最終章 故に世界はゼロ点を望む

第38話 振りまく笑顔に詰めたい心

 茜色の空も変わりつつあった。


 俺たち八人は学園に着くなり解散。カトレア先輩は「疲れた」と言って真っ先に帰宅し、それに釣られるようにアカツキ先輩、オリヴィア先輩、イザベル先輩も帰宅。


 シシリー先輩はいつの間にかいなくなっていた。しかし気にする者もおらず、誰一人として疑問を呈さない。


 そして俺は、マリオン先輩とエレナと共にアミューズメントエリアでご飯を食べることにした。マリオン先輩の「残された三人でご飯でも……」という一言に快く同意した結果である。


「アストは食べたい物ある? マリオン先輩も何かありますか?」


 エレナは、俺とマリオン先輩の方を振り返ってそう聞いた。泣きじゃくった跡も消え、キラキラとした笑顔を振りまく天使のように見えている。


 学園から少し離れた並木通りを、アミューズメントエリアへ向かいつつ三人で歩く。


「俺はなんでもいいかな。そういうことで、二人の意見を尊重します」


 俺は早々に晩メシ決定権を破棄。思考の中のジャンクフードに蓋をし、女の子の美容にも気を使う。


「えー? なんでもいいが一番困るわ。意見くらい出しなさいよ」


 エレナはムッと顔を変える。彼女の眉間に寄ったシワ、どうしてなのかは理解できない。


「選択肢は多い方がいいじゃん」謎に付け加えてしまった。


行為的には火にちょろっと油を注ぐことと同義。エレナの機嫌も悪くなる一方。


「はーい、アストは後で文句言えませーん。拒否権がなくなりましたー」


「へいへい」エレナの不貞腐れに、俺はただただ返事で答える。


「わっ、私はエレナちゃんの好きな物が食べたいな!」


 マリオン先輩の提案は、俺と異音同義の内容。エレナはそれが原因で不機嫌になっている。したがってエレナのテンションは下がるはず……。


「そうですか? やっぱり、マリオン先輩は優しい人だー!」


 「ありがとうございます!」ととびきりの笑顔を見せるエレナに、俺は本当に困惑した。


「エレナ、俺のことそんなに気に食わないの?」素朴な、純粋な一言。


 俺は両手の人差し指をツンツンと合わせて、少々気持ちの悪い体勢で質問に出た。バツの悪そうな演出のためである。


「アンタが『なんでもいい』なんて言うからよ。ガキじゃないんだから、食事の時に『なんでもいい』が禁句なのは分かるでしょ?」


「……初耳ですね」なぜか『なんでもいい』は禁句らしい。


「うっそ、母親からさんざん言われたでしょ?」


「その俺、実は捨て子なんですよ。だから両親との話とか覚えてなくて……」


 エレナは俺の言葉を聞いたのち、「そうだったわ……」と小さく、小さく口にした。俯いた彼女の全身から哀しみが漂う。


「わわっ、この話終わりー!」マリオン先輩のファインプレー。


ぎこちなくも快活な声が並木通りにこだまする。


 俺とエレナの間に入って、雰囲気を良い意味でぶち壊す。コミュ症でもやる時はやるんだなと俺は心底驚いた。


「ほっ、ほら! もう商店街が見えてきましたよー。みんなで楽しくお喋りしましょー」


 マリオン先輩は子供をあやす風な口ぶりである。いや、現状はそれであっている。このマイナスな空気を一変させるにはそれくらいが丁度いい。


「そうですね!」と俺もマリオン先輩の作り出した波に乗る。


そしてボソッとエレナの耳元で本心を伝えた。


「別に気にしてないから、もう気に病まないでくれ。あれは記憶から消したことだしな……」


 俺がそう呟くとエレナの瞳孔が広がり、やがて小さくなる。たったそれだけの反応だったが、今の俺には十分伝わるシグナル。俺はエレナの肩を叩くと「ありがとう」とだけ付け加える。


「私のお気に入りの店に連れてってあげるわ!」エレナは再度先頭を歩く。


 さっきの僅かな会話でエレナの雰囲気は戻った。故に俺の真意が流れ込んだことを意味し、それすなわち俺の疑惑が確信に変わる決定打となる。


──エレナは俺の過去を知っている


 おそらく俺がエレナの過去を覗いていた時、逆にエレナもこれの過去を覗いていた。そこからエレナの俺に対する行動に、妙な情が入っていたことに繋がる。


 あれは俺とカトレア先輩のキスの際。エレナは異常なまでに反応し、あまつさえ腰を抜かしてしまった。それこそ決定的ではあるが、俺が蘇生する前までの記憶が残っているかと言われれば、首を横に振るしかあるまい。


あくまでも仮説の領域から逸脱することのない確信である。


「アスト、ボーッと突っ立ってないで早くしなさいよ! 見失っても知らないからね!」


 ほんの数メートル離れただけでも振り返って忠告してくるエレナの優しさ。不器用ながらも俺には伝わる。


俺はマリオン先輩とエレナの元へ駆け出した。


「ハンバーガー、セットで。ええっとじゃあ烏龍茶でお願いします」


俺は注文を終えて、エレナを探すため店内を見渡す。


 ギラギラと照明たぎる店内は、制服姿の生徒でほぼ満席の状態だ。視界の中央、目的地。一足先に注文を終えたエレナは場所取りを済ませていた。次から次へと出入りする生徒達の姿を横目に流しつつ、俺は席に座る。


「意外だったな、エレナがこんな店好むなんて」俺は番号の札を手で弄ぶ。


「そうかしら? コスパも抜群だし、好きにならない理由なんてないわ」


「『コスパ』ってエレナから聞くとは……。でもイイトコのお嬢様なんだろ? ジャンクフードとか、よく禁止されないな」


 俺はカウンターで注文に手間取っているマリオン先輩を眺め、時間がかかりそうなことを確認する。


「ほら、エレナの親父とかめっちゃ怖かったじゃん」


 俺はエレナの過去に関するカマをかけた。エレナが「なぜその事を?」と疑問を口にするのか。これで俺との過去を覚えているのかを確認できる。


──俺の見たエレナの過去が現実か、はたまた幻想か


「そう……ね。たしかに怖かったわ」


 『怖かった』と過去形。それだけで何か起きたのは推測できる。それでも俺は知りたかった。覚悟を決め、踏み込むのは地雷原。


「もしかして、不幸なことでも……」最大限の注意を払って進む。


 言葉尻ひとつで不敬に値する。エレナとの歪みができてしまう。そんなことすら俺には些細なリスクにしかならないというのに。


「私、お父さん殺しちゃったんだ」


俺の瞳孔は捉えてしまった。これも現実で、世界を疑いたくなるような事実。


──エレナの笑顔を


そう、振りまく笑顔に『冷たい』心

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