは、理由が別にあるからなんだ」


「というと?」


「チャクラムホッパーもそうだが、これから先は不意打ちを仕掛けてくる敵がいる。だから、各自が自身の身を守る術を持つべきって考えたんだ。俺が使ってるようなシールドを、三人も使えるようになればいいのになって」


「そんな事出来ない……事も無いね。そういうマジックアイテムがあるって聞いたことがあるわ!」


「けど、それって物凄い値段だった気が……」


「100万円以上は確実にする。下手したら1000万円するかも」


 ええ、そうなんです。便利なアイテムってお高いんですよね……。ゲームでも、後半でしか手に入らないアイテムだったしなあ、今の時点で手に入れるのは普通は無理だ。


「そう、そのままだと物凄く高いんだよ。で、ここで問題なんだけど、何でそういうマジックアイテムが高いかって知ってる? 二年生の範囲の知識だけど……」


「あ、私それ知ってる! 確か、材料となる『○○の意思』系アイテムがすっごいレアなんだよね? しかも、いざ意思系アイテムが手に入っても10%くらいしか魔法の付与に成功しないって」


「おお、七瀬さん、良く知ってるな! 『○○の意思』系のアイテムは、魔石と似てになる物で、魔法回路におけるCPU的な役割を果たすんだ。要は、使いたい魔法をプログラミングする事が出来て、それが人工のマジックアイテムを作る方法だ」



「でだ。実はこの前のゴールデンウィーク中にとある筋で『○○の意思』系のアイテムを手に入れたんだ!」


 じゃーんと言いながら、紅玉の意思を三人に見せた。

 120層にいるサラマンダーのSRドロップ。普通に手に入れようと思うと相当苦労するアイテムだが、暁先輩のおかげで53個も手に入った。降宝之巣では、SRドロップのドロップ率が50%だからな。53個は良い方だ。

 暁先輩は「全部譲るよ」と言うし俺は「せめて半分でしょ」と言うしで、話し合いをした結果、俺が40個持たせてもらった。


「「「すっご~!」」」


「ちなみに、これを40個持っていた」


「「「え……?!」」」


「でだ。俺、実は魔法高分子研究所の後藤ごとうゆう教授と知り合いで、その紹介で良いアイテム職人を紹介してもらってさ。じゃん!」


 俺はカバンから三つのリングケースを取り出した。


「「「これって……」」」


「そう、無属性シールドの魔法が付与されたマジックアイテムだ! つい先日完成したんだ! という訳でこれを着けて21層にレッツゴー!」


「え、こんな高い物、貰えないよ!」

「私も遠慮します! こんなの受け取る資格、私には無いです」

「市場だと500万円はするよ、この指輪。超エリートの婚約指輪でも100万円くらいだよ?」


「あはは、いや、ごめん。流石にプレゼントは出来ないかな。俺とパーティー組んでいる時だけレンタルって感じで」


「な、なーんだ。それなら……ってなると思う?!」

「壊してしまったらって思うと、ぞっとします……」

「もし壊しちゃったら、体で払うね」


「うん、気持ちは分かる。俺も魔法高分子研究所で『あ、そこのカメラ、100万円するから』って言われた時は『ひえー!』って思った。だからこそ言う。壊しても怒らないし、弁償なんて要求しないから、安心して使って。すぐに慣れるから」







◆後書き◆

 ちなみにですが、『そこのカメラ、100万円するから』は実際にあった話です。

 そんなカメラを、その辺にポンと放置しないでほしい……と思った記憶があります。

 けど、そんな状況にも数週間で慣れてしまって、そういう機器をビクビクせずに使えるようになるんですよね。

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