第30話 教皇の親書

 あのグレースの標的とされていることを知り、教会は震撼した。


 暗部からの報告を受け、教皇はすぐにグレースに親書を送った。できる限り協力するので、要望を聞かせて欲しいという内容だ。


 教皇とグレースの会談が実現したのは、親書がグレースに届いた二週間後だった。


 場所はテンタクル山の麓の古い修道院だった。グレースが教皇を呼び付けたのである。


 アンタッチャブルには教皇も従うしかない。教皇は老齢をおして、テンタクル山まで三日かけて到着した。


 修道院は教皇というよりも、シルバが訪問するということで大わらわとなった。シスターたちの妖精が震えあがったのである。


 修道院はピカピカに磨かれ、万全の受け入れ体制を整えた。


 会見の部屋は院長室を改造した貴賓室だった。この日のために、教会は苦しい財政をやりくりし、調度品を整えたのであった。


 教皇はグレースの入室を立ち上がって出迎えた。最上級の敬意である。教皇とグレースは同時に着席し、早速会談を始めた。


「リッチモンド卿、教会としてお手伝い出来ることは何でしょうか」


 開口一番、教皇はグレースの要望を議題にした。


「教皇様、わざわざお越し頂き、ありがとうございます。では、遠慮なく申し上げますね」


 グレースからの要求は、以下の二点だ。


 一つ目は、先代リッチモンド公爵夫妻、すなわち、グレースの両親の暗殺に関わった教会関与者のリストの提示と身柄の引き渡しだ。


 二つ目は、各教会の責任者を妖精契約のあるシスターにすげ替えることだ。


 教会側も一点目は予想していたが、二点目は全くの予想外だった。


 教皇が要求に対して、側近たちと協議したいということで、一旦退出した。


 グレースはその間にシルバから重要な情報を入手した。


(教皇はかなりのお爺さまね。ここまで来てもらったのは可哀想だったかしら)


『健康のためにも、たまにはいいだろうよ。ところで、この修道院の妖精に聞いたんだが、教皇も間接的な関与者だぞ。知っていて黙認していたらしい。あと、教皇の後ろにいたペトロ枢機卿は、中心的役割を担っていたらしい』


(陛下はお母さまの弟だから、お父さまの仕打ちについては我慢したけど、教皇は別ね。どうしようかしら)


 グレースが教皇の処罰を考えていたとき、教皇たちが戻ってきた。


 教皇が腰を下ろして、会談を再開した。側近たちは先ほどと同じ位置に控えている。


「ご両親の暗殺に教会が関わっていた点につきましては、陳謝いたします。誠に申し訳ございませんでした。関与者はすでに洗い出しており、身柄の引き渡しも準備しております。二点目のシスターを教会の責任者にするご要件については、どういった理由かお聞かせいただけますでしょうか」


「教会の財政の立て直しのためですわ。王家の財政の立て直しが成功したことはご存知ですか」


「はい、聞いております」


「方法についてはご存知ですか」


「聞いております。そちらの妖精様から不正禁止の命をお出しいただけるのでしょうか」


「はい、容易いことです」


「ありがとうございます。二点目は教会にとってはありがたいことですが、卿にはどのようなメリットがあるのでしょうか」


「教会の財政を立て直すことで、今回のような事件を未然に防げるというのが表向きの理由ですが、関与者リストから漏れたものがいないかどうかの確認ができる、というメリットがございます」


 教会を意のままに動かせるようになる、という特大メリットがあることは黙っておく。


「なるほど。漏れなくリストアップしていると報告を受けておりますが、万一漏れていた場合にはご容赦ください」


「漏れの程度にもよります。例えば、教皇様の後ろのペトロ枢機卿がリストになかったりした場合には、失礼ですが、教会には調査能力なしとみなし、教会の男性全員を処罰対象にします。女性は妖精に聞いて、処罰を決めます」


 ペトロ枢機卿が弁明しようとしたが、教皇が止めた。


「ご指摘ありがとうございます。関与者リストについては、別の角度からも見直しをしてからご提示するようにします。一点確認させてください。関与者リストですが、知っていて黙認したものも対象とした方が良いでしょうか。例えば、私自身も知っておりましたが、止めませんでした」


「ええ、犯罪を見て見ぬふりをするのも犯罪です。教皇様ご自身もリストに掲載をお願いします」


「かしこまりました。ペトロを連行しなさい。モーリス枢機卿、リストアップの再作成を急いで下さい」


 この後、事務レベルでの協議を王都で続けることを双方で約束した。グレースはエカテリーナとローズに任せるつもりでいた。


 トップ会談は終了した。


 会談の終了後、グレースが立ち去ろうとすると、別件で話があると教皇から引き止められた。


「卿に聖女になって頂きたいのです」


 グレースは速攻で断ろうとしたが、教皇がグレースにもメリットがあるという。


「聖女になれば、神々と会話する機会を得られます。妖精と夫婦になる方法が分かるやもしれません。もちろん、分からないかもしれませんが」


『おいおい、適当なこと言うなよ。爺さん』


 グレースは思いっきり食いついた。


「やります! 是非ともやります! 教皇様、今のでチャラです。教皇様は関与者から除外します。全っ部許しちゃいます!」


『おい、グレース!』


「ほっほっほ、これは有難いことです。では、追ってご連絡いたします」


 教皇たちに見送られて、グレースは退室したが、その瞳は希望に満ち溢れていた。

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