── 揚津浜、塔間 ──

キャンプの前に

 目指す先は、王都のほぼ真南に位置する都市、滝ヶ原たきがわら

 だけど、少し遠回りをして向かうことになった。


 真っ直ぐ南に進めれば早いけど、深い山があって難所も多く、道が崩れたままって情報もあったので、避ける事にした。

 西へ迂回するのが早くて安全ってことなので、西の海岸へと向かう。

 

 六足歩行の装甲機ステッパーなら、多少の難所でも、たとえ道が無くても走破できるって、ユメさんとカズハちゃんが口をそろえて断言したけど、わざわざ危険を冒す必要もない。

 それに、輸送の仕事が滞って困っているって話だったので、遠回りすることにした。

 

 この世界にも馬や馬車はあるけど、旅をしようって人はかなり珍しい。

 都市間の輸送は軍が受け持ち、大型機動装甲車──通称、大型機甲車ワゴンに便乗させることがほとんど。

 その護衛に小型機甲車ジープが付いたり、ストレージの会得者が同乗していれば、運べる量が増えるので喜ばれるけど、そもそも都市間の移動自体があまりない。

 だから、商人や賞金稼ぎバウンティハンターが副業で輸送を請け負ったりする。


 馬車は積載量が増えるだけで、一日で移動できる距離は、旅慣れた歩行者とほぼ変わらないらしい。

 機甲車も、舗装された道路なんてものがないだけに、あまり速度が出せず、馬車よりも若干早い程度にとどまる。

 装甲機ステッパーにしても、悪路の走破性能は高いものの、安全な旅を一番に考えてあるので、普段はあまり速度を出さない。

 

 そのおかげで……と言っていいのか分からないけど、機内は全く揺れず、壁に映された外の映像が無ければ、本当に移動しているのかすら分からないほど。

 更に言えば、行き先を指定すればトラブルがない限り勝手に進んでくれるので、運転手すら要らず、全員が眠っていても目的地に到着する。

 だけど、このまま街中を練り歩くわけにもいかないし、騒ぎになっても困るので、かなり手前で降りて、海が見える都市、揚津浜あがつはまへと入ることにした。

 

 揚津浜あがつはまは、外壁と水濠で守りを固めてあるものの、かなり規模が小さい都市だった。

 それもそのはず、ここに住んでいるのは二千五百人程度。

 この世界では、外敵からの備えが整っている生活圏を都市と呼んでいるので、これがたとえ千人以下でも都市って呼ばれるらしい。


 賞金稼ぎ組合バウンティハンターギルドに荷物を届け、割安の組合ギルド料金で補給物資を調達する。

 さらに、ここでも新たな荷物を受け取った。

 チームの活動実績がないから、あまり重要な荷物は任されないけど、それでも結構な量がある。

 ……全部ストレージに放り込むから、少しぐらい量が多くても関係ないけど。

 

 海が近いなら海産物が……って期待したけど、漁に出られないから、そんなものはなかった。

 観光をする場所もないし、どうせなら野営車キャンパーを試してみたいってこともあって、すぐに揚津浜あがつはまを出る。

 


 

 旅の一日目となれば、高揚感で疲れも感じない……ってことはあるかも知れないけど、実際のところ、全く疲れてなかった。

 私や、旅には慣れているって言ってたゴウやトキヤはともかく、あまり旅には縁がなさそうな、カズハちゃんやユメさんもまだまだ元気だった。

 サエさんなんて、機内ではメイド姿になって、使用人のお仕事モードになっている。


「日も落ちてきたし、今日はここで休もっか」

 

 ユメさんは、道から少し離れた場所にいい感じの小さな空き地を見つけ、そこで装甲機ステッパーを停止させた。

 

「じゃあ、ひぃちゃんに野営車キャンパー、出してもらおっか」

「………………?」


 ひぃちゃんって誰? ……って、みんなが首を傾げる中、ユメさんの視線が私に突き刺さった。


「えっ? 私?」

「ヒトエちゃんより、ひぃちゃんのほうが言いやすいからね。それにコレも、簡単だけど、試せる時に試しておいたほうがいいでしょ?」

「……そうね。でも、失敗したら、ごめんね」

「あはは、大丈夫だから。じゃあ、ストレージから取り出して……」

 

 言われるがまま、手のひらの上にキューブを乗せて、小さく呟く。

 

野営車キャンパー起動開始セットアップ

「野営車に対する起動命令を受諾。準備を開始します……」


 意思さえこもっていれば、言葉は適当でもいいらしい。

 キューブが独りでに宙を舞い、装甲機ステッパーの後方へと飛んでいく。

 ほんの数秒後の、再び声が聞こえてきた。

 

「設置が完了しました。いつでもご使用になれます」

「本当に簡単ね。私、なんにもしてないけど。……ねえ、カズハちゃん」

「どうしたのですか?」

「この子に、名前ってないの?」

「この子って、制御装置のことです?」

「うん。やっぱり一緒に旅をする仲間なんだから、なにか名前があったほうが親しみやすいかなって」

「うふふ……、ヒトエお姉ちゃんって、意外と子供っぽい所があるのですね」


 うっ、子供っぽいって……

 ユメさんだったら、少しは気持ちが分かってくれるはず。そう思って、視線を向けるけど……


「うん、いいと思うよ。そうやって可愛がってあげたら、この子たちも喜ぶと思うよ」


 なんだか、温かい表情で微笑まれてしまった。




 私は、携帯食料をペースト状にして……


「調味料は半分♪ 調味料は半分♪」


 そう唱えながら味を調え、三種類のペーストをスライスしたパンに塗り、ネギやチーズなどをトッピングして、オーブンにセットする。

 焼き上がるまでの間に、先に人参や大根を出汁で軽く茹で、そこへジャガイモのペーストを入れると、ひと煮立ちさせてスープにする。

 そんな料理中も、制御装置の名前を考えていた。

 そのせいなのか、あやうく、スパイスやらチーズ、果ては美味しそうな料理の名前が浮かんできたけど、さすがにそれは可哀想だと自重した。


「ヒトエさま、今から就寝場所を決めるそうですので、みなさんの元へどうぞ。あとは、わたくしがご用意いたしますので」

「寝る場所なんて、私、どこでもいいんだけどな……」


 とはいえ、料理もほとんど出来上ったし、あとは本職の人の任せよう。

 料理をしていて思ったんだけど、作るより片付ける方が大変だった。

 油汚れだけでも苦戦してたのに、万が一焦げ付かせてしまったらと思うと恐ろしい。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 サエさんに見送られ、左部屋──進行方向を向いて左側にある部屋に入ると、なんだかみんな、真剣な表情で壁を見つめていた。

 そこに表示されていたのは、装甲野営車モビルビートルの見取り図。

 トイレにでも行ったのか、ユメさんの姿が見当たらない。


「どうしたの? 何か問題でも?」

「まあ、ちょっとね……」


 トキヤも困ったような表情を浮かべている。


「えっ? 本当に何か問題が?」


 なんだか言いにくそうにしながら、ゴウが答える。


「寝る場所をどうするかって話なんだがな……」

「まさか……だけど、場所の取り合い?」

「取り合いじゃねぇけど……。俺たち、男だろ? 簡単に出入りできる近い場所に男が寝てるって、やっぱ気にすんじゃねぇのかなって。俺たちは別に気にしねぇけど、気にされてるって思ったら、こっちが落ち着かねぇからな」

「ん? 私なら、全然気にしないわよ?」


 どれだけ油断してても、絶対に負けないし。

 そもそも、そんな心配が必要な相手だったらチームなんて組まないし、この二人が王様の命令を無視して私たちに危害を加えるだなんて、とても考えられない。

 それに……


「サエさんはゴウの妹だし、ユメさんの機嫌を損ねたら武器やコレが使えなくなるわよね。お姫様に何かあったら王様に首を刎ねられるでしょうし、神様の私に手を出したら間違いなく天罰が下るわよ。なのに……何か心配なこと、ある?」

「あのなぁ……、それを聞いたら、余計に心配になるって……」

「俺たち、外にテントでも張ったほうがよさそうだな……」


 私たちを襲ってもロクなことはないから、そんな心配はしてないよって、教えてあげたつもりだったのに、なんでそうなるの?

 危険な野外に出て行かれたら、そっちのほうが心配になる。


「やあ、お待たせ」


 白衣を着た技師モードのユメさんが、大きなスパナを担いで戻ってきた。

 なんだか、すごくいい表情を浮かべている。


「喜べ諸君。皆の不安は、これで解消されるであろう」


 なんだか、ノリノリだ。


「というわけでだ、男性たちには、装甲機ステッパーで寝てもらうことにするよ」


 そう言ってユメさんは、仕事をやり終えた大人の表情を浮かべ、ニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る