第20話 不安
「ミレル、話してくれますか?」
「ニコエル様、分かりました」
ミレルさんは私とリリを交互に見るが、リリがティラミスを食べている姿に笑みを浮かべ、最終的に私だけに視線を落ち着けた。
「ミミ。今回みたいにレシピを狙われたことはあった?あっ、お店の開店日に来たアモスはカウントしないでね」
「アモス??」
「ふふ。覚えてないなら大丈夫よ」
「フレデリク」
「??・・・あぁぁぁぁ、あの人か!!」
ティラミスを食べながらも話を聞いていたリリの一言で思い出した。
お店の開店日にニコエルさんが気に入ったシュークリームとマカロンを占拠したいがために、お店を渡せと脅してきた貴族だ。
フレデリクの恋敵だ。
「アモスって人を除外するなら、過去に
レシピを渡せと言ってきたのは1人だけですね」
「1人?たった、1人なんですか?」
ニコエルさんは驚いていたが、ミレルさんは然程驚いてなかった。
「ニコエル様。真っ当な商人、料理人なら分かっているのです。レシピを手に入れたところでどうにもならないと」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「分かるんです。シュークリームにもマカロンにも砂糖が使われていると」
「さ、砂糖が!?」
ニコエルさんが驚くまで、私さえも忘れていた。
この世界で砂糖はドラゴンの宝であり、ドラゴンが守っている。
だからこそ市場には出回らず、普段の料理にも使われないし、スウィーツが生まれたのも私達が発祥となっていた。
「フルーツでは出せないあの甘さ、ミミとリリがドラゴンのいる山に行っているという話、其れ等から砂糖が使われていると容易に想像ができるんです。余程の馬鹿でなければですが・・・」
「なるほど・・・。ドラゴンの宝である砂糖をミミちゃんとリリちゃんは手に入れることができる。それはドラゴンとも対峙できる力を持っているということなのね」
「その通りです。初めてこの王都に来た時、冒険者ギルドの天井を魔法で壊したと聞いた段階で確信しましたよ」
「いや〜、はははは」
子供だけど、我ながら大人気ないことをしたと照れ隠しする。
すると、いつの間にか席を外していたリリが紅茶を淹れて戻ってきた。
全員に紅茶を配ると、リリは再びティラミスを食べ始める。
「それで、レシピを欲しがった1人は誰なの?」
「前にいた国、マルヴィン王国のアダミャンです」
「あ、アダミャンとは、エルマイナ女王の実の弟であられるアダミャン様ですか?」
「そうです。そのアダミャンです」
ニコエルさんは信じられないといった顔をしたが、少し考える仕草をした後、直ぐに正反対の表情になった。
「あの噂は本当だったのかもしれませんね。だから、私との婚約話が出た際も、エルマイナ女王様自ら愚弟が勝手に話を持ち出したら断ってくれと、お願いに来たのかもしれませんわね」
「愚弟とは・・・、また何とも辛辣な」
「はっ、いいえ。私ではないんですのよ。エルマイナ女王様が言っていたのですからね」
ニコエル様は顔を赤くして必死に否定する。
話を聞くと、ニコエル様とエルマイナ女王はプライベートで文を交わすほど懇意な関係であり、愚弟であるアダミャンとは絶対に結婚させないと話していたそうだ。
正しいとはいえ、実の弟を愚弟と言い、他国との悪くない婚姻話を自ら拒否するということは、エルマイナ女王がニコエル様を余程可愛がっているのだろう。
「話を戻すけど、今回の冒険者を使った襲撃の首謀者はアダミャンだと思う?」
「間違いないと思います。これまでレシピに固執していたのはアダミャンだけですし、それに、私とリリを追放したのも彼です」
「アダミャンが!?追放というか、営業許可が取り消されたとは妹のミライから聞いてはいたが・・・」
「許しがたい人物ですわね。分かりました。後はこちらで調査します。もちろん、襲撃した冒険者達も尋問します」
ニコエルさんはそう言うと立ち上がり、瞬時に凛々しく、王女と呼ぶに相応しい顔つきに変わった。
この件はニコエルさんに任せた方がよさそうだな。
ただ、私には気になる事が一つあった。
ニコエルさんを見送った後、商業ギルドに戻ろうとするミレルさんを呼び止めた。
今は見送りをさた後のため、私達は店の直ぐ外にいる。
ニコエルさんが乗った馬車と護衛の騎士達が並走している姿を見ながら、私はミレルさんに気になっていたことを聞く。
「冒険者が襲撃して来た時、商品運搬の護衛を頼んだ事があると言ってましたよね?」
「そうよ。まさか、あそこまで腐った連中だとは思わなかったけど。前は違ったんだけどな」
「前は違ったって、それは?」
「うん。冒険者だからね、多少荒くれてはいたけど、依頼に関してはきちんと熟していたのよ」
ミレルさんは憂いげな表情を浮かべた。
少なくとも、以前は冒険者として依頼を疎かにせず対応していた。
ミレルさんも信用して依頼をしていたにも関わらず、今回のようなことになれば当然かもしれない。
同時に、私の気になっていたことが、一気に不安へと変わった。
「私とリリは、匿名で寄付をしてますよね?そのお金で物資が満足に届かない村へ運搬してもらっている」
「ええ、そうね」
「基本は匿名なんですが、一度だけある村に行ったことがあって。それから、村で知り合った女の子から手紙が来ていたんです。少し前まで・・・」
「え?」
全てを話さずとも、ミレルさんは私が何を言いたいか分かったようだった。
「直ぐに確認するわ」
そう言って走り出したミレルさんの背中をみなが、私は何事もないことを祈った。
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