第14話『人間関係って、無駄に複雑ですね』
酒の席というものは、時には想定外の流れに発展することが、良くある。
なんだかんだあったものの、奥沢主催の飲み会の場は、それなりに盛り上がり始めた。
ただ、奥沢と優花の、こちらに対する微妙な態度を感じ取った澪は、卓也にこっそり耳打ちした。
(ねえ、あの二人。
ボク達のこと、まだ疑ってるみたいよ)
(そりゃそうだろ、普通こんな話すぐには信じないよ)
(なんか、ボクが新興宗教の関係者で、卓也を変な風にしてるって思ってるみたい。
こそこそ話、聞こえちゃった)
(そ、そんな事言ってたの?
つうか、よく聞こえたな)
(そう、ボクの耳は、一キロ離れた針の穴まで聞き分けられるんだから)
(ロイエってすげぇんだな、もしかして改造人間かよ)
(ウっソで~す☆)
(……)
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-14『人間関係って、無駄に複雑ですね』
澪に思う事がありつつも、奥沢と優花は、卓也に現状を聞き始めた。
恐らく、遠回しに澪に対する探りを入れたいのだろうという事は、容易に想像がつく。
卓也は、そんな彼らの質問に、あえて素直に答えることにした。
だが案の定、その話の内容が彼らの知る情報と相当食い違っているようで、二人はだんだん困惑し始めたようだ。
正に、それが卓也の狙いでもあったのだが。
「えっと……俺と
おいおい、どんだけ腐れ縁なんだよ俺達!」
「なあ奥沢。
西難所商事株式会社の担当の、駒栗さんって知ってるか?
あのちょっと神経質そうな人」
「え? あ、ああ。
つか、なんで知ってるの?」
「あの人、俺の居た世界では俺が窓口になってたんだ。
お前から引き継いで」
「え」
「なんかあると、やたら奥さん自慢し始めるだろ?
でもあの人の奥さん、重い病気で亡くなっちゃったんだよな。可哀想に」
「……その話、今日、聞いたばっかりだぞ俺……」
奥沢の顔が、青ざめる。
その横に居る優花も、ただならぬ会話の内容に、目をひん剥いた。
「あ、あのさ卓也さん。
あたしも、同じ課なんだけど……その話、会社に居る時に聞いたよ。
なんで、よその会社のはずなのに知ってるの?」
「じゃあこんなのはどう?
お前らの部長、まだ今西さん? それか大沢さん?」
「せ、先月、丁度大沢さんに代わったばっかりだよ」
「う、うん」
またも、二人の顔が青ざめる。
まるで怪談を語るような口ぶりで話す卓也に、横から澪が突っ込んだ。
「ね、ねえ、何の話?
ボク……じゃなくて私、置いてけぼりなんだけど」
「もうちょっと待ってな。
今、“証明”をしてるんだ」
「しょうめい?」
「まあ、ちょっと待ってろって」
不満げな澪を置いて、卓也は更に続ける。
「大沢部長か。じゃあここから先、用心しといた方がいいかも」
「え? な、なんだ?」
「大沢部長って、東北営業所からの出戻りの、パワハラ全開の人だよな?
あの人のせいで、そう遠くないうちに、五人退職するから。
理由はだいたい想像できると思うけど」
「えぇ?!」
「ちょ、何それ!」
「んで、その分残った俺た……じゃないか、お前らが地獄モードに突入することになる。
ちなみに俺の世界だと、俺はそれで五週間残業四時間、出社一時間前倒しっていう酷い目に遭ったんだ。
もう、心身ボロボロだったよ」
「……」
「ま、これはあくまで俺が経験したことだから、まんまそっちにも起きるかどうかはわからんけどね」
卓也の衝撃の告白に、奥沢と優花の言葉は完全に止まった。
酒にも、運ばれてきた食事にも手が伸びない。
卓也は、二人の反応から、自分の最近の体験談が、彼らにとっての近未来にあたる出来事なのだろうと判断しカマをかけたが、どうやらジャストミートだったようだ。
澪は、ちょっと戸惑った表情できょろきょろを三人を見回すと、枝豆の皿にそっと手を伸ばした。
「――いや、ごめん。
卓、お前、大ローゼン社に行ったんだよね? 引き抜かれてさ」
「いや、こっちの世界の俺の事情は知らん。
今日、そこの上司みたいな人が来たけど、澪が追い返してくれた」
奥沢と優花の目が、その瞬間澪に注がれる。
枝豆の皮をはみはみしていた澪は、その視線に気付いて、ニャハハと笑った。
「あんた達、もう一緒に暮らしてるんだ。
でも、追い返すって……
澪さん、なんか、思ってたより頼りになるタイプの人みたいね」
「ああ、俺も、そう思った。
なんか関心沸いてきた」
優花は、奥沢と顔を見合わせて、それから澪に注目する。
その時、一瞬、澪の目がキラリと光ったように、卓也は感じた。
「信じて頂けそうですか? 私達のこと」
「あ、ああ」
奥沢は、少々照れるような態度で、何故か弱々しく頷く。
それを何故か横目で睨みつけると、優花が突然声を張り上げた。
「とりあえず、飲もう! あんたがどんな卓也でも、今はあたしらの仲間の卓也だもん!
それと、超美人の澪さんとの出会いも記念して、仕切り直しだー!」
「おー?! 優花いいぞぉ!」
「な、なんか、無理やりノリノリになってない?」
「まあ、気にしないで行こう。
澪、お金は俺が払うから、君は気にしないでどんどん頼みな」
「はい、ありがとうございます!ご主人様――あっ」
咄嗟に口に手を当てるが、遅かった。
「ちょ! 何、今の問題発言!
ご主人様?! ご主人様って行ったよね?」
澪のつい漏らした言葉に、優花が過剰反応する。
すっかり出来上がっている彼女は、飲みかけのジョッキを携えながら、澪の傍にスススっと移動した。
「ちょっとぉ、あんたら、ど~いう関係なん?
ご主人さまぁ? もしかしてぇ、SとMの関係とかぁ?」
「お、おい、そんなんじゃねぇって」
「え、え~と、その……主従関係は、確かにありますが……ハハハ」
「ええっ!? 本当に卓がご主人様なの?! すげぇ!
卓ぅ、お前ぇ~、この犯罪者めぇ!」
「だ、誰が犯罪者だ人聞きの悪い!」
「だってよぉ、こんな美人にご主人様なんて呼ばせてるなんて、それだけでもう犯罪確定だろうがぁ」
今度は、奥沢が参戦する。
卓也と澪は、同じ向きで二人に挟まれる形になった。
「や、やめぃ! 酒が飲めない!」
「ひ、ひぃぃ!」
飲み会の、酔っ払い同士が奏でる、独特のテンションからの大騒ぎ。
どうやらこちらの世界の奥沢と優花は、いささか酒乱の気があるように思えた。
(た、卓也ぁ! ゆ、優花さんって、元からこんな方なの?)
(ち、違う、俺が知ってる優花とは全然違う!
そもそも、酒あんまり飲まなかったしぃ!)
(じゃあ、殆ど赤の他人って感じなのね? ああ良かった)
(よ、良かったのかな……)
その後、妙なテンションへとステージアップした二人と、それなりにターボがかかってきた卓也は、二次会にも繰り出すことになり、次の河岸を捜す事にした。
その時、ふと優花が、卓也に近づいて来た。
「ねえ卓也さん、LINE交換しよ?」
「え? な、なんで」
「だってさぁ、なんか心配じゃん?
ここ、あんた達の世界じゃないなら、協力者いた方がいいでしょ?」
「そ、そりゃまあ、ありがたいけど」
「それに、あんたの世界で婚約者同士だった間柄じゃん!」
「その話は……」
「大丈夫、うちの旦那にもこういう知り合いが居るって話するから!
変なことにはならないよ」
「はぁ、ま、まあ……それなら」
良く判らないうちに、卓也は優花と連絡先を交わすことになった。
それを見ながら、奥沢は卓也と優花を含めて、グループを作成したようだ。
早速、通知が来る。
「ところで澪ちゃんは、スマホないの?」
「あ、はい。私は携帯は持ってなくて」
「あ~、卓がそんなに拘束してるのかぁ?
良くないぞ卓ぅ、澪ちゃんを締め付け過ぎると、浮気されるぞぉ~?」
「ぼ、ボクは、浮気なんて絶対にしません!
卓也だけですっ!」
「おおー! 愛されてるねえ、ご主人様ぁ!」
「ひゅーひゅー! 二人とも、お幸せにぃ!」
咄嗟に反論した澪の発言が、またも酔っ払い二名のテンションに拍車をかける。
「な、なんなんだこの二人はあ!」
「なんか、完全に同調してるわよね」
「うん――あっ」
「え?」
と突然、奥沢と優花が、二人の目の前でキスをした。
一瞬のことだったが、はっきりと、唇が触れ合うのを目視する。
だが二人は、まるで何もなかったかのように振舞った。
「よぉーし、気合い入れて次行こう!」
「卓、次、もっとじっくり飲めるとこにしようぜ!
キリンシティ行こう、キリンシティ!」
「お、おう。確かにあそこ久々だな」
「ええ~、皆さん、本気でまだ飲むの?」
呆れ顔の澪をよそに、ハイテンションの二人と、徐々にそれに連動し始める卓也。
三人より少し後を歩いていた澪は、奥沢の手が、優花の腰に当てられている事を見止めた。
(あ、もしかして、この二人って……。
でも、優花さんは確か――)
二次会は、一次会を凌ぐ勢いで、ビールグラスが次々に空になっていった。
唯一シラフの澪すらも、もう各人何杯飲んだのか判らなくなっているくらいだ。
卓也も、澪が思っていた以上に飲んではいるのだが、明らかに二人よりはキャパシティが少ないようで、既に目が泳ぎ始めている。
「おう卓、もっと飲め、もっと飲めよ☆」
「お、おう……でも、もうちょっと、限界……」
「それにしても、最初はどうなるかって思ってたけど、こんなに楽しくなるなんて思わなかった!」
「お、おう。あんがと……
ふ、二人とも、さっきは悪かった……反省してるよ」
「いいっていいってもう、なぁ優花?」
「うん、もうとっくに水に流した!
それより、異世界の卓也ってレアキャラに逢えたことの方が嬉しいって!」
「ありがとうございます、お二人とも。
って、卓也、大丈夫?」
ふと見ると、卓也はスマホを見るような姿勢で、半分寝落ちしかけている。
澪は、取り落としそうなスマホを回収すると、机に突っ伏すように卓也の体勢を整えてやった。
「澪ちゃん、面倒見もいいなあ。魅力的だ!」
「もう、ご主人様は限界みたいです。
申し訳ありません、せっかくですので私がお付き合いさせて頂いてよろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ! あたしらも、澪ちゃんとじっくり話したかったしぃ!」
「そうそう!
それよりさ、澪ちゃんって、本当に美人だよなあ」
ここで、いきなり話題の矛先が澪に向く。
いい加減何度目になるかわからない賛辞に、複雑な表情を浮かべる。
「あ、ありがとうございます」
「澪ちゃんっていくつなの? 物凄く若そうだし……うっわ見て、肌めっちゃ綺麗!
髪も、まるでお人形さんみたいにサラサラで、すっごい、光ってるみたい」
「ちょ、ちょっと……!」
優花は、馴れ馴れしく澪の手や髪に触れ、まるで宝石でも眺めるかのように眺める。
そして奥沢は、それに寄り添うようにして、触りこそしないものの深く同調した。
「澪ちゃんってホント、なんか謎の多い美女って感じだよねぇ。
本当に綺麗だし可愛い! あたし、女だけど惚れちゃいそう」
「何言ってんだ、俺の方が先に一目惚れしたんだぞぉ」
「ちょっと何よぉ、あたしが居るのに、澪ちゃんに浮気する気ぃ?」
「ははは、そだった、そだった♪」
際限なくテンションアップを続ける二人を、澪は愛想笑いしながらも、冷静に観察した。
肩から回した奥沢の手が、明らかに優花の胸に触れている。
澪は、二人にばれないように、呆れた溜息を漏らした。
「私からも、伺ってよろしいですか?」
「ん? 何でも聞いてよ、澪ちゃん」
「澪ちゃんの質問なら、俺、何でも答えちゃう!」
澪は、横に座る卓也が半分眠りかけているのを確認すると、二人にずいっと迫った。
ひそひそ話のように、声を潜める。
「お二人とも、実はお付き合いされてるんでしょ?」
「―-え」
「……」
「さっきから、スキンシップ半端ないですもの。
すごく見せ付けられちゃってますよ」
澪の指摘に、一瞬真顔に戻るも、二人はデレデレな態度であっさり白状した。
「あ、やっぱ……わかるぅ?」
「澪ちゃん、すっごく勘がいいね。
でも――コイツにはナイショにしといて☆」
「ええ、まあ」
見抜かれたせいなのか、開き直った二人は、まるで世間話でもするかのように、自分達が“不倫関係”にあることを告白した。
二人とも既婚者で、それぞれに家庭があるのだが、実は以前から体の関係があり、それぞれの相手とまだ結婚する以前から、暇を見つけてはずっと密会を重ねていたのだという。
「なんかねー、旦那ともたまーにはするんだけどさ。相性が悪いってのかな」
「わかるー。うちの奴も、子供生んだ途端にレスになっちゃったし」
「いいよぉ、奥さんの代わりに、いくらでも搾り取ってあげるからねぇ♪」
「おぉ☆ 是非たのんます!」
「この後でもいいよぉ♪」
「おほほぉぉ~♪♪」
(あ~あ、いいのかなあ……)
笑顔を絶やさず、それでいて心の中では呆れ果てながら、澪はただじっと二人のノロケを聞き続ける。
その手の中には、卓也のスマホがずっと握られていた。
「あ~でも、オレ、澪ちゃんみたいな素敵な娘ともしてみた~い!」
「パロスペシャルかましたろか、この浮気者!」
「ひぃ~!」
澪は、時計を見るついでに、起動していたスマホのアプリを停止させる。
「ところで、もうそろそろ終電の時間が近いんじゃないでしょうか?」
頃合と判断した澪は、場を閉める為にそう切り出した。
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