第8話 5月2日 泣かないために(2)
「西峰っちさ、なんかニヤついてない?」
「えっ、そ、そう?」
「うん嬉しそう。まあ、あの先輩からしたら、狙ってる優理の隣に座ってた西峰っちのニヤけはイラついただろうなあ。ざまーみろって感じ」
そうか、雪野さんも嫌いなんだな、須藤先輩のことは。
「でもさ、優理がああやって対処できるなんて……西峰っち、どんな魔法を使ったの?」
「魔法って大げさな。何もしてないよ」
「そうなの? 実はさ、心配してたんだ。あの先輩いい噂聞かないから。優理が告白されたって聞いて、私はやめとけって止めたけど優理ピンと来てなくて」
そうだよな。最初はお試しって言われて付き合うって考えてたし。
「私も24時間一緒にいられるわけじゃない。優理一人の時に来られたら危ないって思ってたの」
「確かにね。でも変わったよね。俺がどうこうより高橋さんが頑張っただけだよ。凄いよね」
「へえ…………話したことなかったけど西峰っち、なかなか良い男だね。もっと早く話してれば良かったなぁ」
雪野さんはそう言ってニカッと笑った。
陽キャってそういうことをさらっと言うものなの? 慣れてない俺には刺激が強い。
ニコニコしながら、弁当を片付け始める雪野さん。
俺も片付け終わる頃、高橋さんが戻ってきた。
「が、頑張りました。西峰君、雪野さん」
見ると高橋さんは瞳が潤んでいて、顔が赤くなっている。照れているのではなくて、興奮しているみたいだ。
「うん、優理、頑張ったね」
雪野さんは、親指を立てて高橋さんにグッと拳を向ける。
俺も同じようにしようとすると、高橋さんは両手で俺の拳を抱えた。
「ん? どうしたの?」
「西峰君、少しだけ……ごめんなさい」
そう言って、高橋さんは俺の手を引いて教室の外に向かって歩き始めた。
俺は混乱していると、雪野さんは口パクで何か伝えてくる。
『戻ってこなくて良いよ』
うん? よく分からないまま、俺は高橋さんに引きずられていく。
ざわつく教室を後にして、始業前で誰もいなくなった廊下を引っ張られていく。
俺はそのまま黙って付いていくことにした。
やがて人気のない場所にたどり着く。
ここは、階段を上りきった屋上階の外に繋がる踊り場のスペースだ。
屋上には鍵がかかっているので出られず、ここには誰も近寄らない。
「はあっ……はあっ……に、西峰君、ごめんなさいっ!」
高橋さんは息を切らして……俺に抱きついてきた。え……? 意味が分からない。
俺の背中に手が回され、ぎゅっと力が込められる。
高橋さんは上目遣いで俺を見る。その瞳は潤んでいて今にも涙がこぼれそうだ。
「高橋さん?」
「急に怖くなって……きました」
見ると、足ががくがく震えている。
我慢できなくなったのか、高橋さんは俺の胸に顔をうずめて体重をかけてきた。
腰が抜けそうなのかもしれない。俺は、彼女の腰に手を回し、支えるように抱きしめた。
「……っ……っ!」
彼女は声にならない声を上げている。
泣くのを必死に堪えているようだ。
高橋さんの顔を覗くと、瞳に涙を溜めて歯を食いしばっている。
「ぐうっ……」
震えながらも、声を出さないように我慢を続けている。ギシギシという、歯を食いしばる音が聞こえてきそうだ。
おもわず嗚咽が漏れそうになるのを必死に抑えている。泣き出しかけて、込み上げる感情を堪えている。
高橋さんは闘っている。自分の弱さと……こんなに頑張る女の子だっんだ。俺もそんな姿を見て泣きそうになる。
こんな時、何か声をかけられないだろうか?
俺は少し考えて、高橋さんが安心しそうな言葉を思い切って言うことにした。
「高橋さん、大丈夫。俺がついているよ」
そう言うと、彼女は顔を上げ俺を見つめてきた。
ついに、瞳から涙がこぼれ、彼女の頬を伝った。
「……泣きたくなくて我慢してたのに……そんなこと言われたら、私……違う意味で泣いちゃいそうで……」
違う意味? どういう意味だろう?
まだ我慢している様子の高橋さん。俺は、支える手に力を込める。
「泣いてもいいと思うけど」
「だめです。泣くのはだめです。何も考えられなくなっちゃうから。だからこのまま——」
涙に甘えたくないという強い想いがあるのだろう。
いや、高橋さんは自分を変えようとしているのかもしれない。自分の想いを勇気を出して伝え、その結果怖い目に遭っても、泣かず再び立ち向かえるように。
泣かずに、最後まで自分の意見を通すために。
「んっ……っ」
俺は黙ったまま、そのまま動かないようにして彼女を支えた。
しばらくすると、次第に震えが治まっていき涙も引いていく。
「……ありがとう、もう大丈夫です」
まだ瞳は潤んでいるけど、高橋さんに笑顔が戻った。
俺は抱えていた腕の力を緩める。
しかし、高橋さんは俺にしがみついたまま離れてくれない。
「高橋さん?」
いつの間にか顔がすごく近いところにあって、高橋さんは目を瞑っていた。
どうやら背伸びをしているようだ。
互いの息づかいが伝わる距離。ボディソープの香りが伝わる距離。
高橋さんの桜色の唇が、俺のすぐ近くにあった。
えっ……。高橋さんの顔が近づいて来ている。俺が動かなければ、このままキスをしそうな感じだけど……いいのか?
「西峰君……」
無意識なのか、そうじゃないのか分からない。避けた方が良いのか……? それともこのままの方がいい?
俺は目を瞑った。唇の先に、息づかいを感じた。もう少しで、唇と唇が触れる。
——その時。
キンコンカンコン……。
授業開始のチャイムが聞こえた。
「あっ!?」
小さな悲鳴を上げ、目を見開く高橋さん。
「ご、ごめんなさい……私今……何を……?」
自分が取った行動を理解したようで、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
俺たちはどちらからともなく離れる。
「ね、高橋さん、少し座って話そうか?」
今すぐ戻れば、先生が教室に来るまでに間に合うかもしれない。
でも、耳の先まで真っ赤になって恥ずかしがっている高橋さんにはすぐに無理そうな気がする。
もしかして、雪野さんの『戻ってこなくて良いよ』はここまで読んでいたのか?
まさかね。
俺たちは、壁際に肩を並べて座った。
「は、はい……でも西峰君、授業いいの?」
「俺は全然。高橋さんの隣にいられるなら」
そういうと、顔がさらに赤くなっていく高橋さん。
「もうっ、そんなこと言って。いろんな人に言ったらダメですよ。勘違いしちゃいます」
恥ずかしそうにしながらも、声には満更じゃないような感じ。
でも、勘違いって何だろうか。
そんなことより、さっきの高橋さんの行動が問題だ。
たまたまチャイムで中断したけど、あのまま続けてたらキスしていたような?
「えっと、それで、さっき……高橋さん……俺にキスしようとした?」
「あ、あのそのあの——」
もう言葉が出てこないくらい動揺している様子。そして顔から湯気が出そうなほど赤い。
それでも、高橋さんは気持ちを語ってくれた。
「そ、その……したくなっちゃいました……」
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