トイラ

『他のお客に迷惑だろう?』

 地面に転がった伍長とブオゴに掛けられた少佐の言葉に、二人は体を起こしながらも、

「けっ…!」

「フン……!」

 と顔を逸らしました。

 まったくもう……

 けれど少佐はそんな二人のこともそれ以上叱責することもなく、

「いらっしゃいませ」

 と、森の陰からこちらを窺っていた人影に笑顔で声を掛けたんです。それに続いて私も、

「ラレアト、どうしたの?」

 そう、そこにいたのはラレアトでした。

 だけど、今日の分のナヌヘは食べてしまったのに、どうしたのでしょうか?

 するとラレアトは、相堂しょうどう伍長とブオゴの方を少し気にしながらも私の方へと駆け寄ってきてホッとしたのかようやく笑顔になって、

「トイラ、アゲル…♡」

 言いながら植物の束を差し出しました。

 それは、<トイラ>と呼ばれる、地球の<フキ>に似た植物でした。独特の苦味があってラレアト達はあまり食べないのですが、逆に私達にはちょうど良い食材の一つですね。というのも、ここの植物には私達地球人では消化できない成分が含まれているものが多く食用には適さないんですが、先ほどのナヌヘやこのトイラにはそれがほとんど含まれないことで、私達にとっては貴重な食材になるんです。

 私達がトイラを食べることを知っていて、ナヌヘのお礼として採ってきてくれたのでしょう。

「ありがとう♡」

 こうやってやがて物々交換が始まるのでしょうね。というのを改めて感じながら、私はトイラを受け取りました。

 その時、日が暮れ始めていることに気付きます。

 今からならラレアトが仲間が住む集落に戻るまでギリギリ間に合うとは思うものの、少し心配にもなります。

 すると、そんな私に、

「ビアンカ、店は私がいるからラレアトを送ってあげなさい」

 と声が掛けられました。少佐でした。

 交代の時間はまだ先でしたが、少佐がこうおっしゃるのですから、

「ラレアト、おうちまで送ってあげる」

 私は別れを惜しむように見上げていたラレアトにそう提案したのでした。

「ヤッタ♡」

 本当に嬉しそうに笑顔になる彼女を見て、私も胸がキュンとなります。

 で、興が削がれたのか、ブオゴも、

「カエル……」

 と言いながら立ち上がり、ズカズカと大股で歩いて、ラレアトが帰るのとは別の方向に消えていきます。獣人達は、基本的にはそれぞれ種族ごとに集落を築いて暮らしているからです。

 価値観や生活習慣が違うことに加えて歴史的背景というものもあってのことのようですが、それについてはまた機会があれば触れることにしましょう。


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