第6話 一月後
ルナリアが過去に転移してきてから
部屋の掃除は、モップ捌きも様になってきたし、拭き掃除も調度品の隅々まで埃を逃さず拭き取れるようになった。
料理はまだまだ難しいが、野菜を切ったり、目玉焼きを焼くのが上手になってきた。
これまで家事など一度も経験したことがなかったが、やってみるとなかなか頭も使うし、運動にもなって気分がいい。なにより達成感がある。
ミハイルがまた教え上手で、嫌な顔一つせず丁寧に教えてくれるのがありがたかったし、家事や仕事を手伝えばいつも礼を言ってくれるので、もっと頑張ろうという気になった。
最初は遠慮がちだったルナリアも、今ではすっかり打ち解けて、親しく話せる仲になっていた。
過去に転移してから、たまに悪夢にうなされる日もあるが、意外にも充実した生活を送れている。
無一文で、一人きりで飛ばされてきたことを考えると、衣食住の心配なく、平穏に過ごせていることは奇跡にも等しい。改めてミハイルの優しさを噛み締めた。
「私、ここで最初に出会ったのがミハイルさんで、本当によかったです。見捨てないでくださって、ありがとうございました」
夕食後、ミハイルと一緒にハーブティーを飲んで寛いでいたルナリアは、ミハイルをじっと見つめて感謝を伝えた。
「……そんな、見捨てるなんて考えもしなかったよ。君の助けになれているなら、よかった」
目を逸らしてミハイルが答える。照れているのか、耳の端が赤い。ルナリアがくすりと笑った。
「ミハイルさんは私の恩人です。無事に元の世界に戻れても、絶対に忘れません」
「…………」
ミハイルが急に黙り込む。
「ミハイルさん……?」
「……いや、私は当たり前のことをしただけだよ。君が元の世界に戻る日まで、喜んで手を貸そう」
言葉とは裏腹に、その表情には陰があり、眼差しはどこか遠くを見ているようだった。
「ありがとうございます。……あ、明日は薬草摘みに連れて行ってくださるんですよね。今日は早めに休ませていただきますね」
ルナリアは、ミハイルの寂しげな顔に何故か胸が苦しくなった。誤魔化すように話題を変えると、そそくさとカップを片付けて二階の部屋へと逃げ込んだ。
「喜んで、か……」
ルナリアの背中を見送るミハイルの瞳は切なげに揺れ、漏れ出た言葉は一人きりの部屋に虚しく響いた。
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