迷宮実習初日はウォーキングから

「今日の午後は迷宮実習だ! 無限迷宮前に集合するように」


 午前中の四限が終わって、昼休みになるやいなや、畑先生が顔をのぞかせてそう言った。


「楽しみだな!」


 俺はワクワクが抑えられない。いよいよリアル迷宮に突入かあ!


「俺はちょっと不安だな……」

「赤木はすごいな。俺も不安でいっぱいだよ……」


「そうか? よっぽど無茶をしない限り、深手は追わないって聞いているんだけど」


「それはそうだけどさ。でもさ、成績やドロップアイテムに目がくらんで、無茶をしてしまう学生が後を絶たないって聞くじゃん?」

「伊藤は昨日サッカー部の見学に行ったんだろ? そういう話は聞いた?」

「ああ、色々と聞いたぜ。レアな素材に目がくらんで突撃したら大けがを負って命からがら帰還した、とかな。『細心の注意を払う癖』『逃げる事をためらわない癖』を今の間に身に着けておけってさ」


 それには完全に同意だ。

 RTA(出来るだけ早くクリアする)をするなら、多少無理をする必要があるだろう。けど、俺がチャレンジしていたのは「ノーミスクリア」だ。「失敗したらすべてが台無し」というプレッシャーの中でもクリアを目指す。その為に安全マージンを確保するのは必須なのだ。


「まあ、今日はどれだけ進んでも10層までだろ? だったら安全だし、そう緊張する事は無いと思うぞ」


「「まあな」」


 再確認だが、迷宮実習では最初のボス戦までは教師や先輩の指導を得ながら進む。だが、それ以降は学生が自分の判断で進む事になる。「もう少しこの階層で練習しよう」「もっと奥まで進むか」と自分の技量に合わせて判断するわけだな。



 昼休みが終わった。無限迷宮の入り口に俺達を含め、他クラスの一年生が勢ぞろいする。この人たちが、未来の仲間でありライバルでもある人なんだな……。彼らの成長が楽しみだ。

 ここは迷宮学園のすぐ傍にある巨大な遺跡、通称『ゲート』だ。この迷宮はいわゆる「特殊型」に分類されており、遺跡内部にある魔方陣から転移する事で、迷宮に挑戦する事が出来る。



「全員揃ったようだな。それじゃあ、迷宮実習の概要を説明する。手元の資料を見ろ」


 それから30分ほどかけて、注意事項やら『挑戦者の為のチョーカー』の使い方の説明などを受けた。リアルになって大きく変わった点は……特にないかな。


「それじゃあ、俺たちのクラスもこれから迷宮に入るぞ。魔方陣に乗れば、自動的に第1階層に転移されるはずだ。それじゃあ、赤木からついてこい」


 魔方陣に足を踏み入れると、視界がぱっと真っ白になった。う、まぶしい!

 一瞬目を瞑ってしまうが、すぐに目を開ける。

 目を開けるとそこは……広い草原だった。点々と花が咲いており、また所々にフワフワと飛んでいる綿毛が幻想的な雰囲気を醸し出している。これが……リアル迷宮か!


「綺麗だな。ここでピクニックしたい」


「呑気なのか肝が据わってるのか……」

「うーん、分かるような分からんような……」


「いやでも。これだけ広い草原ってあんまりないだろ?」


「それはそうだけど……」


 そんな話をしている間に、三組は全員揃ったようだ。入り口から少し移動した後、先生が話し始めた。


「さて、ここにいる魔物は四種類だ。どんな魔物で、どこを注意するべきか、分かるか? ちゃんと予習してきた奴は……って聞いても誰も手を挙げないだろうからな。それじゃあ、さっきピクニックしたいとか言ってた赤木! 答えは?」


 出席番号一番の宿命、よく当てられる。


「一層で主に出るのは、ケセランパサランのような綿毛の魔物『ファフワ』。攻撃力はほぼゼロだから、ゆっくり狙いを定める時間があり、慣れるまではこれで練習すると良いです」


 その性質から、ゲームプレイヤーの間では「的」という愛称で呼ばれていた。


「二層三層と進むにつれて、『パニックチキン』『ウォーターリリー』が現れ始めます。パニックチキンは人に見つかると走り回るひよこで、激突されるとちょっと痛いと聞きました。動いている敵に攻撃を当てる練習になると聞いています。ウォーターリリーは水を発射するユリで、当てられると冷たいと聞きました。弾幕を避ける練習になると聞いています」


 なお、ゲームプレイヤーはパニックチキンを「走る的」、ウォーターリリーを「水鉄砲」と呼んでていた。


「最後に、これを魔物とカウントすべきかは微妙ですが、『ベタベタウィード』が地上に生えています。踏むと歩きにくくなるので、出来るだけ踏まないように、下を見て歩く必要があります」


 通称「トリモチ」である。


「想像以上に完璧だ。よく予習しているな。赤木が全部言ってしまったが、改めて言うと、この階層には致死的な攻撃をする魔物はおらず、練習にちょうどいい階層になっている。まあ、今日はその練習はせずに、このまま進んでいくぞ」


 ええー! 魔法の試し打ちは?! と叫びそうになるが、口を噤んだ。運動に慣れていない子だっているだろうからな。初日は迷宮内のウォーキングだけなのだろう。



 暫く歩くと魔方陣が見えてくるので、再びその魔方陣に乗る。すると次の階層へ転送されるという仕組みだ。第1層は比較的狭いので次の階層への魔方陣を見つけやすいが、第100層とかになると「次の階層の入り口が無い……」という悲劇に見舞われる。

 ともかく、次の階層の入り口が分からなくなるのはまだまだ先の事。今はサクサクと階層を進む事ができ、ハイキング感覚で第5層の手前まで来ることが出来た。


「ここからが5層だ。5層になると出現する魔物の種類が増えるのだが、知っているか? 今の時刻は12秒だから出席番号12番の佐藤。分かるか?」


「えっと……」


「予習してないな? まあ、勉強して来いって明言してなかったからな、してない人の方が多いか。けど、今後はしっかり予習するように。どんな魔物が出るのか知らずに挑むと痛い目を見るからな。予習する癖をつけておこうな」


「はい」


「説明するぞ……」


・ボクサーチキン:筋肉ムキムキな鶏。激突されるとかなり痛く、最悪の場合嘴で突かれて怪我を負う可能性もある。偶に鶏肉をドロップするので、プレイヤーの間では「走る鶏肉」と呼ばれていた。

・ディスクホッパー:生きたフライングディスク。頭に当たると普通に痛いらしい。プレイヤーの間で「捨てられたフライングディスクの怨霊」とまことしやかに言われていたが真偽は不明。

・パイリリー:パイを吐くユリ。当たると暫く視界を確保できなくなる。(ゲームでは画面にパイが付いた) プレイヤーからは「罰ゲーム」なんて呼んでいた。


「そういう訳で、この先は怪我を負う可能性がある。だから、この先はある程度魔物の対処に慣れてから挑む事になる。つまり、お前たちの当面の目標は第一層から第四層の間の安全圏内で魔法技術や索敵に慣れる事という訳だな。それじゃあ、入り口に戻って今日はそのまま解散とする」


 腕時計を見ると、昼休みから1時間が経過していた。帰りは1時間半かかると考えたら……なるほどちょうどいい頃合いか。


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