第5話 新たな生活の始まり
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。ベッドから起き上がって窓を開けると、爽やかな風が吹きこんできて、土と木の優しい匂いがした。
「いい朝ね。久々にぐっすり眠れたわ」
昨日、ミハイルの家にしばらく居させてもらうことにした後、早速ルナリアの部屋を案内してもらった。
元々はミハイルの祖母の部屋だったようで、幸運にも鏡台やクローゼットなど、女性用の家具や衣類が残っていた。ミハイルが自由に使うよう言ってくれたので、ありがたく使わせてもらうことにした。
その後、ミハイルは風魔法で部屋の掃除をしてくれたり、水魔法でルナリアのために風呂を沸かしてくれたりと、すっかり世話になってしまった。
至れり尽くせりで申し訳ないと思いながらも、久しぶりに湯に浸かって身体の汚れを落とし、清潔な衣服に着替えたことで、随分と気持ちが落ち着いたものだった。
湯浴み後は、これまでの疲労がどっと押し寄せてきて、夕食をとらずに休ませてもらったのだが、おかげで体力も大分戻った。今日こそは何か手伝わせてもらって恩返しをしなくては。
ルナリアは盥の水で顔を洗うと、クローゼットの中からシンプルな青色のドレスを出して着替えた。鏡台に座って髪を丁寧に梳かす。
侯爵家の屋敷で、侍女に身支度を整えてもらっていた頃と比べると、化粧もしていないし色々と行き届いていないだろうが、見苦しくない最低限の格好にはなっているはずだ。
身支度が済んだルナリアは、朝食の準備でも手伝おうと部屋を出た。先程から、階下から物音がするので、ミハイルも起きて何かしているはずだ。
階段を降りて居間に入ると、そこには──見知らぬ男がいた。
「……おはよう」
見知らぬ男も一瞬、驚いたような表情を浮かべながらも、親しげに挨拶してきた。ルナリアは混乱して、挨拶も返さずに黙ってしまう。
(ど、どちら様かしら……。ミハイルさんのご親戚? もしかして弟子の方とか?)
さらさらとして手触りの良さそうな、やや長めの茶色の髪に、深緑の瞳。鼻筋の通った形の良い鼻に、優しく弧を描いた口。
顔を観察しても、分かったのは整った優しい顔立ちをしているということだけで、何者なのか見当もつかない。
「……昨日から大分見違えたから驚いた」
あれ、とルナリアは思った。どう見ても初対面の人物だが、まるで昨日会ったような物言いで、声にも聞き覚えがある。
「……あの、もしかして、ミハイルさんですか?」
半信半疑で、恐る恐る尋ねてみる。
「うん? そうだが」
まさかのミハイル本人だった。
「すみません、一瞬どなたか分からなくて驚いてしまいました……」
「ああ、今まで一人暮らしだからと身嗜みにも無頓着だったが、女性もいるのに、あまりだらしない格好をしているのもどうかと思って。少し整えてみた」
「少し……」
ルナリアにしたら、別人と見紛うほどの変わりようだったが、本人はそこまで変化したとは思っていないらしい。
ルナリアは、もう一つ思い違いがあったかもしれないと思い、遠慮がちに質問してみた。
「あの、ミハイルさんは今、おいくつでいらっしゃいますか?」
「今年で二十四だ。……ルナリアは十八だったな」
「……はい。六歳違いですね」
まさか自分の父親と同じくらいだと思っていたとは言えない。
「そうか。……今まで若い女性と接する機会がほとんどなかったから、なかなか気が回らないかもしれないが、不便なことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「まあ、十分よくしていただいていますわ。私もまだまだ世間知らずですが、これから色々覚えてお役に立てるよう頑張りますね」
「それは助かるよ。では、さっそく朝食の準備を手伝ってもらえるかな」
「はい、お手伝いします!」
にっこり笑って返事するルナリアを、ミハイルは優しい眼差しで見つめるのだった。
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