第3話 ジェレミーside 俺の可愛い小狸ちゃん

「ジェレミー。いい加減にしろよ」


 ブライアンがめんどくさそうにそう言っていつものように俺の隣に座る。

 『王太子殿下側近の三騎士』なんて名乗ってる俺は、実技の訓練は熱心だけど勉強はからっきしなので、講堂の隅の方を指定席にしている。ブライアンは俺より勉強ができるんだから前の方に座って真面目に勉強すればいいのに、講堂の一番後ろに座って自分の婚約者の後ろ姿を眺めては見守り気分に浸っている。


「ペネロペのやつ、執務室に潜り込もうとするし、さっきだって廊下で殿下にぶつかろうとするし、いい迷惑だ。あいつもさっさと修道院送りにするべきだろ」

「そうかぁ。ペネロペの企みなんて、かわいいもんだ。こないだ執務室に忍び込もうとしてるときに何するつもりか問いただしたら『頭脳明晰、容姿端麗な私が美味しい紅茶をお出ししてお話をしたら、きっと殿下は私の虜になるわ』とか言ってたぜ。殿下は紅茶はあまりお好きじゃないから、逆効果なのにな。そんな間抜けなペネロペの事を、寮の部屋に忍び込んで下着姿で寝台に横たわって殿下が部屋に戻られるのを待ってる奴らと一緒にしたら可哀想だろ」

「いっそ、あいつらくらいやらかしてくれれば始末出来るのに」

「始末したら俺の結婚相手がいなくなるじゃないか」


 ブライアンはフンと鼻を鳴らして腕を組む。


「いいか、ジェレミー。あいつはあの狸ジジイの娘なんだからな」


 ブライアンの父親とペネロペの父親が不仲だからなのか、ブライアン自身もペネロペを敵視しているきらいがある。


「ペネロペは俺の仕掛けた罠にしょっちゅう引っかかる可愛い小狸だよ」


 自分で言いながら『罠にしょっちゅうかかる可愛い小狸』があまりにペネロペにぴったりで、ニヤニヤしてしまう。


「悪趣味だな。ジェレミーは本当にあいつと結婚したいのか? 俺はあんな気が強くてギャンギャン吠える女と結婚するなんてごめんだ」

「ブライアンの婚約者だって気が強いじゃねぇか」


 講堂の前の方に座るブライアンの婚約者を見る。しょっちゅう喧嘩をしているくせに。


「あいつは気が強いんじゃなくて、恥ずかしがり屋で不器用なだけだ。俺にとってはそこも可愛いんだからいいんだよ」

「はいはい。あばたもえくぼだな。それならペネロペも俺にとっては可愛いさ」

「小狸の可愛さは俺にはわからないな」


 ブライアンが肩をすくめて俺を眺める。


「……ペネロペはさぁ、殿下の婚約者になれる可能性なんて微塵もないのを分かっているのに、好き勝手言ってる親の期待に応えようと人の何倍も挑戦して、毎回俺らに邪魔されて失敗して、それでもめげずに挑戦して……健気で可愛い小狸だよ」

「まぁそうだな……って、いやいや。一瞬いい話に思ったけど何度も挑戦される殿下の身になってみろよ」

「だから、殿下に御迷惑にならないように、ペネロペが決定的な失敗をしないよう見守ってるだろ?」

「俺たちが護る相手はペネロペじゃなくて殿下だぞ」

「結果お護り出来てるだろ? 今日だって無事に執務室に戻られたんじゃないか? そろそろ我らが同朋が見送り任務から戻ってくるかな?」


 講堂の入り口を見やると、我ら三騎士の一人であるガタイのいい男が戻ってくる。


「ブライアン。ジェレミー。殿下を執務室に無事お見送りしてまいりました」

「ほらな? 今日も殿下はご無事だ」

「……とにかく、殿下に迷惑をおかけするような事があれば俺は然るべき対応をするからな」

「その前に俺がペネロペを籠絡オトすさ」


 そう言って笑った俺に、ブライアンは盛大にため息をついた後「頑張れよ」と苦笑いした。

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