モリタ家に激震が走る!

 今年の1月、モリタの家で地震と津波級の事件が発生、多大な損傷に発展する可能性が出てきた・・・。

 1月7日深夜0時、嫁ヨシエの携帯が鳴る。 

「・・はい・・・うん・・・うん・・・・えっ?・・・うん・・・いきなりそんなこと言われても・・・うん・・・でも・・・・」  

 相手はオトコか・・・  

「うん・・・それってどうしても?・・・・・うん・・・・でも電話で “うんわかった” なんて言えんわ・・・・もし、どうしてもいうがやったら、1度こっちきて・・・」 

 何・・・いったいどんな展開になるが?  

「・・・ 休学とかではダメながけ?・・・うん・・・ちょっと待って、お父さんに代わるわ・・」 

 受話器の向こうは次男カズヤ(大2)。もしかしたら言い出しかねない、と若干の危惧はしていたが準備はしていなかった。 

 大学を2年で辞めようかと・・・。いくつか質問をしてヤツの言い分を箇条書きにすると、 

①卒業後、いわゆる“就職”をすることは考えられない。

②なりたい自分があって受験した第1志望の大学・学科(明治大学文学部演劇学専攻)だったはずなのに、自分のやりたいことに対して大学の授業での実入りが少ない。

③特に刺激を受ける教授もいない。

④夜アルバイトをすると次の日の授業で寝てしまうことがある。学費を無駄にしている。

⓹やっぱり舞台俳優を目指すことしか考えられない。

⑥出会ってきた劇団の人達を見ても学歴が足しになっているようには見えない。

⓻以上から、これ以上大学に在籍する理由が見当たらない。

 ただこの大学に入ったことで知り合えた同年代や同類項の友人は多く、その点では若干の迷いがあるらしい。また、このような不規則な時間帯に電話をかけてくること自体、冷静さを失い感情をコントロールできず勢いで切り出した可能性が大きい。

 時々大きく息を吐きながらしゃべるのは、おそらく煙草を吸っているのだろう。電話なので見えないがおそらく様にならない仕草と思われ、目の当たりにすると吹き出してしまうか小言を言ってしまうか・・・。

 10分あまり話しただろうか。カズヤとこれだけ喋ったのは8年ぶり。結局、もしそっちの方向で結論を出したいのならその時はこっちで家族会議、ということになり電話は終わった。

 翌日から早速質疑応答のシミュレーションを考え、こっちの言い分、カズヤにとってのメリット・デメリット、過去の事例、ネット上にある質問応答などを片っ端から書き出す。

 ネット上では退学に反対する意見が多いが、世の中には中退しても成功している人がいるからタチが悪い。ただ気をつけなければいけないのは、たまたま中退したかもしれないが、中退したからこそ成功した、というのとは違うということ。

 翌々日、どうにも我慢ができず、カズヤに「返信不要。読んだらすぐ削除希望」としてメールを送る。

「精神的に集中したり追い込んだりすることは大切だけど、物理的な背水の陣って意外ともろいと思わない?」

とか

「こないだ、電話があった次の日、こっちは天気が良かったがいちゃ。ヨシエ、車走らせながら雪色の袴腰山(知っとる?家から南の方角に見える台形の山)見ながら、今回のカズヤの退学相談も大きな視野で受け止められる気がしてきたと。1度天気の良い日に青春18切符で富士山見に行くがも良いかもよ?」

とか4通くらい送ったところで、

「はい、もういいよありがと」

と親子の縁を切られ、それからは連絡を取っていない。 

・・しくじったか・・・

・・やっぱり合わないのかもしれない・・・。 

 それからもずっと連絡がなかったが、2月下旬、いよいよヨシエの携帯に3月4日帰って来るとLINEが来た・・・ ということは覚悟を決めたという事か? さて、どうなる?  ・・・・続く・・・・。


 カズヤから深夜の電話があった1週間後、長男テツオ (大4)に驚愕の事実が発覚! 卒論の提出期限を緩く解釈していて遅れて持参したら受理されず単位がもらえなくなったらしい。慌てて、他の授業で単位取得を目指すべく各方面を奔走したが、ある教科で残りの授業をすべて出席し、授業中に質問をして、最後のレポート提出で限りなく満点に近い点数を取るという、相当高いハードルを越えなければならないらしい。

「ねえ、どうしたらいいかねえ?菓子箱でも持って教授のとこに行けばいいがかねえ?」

とヨシエは言うが、それってこの親にしてこの子あり、というか、恥の上塗りになるだけでない? 親の務めとしては、世の中の洗礼を潔く受け止め、見守る姿勢こそ大事なのでは?

 思えば小学校の夏休みでも、

「今日中にドリルをここまで仕上げるように!」「アンタもぼやーっとしとらんとテツオの工作作って!」

と完全にスケジュール管理。

 確かに9月1日の始業式には全て完成しているが、本来は夏休み前に計画した8月上旬には宿題を終わらせてあとは遊びまくるはずが、8月25日を過ぎても宿題が山ほど残っていて、もちろん親が手伝ってくれるはずもなく、べそをかきながら自己嫌悪と闘い、来年こそは同じことを繰り返すまい!と誓うのを6年間繰り返すことに意味があるとモリタは主張したい (ヨシエにこれを言うと「子育てらしいことしたことないくせに勝手なこと言わんといて!」と必ず大喧嘩になる)。

 今さら昔を掘り返しても仕方ないが自分のできることとできないこと、未来予想図の通りになるタイプかならないタイプかを自己診断することは大切。こういう話はしかるべきところで必ず露呈する。

 ヨシエの実家、ヨシエの姉夫婦宅、一様に、あれだけ “卒論は大丈夫?” と口酸っぱく繰り返してきたのに何で? という無念。 

「ああ、アホやなぁ!なんちゅうか、やっぱりテツオやよね」 

義理の姉=ヨシエの双子の姉なんかは

「そんなもん、お金包むとかしてなんとかならんがけ?」

ヨシエと同じ事を言いう。 

でもそれって、と切り返したら、

「そりゃあわかるよ、正しいがはその通りやちゃ。普通はそんなもんやちゃ。でもこの際仕方ないないけ、“テツオ” ながいから!お金でもなんでもそこに解決策があるかもしれんがなら手段選んどる場合でないやろ!そんな悠長なこと言うとったらいつまででも卒業できんないけ」 

と言いたい放題。

 12月にモリタから前借してまで早割で予約した学部の卒業ハワイ旅行は当然キャンセル、結局、2月下旬には最後の頼みの綱であった教科の単位も取れず、卒業延期が確定し4月からは実家に拠点を移しJRを使った週2日の通学で単位を取得、9月頃の卒業を目指す。

 ただある人からも言われたが、もしかしたらこれで良かったということになるかもしれない。就職が決まっていた東京のITベンチャー企業は300人採用して1年後には100人が辞めるという環境。一生に一度の大学新卒という切り札をここで使っていいのか? と何度も窘めたが言うことを訊かなかった。もしかしたら、これからの半年で方向転換するかもしれない・・・という期待はおそらく裏切られるが、親の心配は別にして冷静に鑑みればなんでもトントン拍子に事が運べばいいというものでもないのかもしれない。

 天が自立に必要な試練を与えて下さった!よくぞ鉄槌を下してくださった!とひれ伏して感謝しようではないか。   

・・・・それにしても・・・・・・・・・・・・・・・・・。

                                2016年3月

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