第8話 ジェレミーside 中庭のプロポーズ
回廊を歩いている役人達の視線は、しゃくりあげるように泣くペネロペと、そのペネロペを勢いよく抱きしめてしまった俺に集中している。
「……ペネロペ。中庭に行こう」
俺は泣き止まないペネロペの手を引いて中庭に出る。大きな噴水の前で止まると縁に二人で腰を下ろした。
ここなら水飛沫の音で泣き声も周りに聞こえない。
「なぁ、ペネロペ。ペネロペは本当に王太子妃になりたいと思ってるのか?」
ペネロペは涙を溜めた瞳で俺を睨む。
「王太子殿下の婚約は公表されてないだけで、発表に向けて準備が進んでるんだ。いくらペネロペが国王陛下付きの秘書官の娘だって、相手は由緒正しい侯爵家のご令嬢だぜ。太刀打ちできない」
「わかってるわよ。そんな事」
「なぁ、本当に俺じゃダメか? そりゃ何もかも殿下の足元に及ばないし、俺は小さな領地しかない子爵家の次男だから、領地を継ぐことも領地を分けてもらうことも出来ないけど……俺は次の春には王室の武官になる。今みたいに贅沢はさせてやれないだろうけど、それなりの給金だってもらえるはずだし、それにペネロペが俺のそばにいてくれるなら、騎士として爵位をもらえるように誰よりも頑張るからさ」
「私がそばにいたら頑張れるの? なんで?」
「好きだからだろ。言わせんなよ」
言って自分の顔が赤くなるのがわかる。
「ジェレミーが私のことが好きなはわかってるわ。でも、騎士として爵位が賜れるのなんて連隊長クラスなのよ。いくらジェレミーが腕が立っても上に立つのはまず爵位持ちが優先されるのよ? 司令部の偉い人を買収するか太鼓持ちをしないといけないわ。お金も愛想もないジェレミーには無理よ? それこそ私が王太子妃になるのと同じくらい無理だわ。なのになんでそんなに頑張れるほど私のことが好きなの?」
ペネロペは間抜けで可愛い子狸だけど、司令部の買収だとか太鼓持ちだとか言い出すあたり、やっぱり狸の娘だ。
「なに、ニヤニヤ笑ってるのよ」
泣いていたはずのペネロペは冷静に俺を見つめている。
「俺……双子なんだ。双子の姉がちょっと変わったやつでさ。双子ってくらいだから、そいつも赤毛なんだけど、赤毛は他の奴らの三倍頑張ってやっと主人に愛されるとか言ってんだよ。なんで赤毛ってだけでなんでそんなに頑張らなきゃいけないんだよって思うだろ?」
「……そうね」
「そんなやつと小さい頃から一緒だからさ、赤毛のペネロペが頑張ってるのを見るとつい肩入れしちゃうし、俺も頑張らなきゃって思うんだ」
「……私は赤毛じゃないわよ」
「明るい鳶色だろ?」
ペネロペの髪を一筋掴み陽の光をあてると俺より少しだけ深みがある赤茶色い髪の毛がキラキラと光る。
「連隊長になるのが難しいことくらいわかってる。でも俺が貴族でいられるためにはそれしかないし、ペネロペが貴族でいたいならペネロペのために頑張るよ」
「でも……王太子殿下のお怒りを買った私は、修道院送りになるから結婚は無理よ」
「殿下は怒ってなんてらっしゃらなかったよ。ペネロペは具合が悪い殿下の服を緩めようとしてくれただけなんだろ」
「……ジェレミー」
ペネロペは顔を上げて俺をまっすぐ見つめた。
「ん?」
「私、女官になるわ」
「は?」
「庇ってくださった殿下に御恩を返さなくちゃいけないし、それに女官になればジェレミーが王宮で頑張っているのを近くで見られるもの。だから、結婚はまだできないけど婚約ならしてあげる」
そう言ってペネロペは小指を突き出し、俺に指切りを強請る。
「ジェレミーが連隊長になるのと私が王太子妃殿下付きの女官になるのどちらが早いか競争よ。覚悟しておくことね」
ペネロペは俺に高らかに宣戦布告すると去っていってしまった。
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