転生してきた勇者の悪霊が俺に憑りついて最強にするとか言ってくるんですが、俺は強くなりたくない ~勇者による大魔王育成計画~
TANI
第1話
息が止まる。紅蓮の炎に合わせて炸裂音が響く。
その衝撃を不可視の障壁で避けるが、全身を覆う障壁ごと吹き飛ばされた。野営していたテントの支柱にぶつかり、天幕が業火に飲まれていく。
「くぅっ!」
ルリア・ロクスウェル・マルクトは走馬灯というものを初めて体験した。
ルリアとして、いや、貴族令嬢に転生する前の姫島琉璃としての生涯も含め、記憶が濁流のように流れていく。
陰キャでオタクでぼっちだった前世の記憶。ネット小説が好きで、異世界転生後の人生で使うために、無駄な知識を集めていた頃。実際、転生した後は、いろいろ役に立ったが、この状況を覆せるような現代日本の知識は無い。
更に背後から迫る気配――追撃の魔術だろう。
反応するが、
(どうしたら――)
この状況を変えられるか?
現代日本から持ってきた知識で逆転できないなら、転生した後のチートスキルで、どうにかできるか? と思考が高速で回転する。
神を名乗る謎の声から授かったチートスキルは、自他を含めた育成強化の
だが、この状況を覆すことはできない。
曰く、導の聖女――
曰く、施しの勇者――
助けを乞う人々を救い、魔王を退治するよう頼まれた。その過程で知り合った者たちをルリアは
九人の弟子たちは九人の勇者となり、ルリアを含めて
これで、皆の顔を笑顔にできると思った。
ダメ人間だった自分がこの世界に来た意味があったと思えた。
「ルリアお姉様!! お逃げくださいっ!!」
爆炎の向こうで妹の声が響く。誰よりも大切な家族。これまで一緒に戦ってきた勇者の一人。サフィラの泣き叫ぶ声にルリアの目頭が熱くなる。
「そんなこと、できるわけありませんわっ!!」
ルリアは叫ぶ。妹に。そして、自分たちを陥れた者たちに――
「どうしてこんなことをなさるのです!?」
返答の代わりに、噴煙を貫き何かが飛来してきた。まずいと思い、
槍だ。
聖槍がルリアの胸に突き刺さり、そのまま地面に縫い留めた。激痛と驚きにルリアの顔が歪む。
「マシュマー……様……」
槍を投げ撃ったであろう弟子の名前を口にした。声に怒りは無い。困惑と悲しみがあるだけだ。
認めるしかない。
自分は信頼する弟子たちに――
ともに魔王を倒した仲間たちに――
八人の勇者たちに――
――裏切られたのだ。
「動くな!!」
槍を抜こうと柄をつかむルリアへ怒声が発せられた。
噴煙が風に流され、視界が開ける。
そこでは、縛られ、地面に這いつくばるように転がされたサフィラと、その首に剣を突き付ける黒髪の青年の姿があった。
「クロノ様……」
黒髪の騎士クロノは、乱雑にサフィラを押さえつけつつも、鋭い視線をルリアへと向けていた。サフィラはハラハラと涙を流している。サフィラがクロノへと、ほのかな恋心を抱いていたことを、ルリアは知っている。だが、対するクロノは何の葛藤も見えない冷然とした表情でサフィラとルリアを見ていた。
自分を裏切るのは、まだ耐えられる。
だが、クロノを信じていたサフィラを裏切るなど、あまりに残酷すぎるではないか。
「どうし……」
尋ねる前に胸が熱くなり、血反吐を吐いた。ただの槍ならば引き抜き、
ルリアとサフィラが勇者であろうとも、敵も同じ勇者であり、それが八人。全て敵。
ああ、本当に見事な奇襲だと思う。
未だにルリアは混乱しているし、なぜ襲われているのかわからない。ここまで追い込まれていても、全てが悪い夢だと思っているし、思いたかった。
(ナイゼルやザシュエルの求婚を断ったからでしょうか? それともアレクトラとボウゼルの婚姻をからかったから? フィリムスにはわたくしの特訓が厳しすぎたのかしら?)
脳裏をめぐるのは、楽しかった記憶ばかりだ。
学園で親交を結び、互いに切磋琢磨しあい、皆は一様に自分を好いてくれた。
常に仲間たちの中心にルリアはいた。
「わかりませんわ……」
瑠璃が転生し、ルリアとなる前は性格の悪い性悪令嬢だったらしい。その頃の恨みを今になって晴らされているのだろうか?
だとしたら、ネット小説で言うところの悪役令嬢として、真っ当な終わり方なのだろう。
「やり直した……はず……ですのに……」
光り輝く剣を持った金髪の美男子が近づいてきた。美しさは時に暴力的だとさえ思う。見た者の心を容赦なく打ち据え、奪うのだから。
聖剣の勇者であるシュナイザーは、巧緻な作り物のように整った顔になんの表情も浮かべていない。美しい剣を持つにふさわしい貴公子は、静かな殺意を携えながらルリアを見据えていた。
いかに聖女であるルリアとはいえ、聖剣の傷をすぐに治すことはできないだろう。
「シュ……ナイザー……」
ルリアが憧れた王子様。
王家の血を引く落し子で、眉目秀麗で頭脳明晰な金髪碧眼の美男子。こんな状況でも、その顔を美しいと思ってしまう。
好きだった、と思う。
だが、もともと自分は陰キャだし、気持ち悪がられたくはないから、適度な距離を置いた。素直になれず、軽口を叩いて逃げたりした。だが、それでも、シュナイザーはいつでもルリアに笑いかけてくれた。その優しさが自分にだけ向けられたモノだと考えたのは、やはり思い上がりだったのだろうか?
「助け……て……」
ルリアは泣きながらシュナイザーへと手を伸ばす。
シュナイザーは、その端正な顔をゆがませ、聖剣を構えた。
「どうし……て……?」
熱い、と思った瞬間、首が刎ね飛ばされたのだと知った。
視界の先で、クロノも剣を振り上げ、サフィラの首を落とそうとしている。
(やめてぇぇぇっ!!)
もはや赤く染まっていく世界では、叫び声すらあげられない。
衝撃。
ルリアの頭が地面に転がる。
サフィラの首も落ちる。
視界が黒く染まっていく。
シュナイザーが足をあげて自分の頭を踏み砕こうとするのが見えた。
(許さない……)
衝撃と共に骨が砕ける音を聞いた。
(絶対に貴様らだけば許さないっ!!)
赤黒い感情を無慈悲な闇が覆っていく。
その瞬間、導きの聖女ルリア・ロクスウェル・マルクトの人生は終わりを告げた。
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