3話 グリーンランドは、あっち! 1
「グリーンランドは、アッチよ!
早く、行っちゃいなさい!」
早く、第一目的地に到着して。
自分の偉大さを、説明したくて、たまらないアリサの言葉を。
琴誇は、右から左に聞き流す。
「はい、急いで行きますね」
どうすれば、自分の言葉を、証明できるのか。
琴誇に、伝える方法を考えている、三十分間は、おとなしかった。
だが、アリサも、狭い車内に揺られて、気づいたのだろう。
乗車するとき、ボストンバッグほどの大きさの荷物を、トランク内に放りなげ。
後部座席に乗る自分が、何も持っていないコトに。
後部座席で、できることは。
身に付けている、家紋入りのアクセサリーを、見せることだけだ。
琴誇は、前方から目を、はなそうとしないため。
見せることすらできない。
見せたところで。
家紋の意味すら分からないから、無駄だ。
わざと聞き流す琴誇に。
アリサは、なんとかして、自分の存在を口先だけで、伝えられないかと。
同じ問答が、繰り返され。
そして、長い時間を使い、行き着いた結論は。
「グリーンランドに、到着してから、ちゃんと説明する」だった。
間違っていないが、アリサは、気づかないのだろう。
これが、タクシーマジックである。
後部座席で。
ただ、ただ、うるさいだけの、迷惑な客に成り下がっていた。
どんな偉人も、礼儀・常識・気品を失えば、ただの人である。
琴誇の中で、アリサが、ただの同世代の女友達になる日も、近いだろう。
「グリーンランドは、ね。
森の中に作られた町で、肉料理が、おいしいのよ」
アリサの言葉は、話した先から、車内にある翻訳機で、日本語へ変換されている。
日本語翻訳された、町の名前が、グリーンランドなのだ。
説明されなくても、大体、察しがつく。
それで、肉料理が美味しいとくれば。
どれだけ森が広がっているのか、想像できるというものだ。
「森で、何がとれるのですか?」
「いろいろ、とれるけど。
あの町は、食糧問題解決のために、肉食を推進したからね。
森を切り開いたあと、畑よりも、牧場の比率を増やしたの。
メインは、ヌーブラね」
琴誇の思考は、最後に出てきた、生物らしき名前に停止する。
チラリと翻訳機を見れば、青い光は、シッカリと点灯している。
翻訳機の故障ではない。
そのまま視線をあげれば。
ナビィは、本を椅子のかわりにして、胸を両手で隠した。
琴誇が目線で、どういうことだと訴えたのを。
ナビィは、ワザと勘違いしたらしく、顔を赤く染めていた。
「別に、盛っていないですよ?」
「そういうことじゃ、ないんだけどなぁ…」
日本語で、ヌーブラとは。
女性が、ブラジャー内側に詰め込む、シリコンの夢である。
グリーンランドの主食である肉は。
シリコンの盛り乳と、アリサは、言ったのだ。
「僕、間違ってないよね? イントネーションも、同じだし…」
「純粋に動物の名前が、そうなんじゃ、ないんですか?」
琴誇は、口にすることに、ためらいを感じたが。
会話を進めなければ、真相は闇の中だ。
「アリサさん。それは、なんですか?」
「様よ」
「アリサ様、それは、なんですか?」
「ヌーブラのことも、知らないの?
ヌーブラは、良いわよぉ。
大きく盛った姿と言ったら、誰もが羨むわ。
グリーンランドのヌーブラ牧場はね、圧巻よ!」
ヌーブラ牧場という単語で。
琴誇の頭の中に、シリコンのヌーブラが。
小屋の中に投げ込まれている光景が、広がった。
琴誇は、視線を再度、ナビィに向けると。
ナビィは、驚いた顔を隠さず、アリサを見ていた。
衝撃的なのは、彼女も一緒のようだ。
「ナビィは、アリサ様をどう思う?」
「アリサは、天然物だと思う」
「なによ、ソレ。褒めているの?」
「大丈夫です、褒めています」
ある一部分のみを、という言葉は、窓の外を転がっていく。
琴誇は、腹筋に力をこめ、奥歯を強く噛み。
吹き出しそうな、笑いをこらえ。
そうとも知らず、アリサは、気分を良くしたのか。
ヌーブラについて、さらに語りだす。
ヌーブラとは、グリーンランドに生息している草食動物で。
畑ではなく、ヌーブラ牧場を増やしたのは。
都合良く、森の木の葉や、自生している草を、食料としてくれるからだ。
放牧しているだけで、数が増え。
乳や肉が取れる。
体も丈夫で、非情に育てやすく、性格も温厚なため。
人に、なつきやすく、力もあるため、荷馬車としても働いてくれる。
まさに、グリーンランドを支える動物だ。
「つまり、牛ってことですか?」
「う~ん、と。ナビィ、今度は、僕が言うね」
「なんですか?」
「ここ、異世界だから」
ナビィは、琴誇の言葉に、目をパチクリさせ。
目から鱗と言わんばかりに、言葉を返す。
「…そっかぁ」
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