第21話 5月4日 幼馴染み(3)
「……大丈夫な日だから」
大丈夫な日……その意味は俺だって分かる。
正直なところ、童貞を捨てたいという気持ちもある。それに、目の前にいるのは、タイムリープ前とはいえ、俺が告白したほど好きだった女の子だ。
あの時は、手に入れられなかった存在。アイツに寝取られて、奪われた大切なひと。まだ誰にも抱かれていない、清らかな身体……それが今、目の前にある。
もう奪われないように、今抱いて処女をもらってもバチは当たらないんじゃないか?
そうしたら、復讐の一つにならないか? アイツが奪おうとしたものを、俺が先に手に入れる。
そんな、下衆なことを考えていたら……また一段とあそこが大きくなり固くなったような気がした。それをヒナが優しく撫でてくる。
そして俺の唇に触れるものがある。
積極的なヒナを受け入れる。今にも泣き出しそうなヒナを目の前にして、突き飛ばすことなんて出来ない。
無理だ。
同時に、俺は下衆な人間だとはっきり自覚する。俺はヒナに釣り合わない。復讐のためにヒナを抱くなんて思った……そんな気持ちを抱く人間がヒナに釣り合うはずがない。
そう苦い思いをしながら、俺はキスを続ける。
「ん……」
子供の頃、二人でお遊びみたいにしていたそれとは違う。互いに求めあい、快楽を貪る。
もうあどけない子供ではなく、お互い成長した男と女なのだと思い知らされる。
とはいえ。俺たちは童貞と処女で……そういうムードになるかというと違ったようだ。
気遣いというのがお互いにない幼馴染みというのは、意外と近くて遠い関係なのかもしれない。
「……ふふっ」
さっきまで涙目だったヒナに笑顔が戻った。
よかった、と思う。じゃあ、今回はここまでにしておくべきか。
決して怖じ気づいたわけじゃなくて……いや……なんというかヒナとの関係が変わってしまうのが、惜しいというか。
やっぱ怖じ気づいてるな。でもまあ、ここまででいいだろう。本当に下衆な人間にならずに済む。
そんな俺にヒナは上目づかいで告げる。
「タツヤ、シャワー先に浴びる?」
んんっ?
幼馴染みの猛攻は止まらない。
☆☆☆☆☆☆
かくして……俺はシャワーを浴び、一人ベッドで布団の中に入っている。
シャワアアアアアア……という水が流れる音が遠くに聞こえる。
今はヒナがシャワーを浴びている。俺が浴びている間に、入っていい? と聞いてきたり背中流そうかと言ってきたり。
色々大変だったが、それを乗り超えた今、俺は天井の染みの数を数えている。
ヒナはすっかり立ち直ったようにも見えた。
でも、そう見えるのはヒナの演技かもしれない。
長い付き合いだからと分かることもあれば、分からないこともある。ツラいことを隠したり、黙っていたりすることがこれまでもあった。
イヤなのに、平気なフリをして意地を張ったり。俺はそれを見抜けないことがあった。
タイムリープ前、ホテルの入り口で見たヒナの様子はどうだっただろうか? 少し忘れつつある。
あの時は、すっかり二股をかけられ俺をバカにするように見えたのだけど。今思えば少し違うような気がしてきた。
本当は、二股なんか嘘でイヤイヤ須藤先輩に連れられていたのでは?
ガチャ。
浴室のドアが開く音がした。いつのまにか、水が流れる音も止まっている。
しばらくすると、ゴォーというドライヤーの音が聞こえ、止まるとペタペタと足音が聞こえてくる。
見ると、そこにはバスタオルを巻いただけのヒナがいた。
さっきまで肩が露出した服を着ていたので、あまり露出度は変わらない。
でも、色っぽさは全然違う。水分が残っている髪の毛に、しっとりとした肌が桜色に染まっている。
バスタオルは身体の線をくっきりと見せて大きな胸が存在を主張していた。
「おふとん、入っていい?」
「うん」
変なところで遠慮するヒナ。でも、この状況で俺の隣に来るということの意味に、決心が必要だったのかもしれない。
ヒナが布団に入り、自らをくるんでいたバスタオルを枕元に置いた。これで、二人とも素裸だ。
そして向かい合う。
「タツヤ……緊張しちゃうね」
「うん」
うなずくと、ヒナは俺にしがみつくように俺の胸に顔をうずめる。
俺はいてもたってもいられなくなり、裸のヒナ抱きしめ、腕枕をする。でも、そこからどうしたらいいか分からない。とりあえず頭を撫でたりしてみるけど……落ち着かない。
下半身の方は落ち着かずギンギンで、ヒナのお腹に触れていた。もう隠すこともないだろう。
俺はすっかりとヒナのペースに流されている。
「なあ、ヒナ、いったい何があったの?」
俺は核心に迫ることにした。このまま流されてしてしまったら……俺の復讐心が消えてしまうんじゃないか?
そんな怖さもあった。それに、今抱くというのはとても悪いことを下衆なことをすることになる。本気にヒナのことを好きなら、そうではないだろう。
でも、こうやって迷う時点で、俺はヒナを抱く資格がない。
「……あのね。私は夢だと思っているけど、ひょっとしたら違うかもしれない。私の勝手な妄想なのかもしれないけど、いい?」
「うん。それを教えて」
「わかった」
ヒナは真剣な表情で俺を見つめる。顔が近い。身体は完全に密着している。
くっついていて、互いの体温が心地良い。正直なところ、もうこれだけで満足しそうなくらい肌が触れる感覚が気持ちいい。しっとりとしたヒナの柔らかい肌を全身で感じる。
「あれはいつだったかなぁ。昨日? ううん、一昨日かその前の日だったと思う。黒猫を見たの。すごく綺麗な猫で、すごく印象的で」
黒猫って、クロ? あんな毛並みの良い野良猫はそうそういないとは思う。一昨日の前というと、クロと優理の代わりに俺が川に落ちた日だ。
「その夜眠ったときに、変な夢というのかな? 映像を見たの。黒猫がいて、どこか行って……その後は、すごく嫌な感じで……タツヤが泣いていて、その原因は私みたいだった……私は須藤先輩と一緒にいて。それでね、場面が変わったら千照ちゃんも私と一緒に泣いていた」
千照までいたのか。泣いていたとしたら、引きこもりになった理由を知ったということか?
「その時はそれだけだった。でも、今朝ね、うつらうつらしていたら、その映像をまた見たの。本当にそれがいやなやつで」
ヒナはそこまで言って、俺を抱く手に力を込めた。
「私は、諦めたような顔をしていて……ラブホテルの今いるこの部屋で須藤先輩と……その……しちゃうの——」
ヒナの口から出た言葉に衝撃を受ける。あの時の辛さが蘇ってきた。
俺の動揺を感じ取ったのか、ヒナは俺の胸に顔を埋めて続けた。
「夢の中の私は涙をうかべていて、泣いていて……すごくイヤだった。須藤先輩に触られたりキスされたり……最後までされて初めてを奪われて……何度も私の中に……本当にイヤだった」
そうか……その夢はもしかして、タイムリープの時のヒナなのか?
恐らくそうだ。俺は勘違いしていたのだ。ヒナの演技に、自分の自信のなさが加わり事実と異なる認識をしていた……?
二股じゃなく、あの日嫌々に、須藤先輩につきあわされていた?
俺は怒りに震えた。目の前の……幼馴染み、俺の知っているヒナにこんな顔をさせる奴が許せない。
泣かせてしまう未来を変えたい。
今でさえ、ヒナは辛そうにしている。
俺は落ち着かせようと、腕枕をしていない方の手でヒナの頭を撫でた。
応えるように俺に唇を重ねるヒナ。躊躇いながらおれの固くなったものを触れてくる。
「あ、タツヤのここ……ぬるぬるして……たぶん私も……」
ヒナの手のひらがとても気持ちがいい。下手に身動きすると限界に達しそうだ。そうならないように、気を逸らそうと俺は口を開く。
「好きでもない男にされるのはイヤだよな」
「それもあるけど——」
「それもあるけど?」
「だって、私が好きなのは…………ううん、本当にしていい人だけにして欲しいんだよ? 女の子は」
ヒナは何か言おうとして、口ごもり、代わりにそんなことを言った。
察しろということだろう。もちろん、察している。
それと、ヒナ自身も戸惑いがあるような気がする。ヒナの願いは叶えてあげたいけど、えっちするかどうかはとても大切なことだ。ちゃんと考えないとな。
「うん。ヒナの気持ち、わかるよ。そうだよな」
「タツヤ……ありがとう……大好き」
言わないようにしていただろうに、ポロリと言葉が漏れる。
じわりと、その言葉に感動する。俺も、と言いたいところだけど。いや、好きなのは間違い無い。でもそれは、幼馴染みとして、そして人間として大好きであって、女の子として好きなのか……正直分からない。
だけど、俺の言葉をヒナは期待していないように感じた。
少し寂しくもあり、でも今の俺にはその方がありがたくもある。
ヒナの瞳はとろんとしている。いつのまにか、俺の固くなったものに触れる手の動きが止まっている。
目の焦点が合っていないような気がする。
「どうしたの? ヒナ?」
「なんだか、話したらスッキリしちゃった……温かいね、タツヤの体」
「くっついていると温かいよ。気持ちいい」
「うん。タツヤとくっついていると、いつも眠くなる」
いつも。そういえば、子供の頃もヒナはくっついていると、よく眠ってたな。
俺は、ヒナが与えてくれた刺激でむしろギンギンだけど。
「タツヤと……幼馴染みでよかった……こんなこと……タツヤだからできるんだ……」
そう言ってから、ヒナは、うとうとし始めた。
えっ。ヒナさん?
俺をギンギンにしておいて……寝ちゃうんですか?
まあ、俺にこの状況は丁度良いのかもしれない。
「こうしていると……安心する……ねむ……く……」
「ヒナ? 寝ると俺がイタズラしちゃうかもだから、起きて」
「タツヤ……なら、何しても……良い……よ?」
その過激な言葉にドキッとしてしまう。
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