他所の親子、ウチの親子
オリンピックを見ていると親も同じ競技をしていた選手が多いのに驚く。
柔道の田知本選手、レスリングの登坂選手、卓球の水谷選手、体操の内村選手、書き出したらきりがないほど多い。
モリタも子供には自分の憧れていたスポーツを何の迷いもなく押し付け、
逆にそれ以外のことには関心がなく、お菓子とか何とかカードとかおもちゃとか、もちろん小遣いなど一度も与えた記憶がない。
さらに子どもの見ているテレビ番組が、あまりにもくだらないと感じたときは
「ただでさえバカがこんなアホらしいテレビ観て、さらに大バカになってどうする!」
と怒鳴りつけ、おそらく二人の子どもは呆れ蔑み 『こんな大人にだけはなるまい』 と誓ったに違いない。
残念ながら、モリタの主導した競技では成績も伸びず、中学の前半でクラブも退会、反抗期に入ったこともあり更に関係は悪化して現在に至る・・・・・。
そんな二人の子どもに黒歴史を作りながら、モリタは後悔も反省もしていないところがタチが悪いというか・・・。最近、長男テツオ(大4)と就活や生活態度のことでもめた時も、
「お父さんもお母さんも “自分の言うとることに絶対間違いない!” と思い込んどるやろ? 大体オレやカズヤがこんなんになってしまったのはお父さんやお母さんの育て方にも原因があると思わん?」
と切り出してきたが、
「思わん!世の中見ていて、こんな風に育てればいい子が育つという方程式なんかあてはまらんことがよーわかる。飲んべでだらしない親を見てこんな風になるまいと立身出世した人もいれば、親が高い社会的地位にあって、我が子を自由に伸び伸び育てていても子供が犯罪者になってしまうケースもある。虐待は問題外やけど価値観を押し付けたりするくらい何の負い目も感じん!」
と言い切り、また親子の溝が深くなった。
いったい、あの五輪選手の親はどんな接し方をしたのだろう?
もちろん元々の親の実績が桁違いなので比べること自体がはばかられるが、羨ましくもあり、ウチはウチと開き直ったり。
そんな時に、新聞の出版広告に
詳細は省略するが見出しには
【のたれ死のうが女郎部屋に行こうが勝手にしろ】
【勉強なんかするな学校へ行くな】
【戦後教育が悪いからバカが育つ】
【朝日の手下になりやがって】
などとあり、読み進むうちに阿川弘之先生の躊躇のない強父(恐怖)の振る舞いがいくつも紹介され、これに比べればモリタの言いたい放題など小鳥のさえずりみたいなものだ。
同じ暴言でも文化勲章を受章された方は許されるのか?いや、言動ではなく、実績に裏付けされた背中が違うのか・・・・?
土用の丑に合わせ、美味しいウナギを注文したからたまには実家に来ないかと、大学に入ってから今まで数回しか実家に立ち寄ることのなかったテツオに嫁ヨシエがメールしたところ、珍しく来ると言う。もちろんヨシエの魂胆は就活の進捗が芳しくないテツオを励まし(ウソ。実際は詰問と説教と説得)、なんとか1日でも早く内定を取り付けて安心したいというところ。
だが今回は違った。逆に携帯販売のアルバイトをしているテツオがスマートフォンを売りつけてくる。
あれだけ「全然必要を感じない」と言っていたのに説明には素直に耳を傾けるヨシエ。相手が素人と馬鹿にしているのか、普段のお客様がスマホに詳しいからか、テツオは業界単語を並べながら懐柔しようとするが、そこは猛獣オバチャンのヨシエ、わからないことはワカラナイ!とはっきり口にし、さらにランニングコストや特典、不必要な機能や、時限爆弾のように発生するオプション料金など、微に入り際に入り追究する・・・・・・というのは建前で、本当はなかなか会えないので、こういうときにできるだけ引き延ばすしか親子の会話がないというのがモリタ家の寂しい現実。
結局、定番のアプリを全てインストールしてくれるという申し出もあり、イチオシのiPhone6sを購入すると言ったら、テツオのリュックの中から未開梱のローズゴールドが出てきたというのがオチ。テツオはこの1台でバイト先のポジションが一つ上がったらしい。
図書館から「いちばんやさしい60代からのLINE」を借りて奮闘するがそれでも解決しないことが多く、その度に遠慮なくテツオを電話やLINEで呼び出し説明を受けるのがまたヨシエにとっては嬉しい時間。
さらには、すぐに連絡がつかなければ
「アンタんとこ、ちょっこアフターサービス悪ないけ!」
と噛み付く始末。テツオも面倒くさい客に捉まってしまったものだ。
でもこの経験が社会に出たときに役立つかもしれない。・・・安直なオイシイ話には十分気をつけなければ・・・。
その一週間後、ヨシエの実家のお義父さんの退職祝いの小旅行をする。そこでもテツオは商魂逞しくお義父さんにスマホの機能説明をしていたが、
「ほう、じゃあ、これを買えばいつでもテツオとテレビ電話ができるのか?」
「・・・いや、じいちゃん、それを期待するなら買ってもらわなくていいです」
スマホを手にしたヨシエは以前にも増して “上から” になる。能登半島・穴水の親戚に不幸があり、車で向かうがモリタの車のナビが古く、最新の能越自動車道のインターや、最短時間でたどり着くルートがわからない。
以前誰かから、スマホの方が最新の道路事情を更新していると聞いたので、ヨシエに頼むと
「ほ~ら、こんな時にスマホあったら便利やろ?」
と癪に障る音韻を発しながらナビを開始してくれた。しばらく進むと能越自動車道、田鶴浜インターの標識があり、
「おっ、インターや。ここから乗ればいいがでない?」
と尋ねたところ、
「ちご!アタシのナビでは直進やもん」
「いや、でも案内に穴水方面って書いてあるないか」
「なんけ、看板とアタシ、どっち信用するがけ? あん? 高速に乗りたいなら乗れば? どうぞ、どうぞ その代り、二度とアタシのスマホ頼らんといて!・・・・・ どうしたが? 乗らんがけ?」
その迫力に押され言われるまま最後まで海岸線の国道を走った結果、到着は葬儀の始まるギリギリに。
お盆明け、PTNAピアノコンペティション全国決勝大会、地元選手の応援で東京に出張する。
ヨシエは
「カズヤ(次男・大2・調布市在住)のアパートに泊まればいいがに・・・。親子ながに何遠慮しとるが?」
と言うが、あの狭いアパートに泊まるということはどういうことなのか想像できていない。
①客布団がないフローリングの床で寝ることになる
②間違いなく掃除が行き届いていない
③ユニットバスを使ったら自分で後始末しなければいけない
④アイツは親が来るといっても絶対自分を優先する。不規則な生活をしているのでまともに顔を合わせる機会がない
⑤正直、アイツとの会話がイメージできない、等々。
そんな窮屈な思いをするくらいなら普通のビジネスホテルに泊まる方が余程リラックスできる。
昨年、食事に誘った時は「たべん」の返事。今回も同じ返信が予想できたので事前に何の連絡もしなかったが、1日過ぎると、せっかく東京にいるのだから、とメールしてみたくなるから不思議だ。
「明日まで出張で東京。メシでも食べる?」
と送信したら、今年は
「いらん」
の3文字。
たまたま、N先生にそのことを打ち明けると、
「来年は “かえれ” やわ。・・・ホッホッホッ・・・」
と容赦のない悪ノリ。前々から、もしかしたら、と感じていたことだが、この御方は相当ドSな女王様に違いない。
そのカズヤが帰って来る。
9月6日、高校の同級生とバーベキューをするとかで、夜行バスで来て夜行バスで帰るらしい。こちらでの滞在時間は約14時間。カズヤが帰って来るのならと、ヨシエの実家も歓迎を提案して下さったが
「時間がない」
と一蹴。
それでも諦めきれないヨシエは、最近ぎこちなくも使えるようになってきたLINEで嬉しさを前面に出して踊っている猫のスタンプを貼り付け、
「6日の予定は? お母さん有休取ろうかな?」
とありったけの懇願を込めて送信した。
・・・・・しかし、ほどなく着信したカズヤからの返事は
「1日中友達」。
翌日、水道の蛇口のように涙を流すスタンプを入力し、既読になりながらも反応がない画面を見ながら、
「・・・わかっとったことやけどね・・・・・・」
とつぶやくヨシエは、それでも僅かな時間とはいえ1年ぶりにカズヤに会えるのを心待ちにしている。
2016年10月
※1 クラブに入れ
これは隣町のスキークラブ、アルペンチーム。
モリタが小さいころのスキーは長靴で履くスキー。小学校高学年になると、今のようにスキーブーツで滑るのが主流になったが、うちでは買ってもらえず、今でもその時の悔しさははっきり憶えている。そして、これがあったから、今でもスキーを続けているような気がする。
※2 道具には金を惜しまず
どんなスポーツでも上を見たらきりがないが、スキーはお金のかかるスポーツ。小学生でも板・ブーツ・ストックで10万円くらい。さらにウエア、ゴーグル、ヘルメット、グローブ、それにレースに出る場合はレーシングワンピース。これらが体の成長に合わせ2シーズン毎に更新され、さらに、リフト代、毎回の昼食代、送り迎え、合宿費用などを入れると1人の子供に年間数十万円。これが中学や高校生になると、ヨーロッパやニュージーランドでの合宿があったりして、年間200万とか300万とかという数字が聞こえてくる。
※3 阿川佐和子
1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。
タレントの檀ふみと仲が良く、お互い、自分の父親の暴君ぶりで盛り上がる。
※4 PTNA(ピティナ)
一般社団法人全日本ピアノ指導者協会
ピアノを中心とした音楽指導者による団体で
コンクール、ステップ、セミナーという大きな三つの事業を展開して全国のピアノ指導者の質的向上を目指す。
ピアノコンペティション
参加者のべ約45,000組(予選~全国計)を誇る、世界最大規模のピアノコンクール
趣旨
⓵ピアノ学習者およびピアノ指導者の学習・研究の一つの目標となること。
②国際感覚を持った指導法の研鑽。
③優れた音楽的才能の発掘・育成。
⓸ピアノ教育レベルの地域間格差解消、全国的な音楽文化の普及と向上。
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