東火節の四週目 《ひび割れ》の月


東火節ガータクスカ・の四週目ヴァンクィヴァム 《ひび割れジェーデン》の月



 《犬の町》近郊には滅びた都市ケㇸラにはお馴染みの嘆きの神殿テムナイ・ドゥルミールがあった。私はひとまずそこで宿を恵んでもらった。このあたりには野犬が多く、木陰にはゴドゥレコ(土の精。蔦が絡まったような姿。木陰に潜み、近くにいる者を根っこや蔦で絡めとる)の罠を見かけたし、さらに水辺にはウーヴェラーライエなる水の精(三つの山椒魚の頭と二本の蛇の尾と一本の鳥の脚を持ち、旅人の荷物を奪う)がいると聞くので、屋根のある場所の方が安全だろう。


 青い衣をまとった神官たちディヴァーリヨはきつい訛りのある言葉を話していたので、私の欠けた東方訛りアルゴㇽサはおろか、基準語グロサーラ・シュリーアでの会話にさえ苦労した。《色の神殿》は全国的に管理が行き届いていないというが、これだけ訛っていては神が彼らのことばを聴くかどうか……。



 ある程度正しい言葉の分かる神官長ディヴェセルヤと私は、本堂で《青の神》ドㇽマに挨拶を行った。私の故郷では割れた青い陶器の胸像で表されることが多い《青の神》は、割れた青ガラスでできていた。壁際には神官たち一人一人の偶像が飾られ、祭壇上の最も古い偶像は銀化し、窓から射す弱い光によって虹色の輝きを放っていた。ここは火山の噴火によってメーヴに沈んだ古い神殿を掘り起こしたものなのだそうだ。

 祭壇のそばには日々生まれ落ちる大小の悲しみについて語られる《嘆きの書》が置かれ、やはり青いインクで認められていた。ここの嘆きの神殿テムナイ・ドゥルミールでは死んだ野犬の血からドゥルムの顔料を作るらしい。翡翠ガヤルのように緑がかった美しいインクだが、その秘技について尋ねるとはぐらかされてしまった。この旅の帰りに少し手に入れることができないか交渉しようと思う。



 この夜、寝床を与えられたもののすぐに寝付けなかった私は風に当たるため神殿を出た。

 夜空では《サーミビアアルーン=の弓座サーミヴィル》の星雲が輝いていた。この土地はだいぶ南にあるので、《双頭ヴェレンシュ=竜座ダクㇸロイ》のもう一方の頭や《マンドラゴラ座ジェロスカ》も見ることができた。

 私の故郷では今は羽根魚節ヅィカルスコ、つまり羽根魚ヅィカールがアズレトの森から産卵と冬眠のために遥か北西のスヴィニ湖まで飛ぶ季節だ。空から降ってくる鱗で耳飾りや首飾りを作るのがロルグニの子どもの遊びだった。この時期は鈍い銅色に輝く羽根魚たちヅィカーレリオのエラが風を受けて鳴る音が昼夜を問わず響き、梟山猫たちグヮネジオが彼らを根絶やしにしてしまわないよう、しっかり閉じこめておかねばならなかった。



 結局、私はそのまま外で寝入ってしまい、目覚めた時には腐れチーズプァリンチャが私の胸の上で卵を産んでいた。

 標高が高いため、夜明けには美しい朝日に赤く染められた大地と海を臨むことができた。

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