セツナノトキニ ~Fリーガーと歩むプロサッカー選手への道~

チャーハン@サッカー小説書いてる

中学編(2024/04/07:42話完結)

第1話 私がプロを目指したくなったきっかけの巻

 夢は憧れから始まるものである。

 そして、憧れがいつ来るかは誰にもわからない。


「今日の天気をお伝えします。本日関東圏は以下の様な気温となっております。午後からは雨模様の天候となる見込みです――」


 寒空の日々が続く小学五年の冬休み。私、霧原接那きりはらせつなは暖房で足を温めつつテレビを眺めていた。お父さんとお母さんが買い物に出かけているため、一人きりだ。


「どうやって時間を潰そうかなぁ……ふぁぁ」


 欠伸をしながら番組を付けると、お父さんが好んでみる番組が表示される。

 高校サッカー選手権だ。お父さんに毎回見て欲しいとお願いされるため見ることはあるものの、ルールに関してはオフサイドぐらいしか分からなかった。


「折角だしみてみようかなぁ」


 ただ、この日の私は特に何をやるとは決めていなかったので、見てみようと思った。リビングの椅子に腰かけていると、チームが紹介されていく。


 対戦カードは宇良高校うらこうこう群永高校ぐんえいこうこうだった。


 赤黒のユニフォームを着ている宇良高校は有望株の選手達が数多く在籍しているらしい。特に司令塔の異名を持つボランチ板山俊樹いたやまとしきや長身SBの入江進いりえすすむは注目株のようだ。


 それに対し白色のユニフォームを着ている群永高校は突出した選手はいないが、リトリートによる組織的カウンターサッカーを重視していた。その為、技術のある選手よりも背丈の高い選手や体力のある選手が多く採用されていた。


 笛が吹かれると両校の試合が始まる。先手を取ったのは前評判通り宇良高校だった。前半20分、ボランチの板山がドリブルで相手のボランチ1枚を引き付けてから足技で躱す。その動きに連動して右ウイングの19番がオフサイドラインを確認しつつペナルティエリアへと侵入する。


 19番をフリーにしてシュートを打たせるのは危険だと判断した群永守備陣は19番のいる位置に視線を送っていた。そのチャンスを、板山は見逃さなかった。ふわりと柔らかいロブパスを相手の頭上を越える様に放ったのだ。シュートかニアパスを予想していた群永守備陣は反応出来ず、前線に上がっていた入江からヘディングを放たれ得点を奪われた。

  

 その直後、宇良高校応援団による応援歌の勢いが増す。総勢200名にも及ぶ演奏と声出しはスタジアム内を宇良高校ムードに引き込んでいく。その環境に、群永高校選手達は精神・体力共に疲弊していく。


 試合展開はその後も変わらず宇良高校ペースとなった。群永高校は必死に培ってきたリトリートによる守備的戦術を敷き、シュートを身体で防ぎつづける。膠着状態の中、後半20分。群永高校の監督が険しい表情を見せる中、選手が2人投入された。


 背番号20番の選手と、背番号27の選手だ。その中でも背番号27の選手は身長が交代した選手よりもかなり低く、顔もあんまりぱっとしないのが第一印象だった。

 きっと試合はこのまま赤色のチームが勝つ。そう思っていた。


 後半25分。試合は大きく動くことになる。先程交代した背番号20番の選手が板山からボールを奪ったのだ。中盤で奪われたことにより、宇良の守備陣は4人だけだ。


 チャンスは今、この時間しかないと群永高校の選手達は誰もが思っていた。20番の選手は他のメンバーが上がってくるのを待たずに27番の選手へとパスを渡す。


 1対4。本来ならば味方を待ち冷静に仕掛けていった方が良い場面だ。味方を待ち数的優位を作れば得点率は高くなる。しかし、この局面で27番の選手は無謀な単独ドリブルを決行したのである。格上の強豪校に行うのは無謀すぎるとこの場面を見ていた誰もが感じていた。そんな状況を、27番は衝撃的な結果で打ち壊した。


 身長差のある5番と対峙した際、彼は相手の重心が右足によっていることを見抜き、左に行くと見せかけてから瞬時に右へ躱した。俊敏な動きをする27番に躱された12番は目を一瞬見開いた後、後を追いかける。


 次に待ち構えていた3番に対しては、背中を当てると同時に重心をかけてマルセイユルーレットで躱した。小柄な男が抜いていく姿を見た群永高校ベンチに座る選手達は立ち上がり、「行け――!」という大きな声を出す。


 3人目のDFを躱しペナルティエリアに侵入していくと、最後の1人が立ちはだかる。その人物は、左SBからCBの位置まで来ていた入江だった。


 入江はシュートコースを切りつつ体の大きさを活かしボールを奪おうとする。それに対し、27番は足裏でボールを後ろに引きながらゴールから下がっていく。入江の狙いは味方が戻り数的優位を作り出すことだった。この時点で、目論見は上手く行っていた。


 しかし、入江が想定していなかったプレーが直後起きた。

 一瞬だけ視界を切った27番が目の前から消えたのだ。

 入江の脳裏に、最悪な光景が浮かぶと同時に彼は後ろを振り返る。


 視界に入ったのは、シュート体勢に入った27番だった。今なら、ファールを犯せば止められる。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。しかし、彼は手を出さなかった。

 

 試合中に生まれた一瞬の迷い。

 それが彼らの明暗を分けた。


 ボールがゴールに吸い込まれると同時に、大歓声なテレビから聞こえてきた。

 27番は笑いながらボールを持って自陣に戻っていく。他人から見れば、アマチュアが試合で獲得した1得点としか思われないだろう。


 他の人から見ればただの記録でしかないことも、その人からしたら人生を変えるきっかけにもなる。どこかで聞いた言葉を私は思い出しながら席から立ち上がった。


「決めた……! 私、サッカー選手を目指そう!!!」

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