神様なのに、全然思い通りにいかない。

かみきほりと

──

── 王都 ──

私、神様なんですけど……

 三千人の精鋭が、目の前で壊滅した。

 たった一体の怪物によってだ。

 だが、こちらもただ一方的にやられたわけではない。

 数多くの犠牲を払ったが、奴を行動不能にまで追い込んだ。


「残ったのは……百人もいないな」

「悪運が強ぇのか、俺たち……生き残っちまったな。時也ときや、平気か?」

「ああ、見ての通りだ。日頃の行いのおかげだな」

「言ってろ……」


 涼しい顔で答える時也とは対照的に、ごうは悔しさに顔を歪めていた。

 大型地竜エルミキャニオンの動きを止めたのだから、褒賞ものの戦果なのだが、もし再び動き出して王都へ乗り込まれたら、戦果や褒賞どころか、全てが吹っ飛ぶ。


「神よ、我らを守り給え……」


 どこからともなく、祈りの声が聞こえてきた。

 豪は言葉を吐き捨てる。


「こんな時代に、神なんてもんがマジにいるって思ってんのか? この荒廃した世界をよく見ろ。神は俺たちに何してくれた? 影鬼シャドラの襲撃も神の試練ってか?」

「豪、冷静になれって。神を罵ったところで状況が好転するわけでもないだろ?」

「そりゃ、そうだけどよぉ。じゃあ、時也。テメェは神を信じてんのか?」

「あいにく、会ったこともない神にすがるほど、俺も呑気じゃないさ」


 だから時也は、念弾銃ジェムファイアーを整備する。


「こんなバケモンだらけの世界なんて、滅んじまえ」


 もちろん、豪の言葉は、ただの軽口だったのだが……


 グォォオォオォォ…………

 不気味な咆哮が響き渡る。


「ほら、お前が変なこと言うから、奴が目覚めた」

「それ、俺のせいか?」


 まだ動ける八十七名が、慌ただしく隊列を整える。

 彼らにできる事はただ一つ。

 大型地竜エルミキャニオンの眼前で盾となり、残った力を全て叩き込むだけだ。


念弾銃ジェムファイアー用意。制限解除フルパワーよーし。残弾全てに氷槍擲弾アイスグレネードを込めーろ」


 隊長代理の代理あたりだろうか。

 豪と時也は、見覚えの無い指揮官の指示に従い、銃に意識を集中させる。

 銃の側面にある属性表示ジェムマークが青に染まり、雪の結晶の印が浮かび上がる。


「二列斉射、かまーえ」


 号令で、前列は中腰に、後列は立ったまま念弾銃ジェムファイアーを構える。


「てー!」


 引き金を絞ると、明らかに銃身よりも長い氷の槍が撃ち出され、幾筋もの輝きが、大型機甲車よりも大きな身体へと向かっていく。


「次弾装填、かまーえ」


 すかさず、次の攻撃指示が出る。


 着弾場所から、四方八方に氷柱が伸び、巨体内部にもダメージを与える。

 その結果を無視して、指揮官の号令が飛ぶ。


「てー!」


 トラップを使い切り、機甲車を失った状況では、残弾が無くなるまでこれを続けるしかない。

 だが、明らかに戦力が足りない。この程度では、足止めすら厳しいだろう。

 絶望感が漂う中、更なる絶望が襲い掛かる。

 咆哮と同時に地響きを上げ、巨大な塊が動き始めた。


「怯むな。各自全力射撃で対応せよ」


 同時に着弾させれば相乗効果が期待できるのだが、それを捨て、残弾を余すことなく使いきれという命令だ。

 つまりそれは、万策尽きたという合図だった。




 豪は盛大に舌打ちする。

 いくらポケットをまさぐっても、予備の弾倉は出てこない。

 横の仲間がふらついたのが見え、とっさに手を出して支える。

 力を使い過ぎたのだろう。顔から血の気が引き、意識も虚ろなようだ。

 男は頭を振って、自力で立ち上がる。


「済まない。せめてあと一発……」

「悪いが、弾が残ってたら譲ってくんねぇか。使い切っちまった」


 予備の弾倉を受け取り、礼を言うと、自分の銃にセットして、念弾ジェムに力を注ぎ込む。


 その間にも、弾を使い切った仲間たちが次々と手を止めていく。

 もう限界は近い。

 まだ剣が残っているが、それでどうにかなる相手ではない。


「障壁展開、急げ!」


 指揮官の悲壮な声が響き渡った。

 展開が間に合わないと覚ったのだろう。

 大型地竜エルミキャニオンの胸が大きく膨らんでいる。これは、ブレスの前動作だ。


 時也が一歩前へ出る。

 属性表示ジェムマークは緑に風流の印。

 こんなこともあろうかと、心の準備をしていたのだ。

 運が良ければ、自分ひとりの犠牲で済むかも知れない。それこそ、大量の運を必死にかき集めれば……だが。

 そんな事を考えながら、時也は念弾銃ジェムファイアーを構える。


 その射線を小さな背中が遮った。

 女性か子供だろうか……などと思う間もなく、大型地竜エルミキャニオンが砂塵のブレスを放つ。

 誰かが、またもや神に祈る。

 それを聞き、豪が……


「だから、神なんて居ねぇって」


 そう悪態を吐きながら、念弾銃ジェムファイアーを構える。


絶対防御フルプロテクション!」


 割り込んできた少女の声だろう。

 一瞬にして、広範囲に防御壁が展開され、凶悪なブレスを完璧に遮った。

 額に服の袖を当て、浮かんでもいない汗を拭う仕草をしながら、少女はふぅ……と息を吹き出して振り返る。


「私、神様なんですけど……」


 フードが外れ、艶やかな黒髪をなびかせながら、命の恩人はそう呟いた。

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