第17話 アイ

『実くん、あ、り、がと……』


 俺の膝の上に横たわっている黒髪をおかっぱにした女の人が優しそうな口調でそういう。


 近くにいるというのに、何故か遠くにいるかのようにぼやけていて顔が見えない。


 ……というか、まずこの人苦しそうだ!大丈夫か聞こう!


『あ、い……?』


 俺は面食らった。自分の考えとは全く別のことを口走っていたからだ。


『も、う、だめみた、い……』


 女の人はさらに優しそうな口調になってそういう。


 へ?まさかこの人、死━━



『アイーー!!!!!』


 俺の口はまたもや勝手にこう叫んでいた。


 へ?アイって誰?俺はこの人のことを知っているのか?


『本当に━━』


 あれ、誰か後ろに……


       ◻︎▪︎◻︎


「情けないなァ!」

「……!!」

「どうしたァ!坊ちゃん!!」

「せい、ちょうっ!」


 熱い頬や、めまいのする視界に映った妖、黒板に叩きつけられた感覚しかない後頭部が俺を現実へと引き戻す。


 なにぼーっとしてんだ、こんな時に!


 しっかりしろ!俺!


 そんな理性は裏腹に、謎の感情が俺をおおいつくす。


 何故か、悔しかった。


 ただ、ただ、悔しかった。


 何がかは分からない。でも、完全に他人でであろう「アイ」が苦しんでいるだけではらわたが煮えくり返りそうになった。


「情けないなァ!情けないなァ!」


 成長が繰り返しながら、俺をぶち続ける。


 痛い。苦しい。


 でも、「あの人」を守らなければ。


 自分でも意味のわからないこんな想いに見舞われながら、、俺はまたもや無意識的にいっていた。


「この上に、いかなる姫や、おはすらん、おだまき流す、白糸の滝」


 その瞬間、成長は吹っ飛んだ。それこそ、今いる黒板から教室の一番後ろくらいまで。


 その後、成長は、足がなくなり、胴がなくなり、腕がなくなり、そして━━消えた。


成長は、胴がなくなったあたりから異変に気付いたのか、ポカンとしていた。


俺の顔も、側から見たらポカンとしているように見えるだろう。


 いつもとは比べものにならないくらいの、兄上……いや、生田目さん顔負けの祓術が俺から発されて、六大妖を祓ってしまったのだから。


 いつもの俺だったら飛び上がって喜ぶところだが、先程の記憶━━いや、「アイ」が妙に気になってそれどころではなかった。


 アイって誰?


 もっともっと知りたい。


「実くん。六大妖というのは?」


 突然、教室の前の戸から声がしたと思うと、生田目さんがいた。こんな時でも淡々としている。


「いや、倒しちゃって……。」

「……誰が?」

「俺が、です……。学校ぬけだしてきてくれましたよね?すみません……!」


 そう。俺が公衆電話で生田目家へとかけた時に出たのは弁才天様だったのだ。


 弁才天様が「そういうことなら愛ちゃんを学校から押収するしかないね。」といった時は、時が時だから仕方ないと思ってた。


 だが、もう妖がいない今、俺はただの嘘つきだ。生田目さんにとんでもない迷惑をかけた。


 このことと、俺が倒したという信じられない事実の両方に押しつぶされ、嘘をついてる時特有の罪悪感に溺れる。


 生田目さんは信じないだろうな。


 当の俺だって信じれないんだもん。


 申し訳ないな。本当に。


 そんな思いに押しつぶされそうな俺に優しい言葉をかけてくれたのは━━生田目さんだった。


「実くん、ありがとう。」


 アイと同じ話し方で。

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