テツオの就活

 “♪~純白のメルセデス プール付きのマンション 最高の女とベッドでドン・ペリニヨン” 

 ・・・ご存知の方はいらっしゃるだろうか?

 1984年に発表された浜田省※1  吾の「MONEY」という歌がある。インターネットやお酒の量販店のない時代、国語辞典を調べても出てこない、この“ドン・ペリニヨン”がどうしてもわからなかった。ただ、なんとなく、高いお酒の事だろうと想像し、それがシャンパンだと知ったのが、何年か後に『笑って※2  いいとも』のテレフォンショッキングでゲストの松任谷由美が持ち込んでタモリと乾杯しているのをテレビで見た時。

 そして初めて飲んだのが41歳、さらに53年間の人生で、たった2回しか飲んだことのない、その “ドンペリ” の空きビンが長男テツオ(大4)のアパートの散らかし放題の部屋の隅に無造作に鎮座している。

 尋ねると、大学の先輩の携帯電話販売サークル(?)みたいなのに加入していて(昨年の夏もこの関係で京都で2週間どぶ板営業をしていた)、そこで、自己啓発セミナーよろしく色々な刺激をもらってくる。その一つとして、サークルの代表が超高級ホテルに泊まって

「いつかこれが当たり前になる人生を手に入れよう!」

と成功疑似体験の話をしたらしい。

 それを聞いたテツオがネットでドンペリを注文して飲んでみたら、

「そんなに美味しくはなかった」

というシャレにもならないグダグダの話。

 ・・・はぁ~・・・。まあ、わからないでもないけど、この年になるとどうしても胡散臭さが鼻に付く。

 「成功疑似体験」と言えば聞こえがいいが、ひねくれた言い方をすれば、「分不相応な戯言」。仮に飲むのに2時間かけたとして、2万円と2時間の投資で人生観や目標軸が鮮やかに更新されるならとっくに日本中が大金持ちになっているはず。また、現在の成功者の共通点が高級車や美女に囲まれる生活を目標にしていたとは想像しにくい。むしろ、目の前の課題にひたむきに誠実に手を抜かず取り組むことを積み重ねてきた人がほとんどではないか?

 マンガ「美味し※3  んぼ」だったと記憶しているが、トンカツ店を営む夫妻が、打ちのめされた若者にトンカツをご馳走しながら、

「…いいかい、学生さん。トンカツをな、トンカツを何時でも食えるくらいになりなよ。それが人間偉すぎもしない、貧乏過ぎもしない、丁度いいくらいってとこなんだ…」

というシーンがある。

 ドンペリどころかトンカツさえ・・・・。弁当を作ってもらえない日の昼食が、いつも釜揚げうどん(並) か牛丼(並) のモリタはまだまだ地道なひたむきさが足りない。

 2017年春に卒業する大学生の就職活動の解禁日は3月1日、採用選考解禁日は6月1日となっているが、この日程を真に受けてはいけない。事実、『6月1日時点の就職内定率(速報値)は52.4%(リクルートキャリア)』ということはいつ選考したんだ? そして、テツオはこの中に入っていない・・・。

 スタートダッシュは悪くないはずだった。3月1日に説明会に出かける大学生を “遅れている” と言い、3桁の企業訪問は “絞り込みができていないだけ” と上から目線。実力や実績、強力なコネがあるならわかるが、入学してからバイトと遊び呆けていただけのチャラい地方の四流大学生が6月20日を過ぎてまだ、1社の内定ももらっていないということは、超せっかちな嫁ヨシエをイラつかせる十分すぎる材料となる。

 いくつか選考に残っているところもあるが、それはそれで、

「テツオ、○○と△△、次で最終面接やと。進んだら進んだでテツオを選ぶ会社なんてどーなん?て思えてくるわ」

と完全に迷走のスパイラルに突入。・・・じゃあ、どうなっていればいいのか?さらには実家のお義父さんから

「ワシの知っとる会社紹介するからテツオに受けてみんか言うてみい」

と圧力がかかる。そんなこと言われても現在進行形の企業が何社かあるのに、このタイミングでコネの色合いが強い企業を訪問することは優先順位が崩れることを意味する。

 さらに、ヨシエ独自の企業研究がそれを受け入れることができない。

「ホームページ見にくいし、採用情報も曖昧やし、画像は慰安旅行で遊んどる写真ばっか。フレンドリーな会社を演出しとるがかもしれんけど、逆に大丈夫?って思うわ。それにそこに写っている女子社員がなんか肉食系のアタシ好きになれんタイプばっかり。あんな会社にテツオ行こうもんなら、すぐに餌食にされるわ。雌ライオンが何十頭もおる檻に可愛い小鹿がコンニチワいうて入っていくようなもんやよ。絶対止めさせんなん!」

とバカ親の妄想が大暴走。

 お義父さんには本音を隠し、優先順位のことを建前に、慎重、そして冷静になるように電話で説得するのに1時間、その直後、テツオには

「もしもし?あんた、ホントに大丈夫ながけ? 携帯のセールスなんかしとる場合でないやろ!もしかして、誰かに洗脳されとる?・・・(略)・・・(実家の)ジイジ何か言うて来とるけどアンタ、それに乗ったら終わりやよ。自分の行きたいところ行けん可能性もあるからね! わかった? とにかくわき目もふらず、どうしたら今受けとる会社の最終選考を通過できるかだけ考えられ!他にも、“受けてみたら”、いう会社はあるけど、それは今度法事に来た時に教えるから・・・(略)・・・」

 30分を超える詰問と説得が続くのは、高3の時、進学する大学を巡って泥沼になった父(義父)VS娘(ヨシエ)VS息子(テツオ)の対立を髣髴とさせる。

 自分の思い描いたストーリー以外は許せないヨシエ。

 やっぱりこうなる宿命なのだ。


                                 2016年7月


※1 浜田省吾

何ていうか、やっぱり、浜田省吾っていうひと、モリタの周りに結構います。昔、配属になっていた店の向かいに本屋さんがあり、そこの店員さんに誘われ一度だけコンサートに行ったことがあります。


※2 笑っていいとも

『森田一義アワー 笑っていいとも!』(は、フジテレビ系列で1982年10月4日から2014年3月31日まで、毎週平日の12:00 - 13:00に生放送されていた帯バラエティ番組。司会は森田一義=タモリ


※3 美味しんぼ

雁屋哲(原作)、花咲アキラ(作画)による日本の漫画。『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて、1983年20号より連載。


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