第10話 下山
エカテリーナとローズは帰って行った。
二人は肉まんの入っているセイロをじっと見ていたが、お生憎様、もうないわよ。
私は結局、考えておく、と言っただけに留めた。
エカテリーナはリッチモンド家が兄を殺した男の手でいいようにされることに我慢が出来ないようだ。それは私も同じだ。両親の仇も討ちたい。
だが、今のシルバとの楽しい生活を終わらせたくない。
「ねえ、シルバ、私はどうしたらいい?」
『好きなように生きればいいさ。俺はいつも側にいるよ』
私はこの元恋人の心を持った子猫の優しさに感謝して、思わず抱きあげて頬ずりをした。
『グレース、気になるなら、やってみるといい。ここにはいつでも戻って来られるよ』
「そうね、気になって仕方ないわ。ここで暮らすにしても、気持ちの整理がつかないと、楽しさ半減よね」
私は山を降りる決心をした。
だが、いざ出発するとなると、なかなか去り難い。この山荘にはシルバとの想い出が詰まっているし、先ほどのセイロのように、作り上げた調理器具も多い。
私が名残惜しく山荘を眺めていると、シルバがとんでもない提案をして来た。
『なあ、そんなにこの家が好きなら、持って行くか?』
「え? どういうこと?」
『妖精界に置いておけば、どこにいても取り出せるぞ』
「そんなことが出来るの?」
『おう。せっかく作った調理器具なんかはそうしようと思っていたんだが、家は別にいいかな、と思ってたんだがな』
確かに家を出すとなると場所も必要だし、一瞬で家が現れたら驚かれちゃうわね。
「家はここに置いていきましょう」
『だよな。あと、妖精界を通れば、リッチモンド邸まですぐだぞ』
私はシルバが何を言っているのかすぐには理解出来なかった。
「どういう意味?」
『妖精陣が描かれているところは妖精界と繋がっているんだ。妖精界は精神世界だから、思い描いたところには直ぐに行けるんだ。妖精界にちょっと入ってみるか?』
「え? 私、入れるの?」
『ああ、今なら入れる』
「何かの条件があるのね。うん、入ってみる」
シルバは危険なことはしないはずだ。私は完全にシルバを信頼している。
『では、目を閉じて』
私はシルバを腕に抱いて、目を閉じた。
「ようこそ妖精界へ」
あ、シルバの声が耳に入って来た。念話ではなく肉声だ。
「シルバ、あなた!?」
私の前には猫ではなく、人間の姿のシルバがいた。
なんて格好いい人なの……
シルバは超イケメンの爽やかなお兄さまだった。
「おっ、グレースの好みだったかな? これが俺の人型精神体さ。猫にもなれるけど、どっちがいい?」
「人型……」
私は消え入るような声で答えた。
「あっはっは、そうか、じゃあ人型でいよう」
ダメ、何だか恥ずかしくて、まともにシルバの顔を見られないよ。
「人間が妖精界に長くいると、消えてなくなってしまうからな。早めに済ませるぞ。王都の妖精陣はと……。さすがに王都だけあってたくさんあるな。よし、ここにしよう。グレース、あれ? こっちにこいよ。一緒に降りられないだろう」
私はシルバを男性として完全に意識してしまい、恥ずかしくて近寄れないでいた。だが、このままでは先に進まないので、目をつぶって、シルバの胸に身を任せた。がっしりとした男の人の胸だった。
「よし、降りるぞ」
ドキドキが止まらない私と、案外冷静に見えるシルバは、輝く光に包まれた。
光が消えると、私は子猫のシルバを抱いて、王都のどこかの神殿の妖精陣の上に立っていた。
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