第16話 断罪
裁きの間には、年若い男女三人が立っていた。身形の良い格好の男が二人と、派手に着飾った女が一人。
「……セドリック、こんなところに俺とノーラを呼び出すなど、一体何のつもりだ」
「揃ってのこのことお越しいただき感謝しますよ、兄上。いや、アレス・ギルフォード。そしてキャスバル男爵家令嬢ノーラ・キャスバル」
ギルフォード王国第二王子セドリックが、自身の兄と、その新たな婚約者を鋭い眼差しで見据える。
「貴様、兄に向かって何だその態度は! 俺は第一王子であり、未来の国王だぞ、口を慎め!」
「慎みが必要なのは貴方達だ。兄上は傲り高ぶり、ノーラ嬢はそんな兄を
「何を言っているのだ、貴様は! 俺を侮辱するのか!」
「そ、そうですわ! 私たちは罪など犯していません!」
セドリックは、尊大な態度を崩さないアレスとノーラを嘲笑う。
「はっ、貴方達は自らの行いを棚に上げて、よくもそんな白々しいことを言えるな。……そうは思わないか、ルナリア嬢?」
「は? ルナリアだと? 死んだ女がどうしたと……」
アレスが馬鹿にしたように口を開くと、裁きの間の扉の向こうから、プラチナブロンドの髪に瑠璃色の瞳の美しい少女が現れた。なぜか、王宮筆頭魔術師がその手を取っている。
「は!? なんであの女がいるのよ!?」
「まさか喚び戻したのか!? 俺の許可も得ずに勝手なことを……!」
アレスとノーラが煩くわめく。
「僕が許可を出したんですよ。ルナリアは無実だったのに、哀れにも貴方達に嵌められたんだ」
「偉そうな……! 証拠もないくせに──」
「証拠ならある」
カインが、セドリックと並ぶようにして前に出た。
射殺さんばかりの目つきで、愚かな男女を睨みつける。その身からは怒りの余りか魔力が漏れ出し、凍えそうなほどの冷気が漂った。
「お前達のことは調べさせてもらった。ルナリアに王子暗殺未遂の罪を着せるための偽装工作。その性根の腐った女に貢ぐための国庫横領の証拠。恐れ多くも国王陛下に毒を盛った暗殺未遂の証拠。すべて揃っている」
「う、う、嘘だ! お、お前、王宮の魔術師の分際で、未来の国王たる俺を
「そ、そうよ! 不敬だわ! 牢に捕らえましょう! 近衛騎士はどこに行ったの!?」
セドリックが呆れたように溜息を吐く。
「この期に及んでこの醜態とは……。兄上に近衛騎士はもういませんよ。そして、貴方はもう未来の国王ではない」
「……は? 戯れ言を……」
「戯れ言を言っているのは貴方だ。今までは派閥の勢力で負けていたが、ファリス侯爵家もローウェル公爵家も、僕の陣営についてくれることになってね。あと、兄上とキャスバル男爵家の横暴に辟易していた貴族も大勢、寝返ってくれるそうだよ」
「ば、馬鹿な……」
「国王陛下も解毒が終わって回復され、次代の国王は第二王子の僕にと宣言してくださった。貴方達の処分も一任されている。兄上はもちろん廃嫡の上、諸々の罪で生涯幽閉なので、ご覚悟を。そしてノーラ・キャスバル、お前も重罪だ。男爵家取り潰しの上、主犯格のお前は過去転移の刑に処す。ルナリアと違って喚び戻されることなどあり得ないから、ご愁傷様」
「そ、そんな……!」
「嘘よ……! 王妃になる夢が……!」
アレスとノーラは絶望に顔を歪め、その場にくずおれた。
全てが終わったかのように思えた、その時。
「……お前のせいだ、ルナリア! お前がその魔術師とセドリックを誑かしたんだろう! この悪女め!」
何もかもを失ったアレスが憎悪の篭った暗い目を向け、ルナリアに襲いかかる。
足がすくんで動けずにいる無防備なルナリアに、アレスの右手が伸びた瞬間。
ルナリアとアレスとの間に分厚い氷の壁が現れ、アレスの喉元には氷の刃が突き付けられていた。刃の触れたアレスの首から僅かに血が滲む。
「ルナリアを傷付けることは許さない」
カインの冷え冷えとした金色の瞳に殺気が宿る。
アレスは脱力したように尻もちをつくと、「俺が国王なんだ……国王、国王……」と気が触れたようにぶつぶつと繰り返し始めた。
セドリックの指示で近衛騎士がアレスとノーラを捕らえ、裁きの間を出て行く。
「ルナリア、怖い思いをさせてすまない」
カインがルナリアを労わるように、優しく肩を抱いた。
「……いえ、助けてくださって、ありがとうございました」
ルナリアがカインを見上げて微笑む。そこへ、セドリックがやって来た。
「二人とも、兄が申し訳ない。これからさらに厳しく取り調べて、公開裁判を行うことになるだろうが、まあ、刑が覆ることはないだろうね。ルナリア嬢に着せられた汚名も、新たな大神官の名の下に、無実であったことを公表して名誉を回復しよう」
「セドリック殿下、何から何まで感謝いたします……」
「お礼なら、そこの魔術師殿に言ってくれ。彼が完璧な証拠を手に入れてくれたおかげで、僕は後継者争いに勝つことができ、君を助けられた」
「えっ……?」
「それにしても、魔術の研鑽にしか興味のない男だと思っていたのに、急に後継者争いに口を出してくるから何かと思ったら、想い人のためとは。どうりで、やたらと兄に冷たかった訳だ。カインを敵に回したら恐ろしいことが分かったから、これから気をつけなくてはだな」
おどけて茶化すセドリックに、カインは生真面目に答える。
「ルナリアを傷付けさえしなければ、敵にはなりませんよ。……殿下、ご助力感謝します」
「僕は利のある交換条件に乗っただけさ。……まあ、せっかく繋がった縁だ。これからもよろしく頼むよ」
そう言うと、セドリックはひらひらと手を振り、近衛騎士を引き連れて裁きの間から出て行った。
「……さあ、この忌々しい部屋にももう用はない。私たちも行こう。君を連れて行きたい場所があるんだ」
ミハイルに手を取られ、ルナリアも部屋を後にする。
ふと振り返って見てみれば、あれだけ恐ろしかった裁きの間も、今やただの厳粛な広間にしか見えない。
無実の罪を着せられたあの日の絶望や怒り、恐怖は、すっかり消え失せていた。
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