異世界交通 ファンタジータクシー 青の章

chickenσ(チキンシグマ)

一章 異世界交通始動

第1話 いきなり始まる賃走 1



 車窓を流れる、木、草、茶色の地面。

 草原の向こうには地平線が見え、遮るモノが何もない、抜けた景色。


 舗装されていない道を、土ぼこりを立て。

 子砂利を背後に弾きとばす、黒塗りの車。


 座席から前後が突き出た、昔ながらのフォルム。

 子供に、車を書いてくれと言えば、この形だろう。


 山道のような、自然いっぱいの道筋を。

 車のエンジン音と、ともに、車体が上下するたび。

 ギイギイと、鳴り響くサスペンションが、悲鳴をあげていた。


 車内には、ドライバー席で冷や汗を流す。

 Yシャツにネクタイ、紺色の長ズボンを着た青年。


 後ろの座席には。

 衣服を見るだけで、良い生まれだとわかる、女性が鎮座している。


 青年は、ドライバー席に座っていなければ、学生と間違われてしまう。


 つやつやの肌に、まだ堅くない、 産毛と見間違うほど、薄いヒゲのそり跡。


 中途半端に伸びている黒髪が、幼い印象を強くさせ。

 中性的な顔立ちも、それを助長していた。


 後ろの座席に乗る女性もまた。

 青年の存在感を、より一層、引き立てているのだろう。


 パッと見れば、二十代に見える女性は。

 ハッキリとした顔に、完璧なナチュラルメイクをもって。

 大人の女性を演出しているのだから。


 動きの、一つ一つに品があり。

 人としての格の違いを、見せつけられているようだ。


「運転手さん。あと、どれぐらいで着くのかしら?」

「少々、お待ちください」


 青年の目線は正面から、左斜めに落ち。

 車内備え付けの、カーナビゲーションを見れば。


 ダッシュボード上で、足を下ろす形で座る、小さな人影が。

 つまらなそうに座っていた。


 手のひらサイズ三等親、かわいい少女が、顔をあげ、抱えていた本を開く。


 青年は、カチリと、無線機代わりに搭載されている、翻訳機の入力を落とした。


「ナビィ。あと、目的地まで、どれぐらい、かかるの?」


 肩に、かからないほどの青い髪の持ち主は。

 ダッシュボードに立ち、白い服が、はなつ清潔感にのせ、口を開いた。


「この世界に、何時間っていう、概念あるんです?」


「え? ちょっとまって。ないの!?」


「少なからず、私の本には、載っていませんねぇ」


「本って…、さぁ」


 青年が、チラリと、のぞきこんだ厚い本の表紙には。

 金色の文字で「地図データ」と書き込まれていた。


 さらに、胸をえぐる文字が、青年の目から脳へ絶望を広げた。


 こんなところで、日本を意識させる文字に、出会うとは思っていなかった。

 青年の、そんな気持ちを、何もできない絶望感が上回る。


「え、SDカード……」


「万能、記憶媒体です!」


「使える機械が、あれば、ね」


「ちなみに、マイクロ32Gです。音楽に換算すると…」


「うん。どうでもいいし、そもそも音楽を、ダウンロード、できないし」


「運転手さん、楽しそうで、よろしいですね。

 私の質問にも、答えてほしいわ」


 青年は、慌てて、翻訳機の入力スイッチを入れ直し、青年は答える。


 出力は、相手が話した言葉を、日本語に変換し。

 入力は、こちらが話す言葉を、異世界語に変換する。


 入力・出力には別々にスイッチが付いており。

 親切設計と言えば、聞こえが良いが。


 最初から、この世界の言葉を、理解できるように、してくれなかった。

 神の遊び心と言うなのイタズラに、ため息しか出てこない。


「あ、はい、すみません。ナビィ。じゃあ、あと何キロか教えて」

 ナビィは、ペラペラと本をめくり、再度、青年に問いかけた。


「ココから、北大陸中部。

 青龍国、王都ブルーキング正門まで、ですよね?」


「ソレを聞くと、ココが、異世界なんだなって、実感するよ…」


「今、南から北に抜ける街道を、まっすぐ走っていますので…」


「うん、あと、何キロ?」


「直線距離で言ったら、400ですねぇ~」


 メートルではない。

 キロである。


「……は?」


 ナビィが、怪訝な顔を、本の間からのぞかせ。

 青年の顔に、深いため息を吐き出した。


「400キロですよ。距離も、わからないんですか?」


「いや、もう、よくわからない。本当に良くわからないよ」


「やっと、乗ってくれたお客さんだからって、ハシャギすぎましたねぇ」


「死活問題だよ。切実に」


「長距離だって言われて、うかれているからですよ」


「今日、食べるものすら、買えないところだったんだから。

 車に乗ってくれた気持ちが強すぎて、ソレどころじゃなかったよ」


「何でも良いですけど。

 タクシーメーター料金、うんぬんの話じゃ、なくなってますから。

 気をつけてくださいね」


「運転初心者に、なんてハードな」



「ガスはもったとしても、片道切符です。

 その距離のメーター料金を、はたして、お客様は払ってくれるかどうか。

 もっと言えば、舗装されていない道を。

 この、オンボロクラウンが走りきれるか、が、最大の問題ですね」


「そこに、僕が、初心者ドライバーだ、って言う要素を付け加えてよ」


 ナビィは、本をたたみ、青年を見上げて、顔を左にかしげた。

 暫くの沈黙の後。

 ナビィは、青年が、もっとも聞きたくない日本語を、口からこぼす。


「そっかぁ…」

「え? ちょっとまってよ。忘れてたの?」

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