第7話 ジェレミーside 騎士の矜持よりも大切なもの
──先刻。
「ブライアン。ジェレミー。今日はよろしく頼むよ」
久しぶりにお会いした殿下は笑顔で王宮に迎え入れてくれたが、酷くお疲れなのか、やつれていて心配だ。
殿下は、しばらくの間アカデミーを休んで隣国との取引に関する交渉会議に時間を割いていた。その間、アカデミーに残っていた俺たちは仕えるべき主もおらず張り合いのない日々を送っていた。
そんな折、王都に戻られる殿下から貴族院での会合のために王宮内の護衛をする様に俺とブライアンに書簡が届き馳せ参じたのだった。
殿下の王室内の執務室に通された俺たちは、ハーブティーをいただきながら話を伺う。
いつもであれば殿下の信頼が厚い役人達がもう少しはいるらしいのだけど、隣国からの使者の警護や会議の準備にあたっていて、今殿下の周りに信頼がおける人材が手薄らしい。
自分で言うのもなんだが、俺たちは単純だ。
殿下に「王宮を警護している近衛騎士達の中には私を貶めようとする者の間諜も混じっている。信頼しているお前たちにそばにいてほしい」なんて言われたら発奮する以外ない。
仕えるべき主に頼りにされているというのは騎士の誉だ。
しばらくしていると、貴族院の議会場に向かう前に殿下に話があると役人が殿下を迎えに来た。
「キャンベル伯爵の部下だ。しばらくしても戻らなければ見に来てくれ」
そう小声で囁き、目配せすると殿下は執務室を後にされた。
***
結局、殿下が憶測通りキャンベル伯爵は殿下の事も手玉に取ろうとしていたようだ。
ペネロペに先導されて殿下がいらっしゃる部屋にたどり着く。部屋に飛び込むと、甘いニオイが立ち込めるなかで殿下が身動き取れずに吐き気に堪えていた。
俺とブライアンは慌てて窓を開けて換気する。最中ペネロペがいないことに気がついたが、まずは殿下だ。
何か盛られたのかと心配したが、ただの香水と花の匂いだ。健康に関しては誰にも負けない自信がある俺でも甘ったるいニオイで頭が痛くなる。お疲れの様子だった殿下にはかなりの苦痛だっただろう。
「殿下大丈夫ですか?」
「あぁ」
換気して少し落ち着かれた様子だったので、水差しから水を注いで渡す。
「あいつは香水振りかけすぎなんだよ。窓を開けてもまだ匂いがこもってる」
ブライアンが憎々しげに言い捨てる。
「……そうだよな。ペネロペ自体がいい匂いなのに、どうして他の女みたいに香水振りかけてんだろうな」
殿下のそばから追い返す時にペネロペに近づくと香水とは別のいい匂いがする。ニオイ消しをする必要もないのに何故いつもこんなに香水をぶちまけるのかは疑問だ。
「……ジェレミー。本気でペネロペが好きなのか?」
「は? 急になんだよ。そんなこと話してる場合じゃないだろ。殿下を医師に診てもらわないと……」
「ジェレミー。私はいいからキャンベル令嬢のところに行ってくれないか」
「……捕まえにですか? ペネロ……キャンベル伯爵令嬢は、本当に殿下に姦計を謀ろうとしていたのですか?」
殿下はかぶりを振る。
「……いや。彼女は体調を崩した私を心配して服を緩めようとしただけだ……それなのに余裕のなかった私は声を荒げて突き放すような事をしてしまった。きっと彼女は傷ついている。慰めてやってくれないか」
庇って下さっているのだろう。
ペネロペを捕まえようとしていたあの男の口ぶりからはきっと……
ペネロペが主導したわけでなくても、企みに加担した事は事実だ。
「……俺は殿下の臣下です。体調の悪い殿下を置いていくなんて出来ません」
「ジェレミー。いいか。私はただの寝不足だ。もう問題ない。それに騎士の矜持よりも大切なものがあるだろ?」
だからといって仕えるべき主を放ってまで追いかけるなんて有り得ない。
……それに
「ペネロペだって俺に慰められたいなんて思ってないですよ」
自信のない俺は自嘲する。
「自分が求められてるかどうかではない。愛する相手が傷ついているのを知って追いかけないのは男の沽券に関わる。それに私は医師に診てもらわなくても大丈夫だ。このまま貴族院との会合に向かう。ジェレミーはやるべき事を放棄したことにはならない。いいから行ってこい」
「……! 行って参ります!」
殿下に力強い眼差しで見つめられた俺は、一礼してペネロペを探しに部屋を飛び出した。
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