第五十一話 わたしが関わった全ての人が④
「遅いぞ、ラリー……」
カタリナが嬉しそうに呟く。視線の先には弓を携えたラリーが居た。
「あっ、ら……ラリー隊長!」
カラス達はラリーにも矛先を向けるが、今度は一本の剣が空中でカラスを両断した。
「ハーイ! ヒロインは遅れてくるものよ!」
「ファーリンも……ははっ、皆さんもいる」
相変わらず自信満々のポーズを取っているファーリン。頼もしすぎる!
二人が上空のカラスを落とし、他の隊員達が落ちたカラスにとどめを刺していた。
「リア、貴女の先輩はグレートな人ばかりね。アイスバーグのサーガさん、私達みたいな組織を立ち上げてたのよ」
「そうだ。彼女の設立した組織は
「やる事無くなっちゃったから、レクチャーだけしてサプラーイズで黙って帰ってきたらこの騒ぎよ! リア、だから気合い入れなさい!」
サーガ先輩! そうか……他国でもわたし達と同じ活動が始まるのね。
吐き気と眩暈の中、カタリナを見ると涙を流していた。それを見てわたしは微笑む。
脂汗と涙を流しながら微笑む。
「カタリナ……嬉しいね。皆が助けてくれる。皆が応援してくれる」
「あぁ、あぁ、こんなに……こんなに嬉しいことはない」
騎士団の皆さんがわたし達を護るように駆け寄ってきた。皆が微笑みかけてくれる。ウインクをしてくれる。がんばったね、と褒めてくれる。
まだ泣くなリア! まだ油断するな、ガンバレわたし!
「さぁ、リアを支援するわよー! オールメンバー、全力でファイトー」
「ファーリン……言葉遣い……」
「あ、コイツ、
「ラリー、トップシークレットを秒でバラすな! それも、幸せ絶頂の女の前でー!」
あら、ファーリンが珍しくカタリナを睨みつけているわよ。カタリナ少し焦ってる。イケメンのニールにしなだれかかっているんだから言い訳出来ないしね。
「いや、これは……」
「はははっ、勢揃いとは嬉しいものだな。それではお前ら全員を私の死の軍勢の配下に入れてやろう。オリオール伯の小娘に閃光騎士団を差し向けるのは考えるだけで愉快になる」
カタリナの言い訳を遮る邪悪な表情の修道女。ラリーが睨みながら隊員に向けて叫ぶ。
「全員、リアの支援を急げ。術式用意!」
隊員達が術式を行使し始める。しかし唱えようとした者から倒れてしまう。
「何で? 術式が……あぁ」
「頭の中で術式を唱えられ……ない……」
「どうした!」
「あははははは!」
突然、修道女が勝ち誇った顔で笑い出した。それにしても気に触る笑い声。
「お前ら如きが私の前で拙い術式など披露できると思うな! 勝手に術式を改変した小娘め共々――」
偉そうに、値踏みする感じでわたし達を睨みつけてる。睨まれるだけで更に気持ち悪くなる。口の中は胃液や生唾でいっぱい。それをゴクっと思わず飲み込む。
うひゃあ、気持ち悪ーい。
でもダメよリア、まだ気絶するな、術式を諦めるな!
「――死霊の中で朽ち果てるが良い!」
その瞬間、ラリーの矢が修道女の眉間に突き刺さった、かに見えたがわたしの『風の城砦』に守られていた。
「ははは、便利なものだ。私を殺せると思ったか?」
「そうね。ノープロブレムよ」
右腕を振り上げるファーリン。既に腰に剣は無かったが右手にも持っていない。ニヤッと微笑んでから右手を振り下ろすと修道女の左肩に上空から落ちてきた剣が深く刺さった。
流石ファーリン!
しかし、修道女は少し驚いた顔で刺さった剣を見つめるだけだった。ニヤリと笑うと一気に抜き捨てた。
「よもやこれで私が死ぬと思ったのか? 見くびるな!」
「そんな……不死身なの?」
「脆弱なゾンビとは違う不死の身体だ。ははは、小娘ども……第二幕の開演だ! さぁ壁が無くなればこの街は壊滅だぞ、足掻け足掻け、あははははっ」
楽しそうに笑う邪悪な修道女。
その背後には蠢く無数のゾンビ達。既に数千か数万か、無限に墓地から吐き出されていく。
「さぁ、破滅までもう少しだ。術式で私に対抗しようなどと自惚れも甚だしい!」
ダメだ……立っていられない。
苦しみながら片膝をつく。
眩暈がする……視界が黒くなる……だ、ダメだ、ダメだ……このままじゃあ街が死んでしまう。でも、術式だけは……何があっても術式は止めな……い。
突然の強い眩暈に両膝と両手を地面についてしまう。
ダメ……術式だけは……。
◆◆
リアが両手、両膝をついて倒れ込むのを見た団員は一斉に修道女に視線を向けた。
カタリナは拳に力を込める。
殆ど力の入らない拳をもう一度握り締める。
体内魔導制御、一秒、いや半秒でもいい! 頼む、耐えてくれ、私の身体!
ラリーは弓をもう一度引き絞る。
全力で引く。そこに魔力を込める。
やったことは無い……だが風の城壁を一枚、一枚だけで良い。貫く。私の一撃で終わらせる!
ファーリンは倒れている他の隊員の剣を拾ってから片膝をつく。
もう一度、いや何度でも。私は副隊長だろっ! 私は主役だろっ! 世界一のヒロインだろっ! 何度でもアイツに剣を突き立てる!
倒れた隊員達も無理矢理に起き上がる。
私達だって閃光騎士団の一員よ! もう一度術式を、術式がダメなら魔導で、魔導も無理なら石を投げてでも、アイツを止めるために戦え!
まだ戦意が失われていないことに苛立ちを覚え一人一人をゆっくり睨みつける悪意の塊。しかし全員が睨み返してくる始末に更に苛立つ。
「無駄なことを! 諦めの悪い阿婆擦れ共などに……(全能の天主、近しい天使、あなたのあとを、ただ信じてついて行けば、あなたの愛で我々は救われるでしょう)」
恫喝の中、祈りの言葉が微かに聞こえた。その瞬間、修道女の顔は慈愛に満ちた修道女パトリシアの眼差しに戻っていた。
「私に告げてください。何故、暴虐の嵐は私達を踏みつけていったのか(止めろ、五月蝿い!)」
邪悪な者はパトリシアの中から出られないのか
「何故、想い人の髪や爪が野辺の土に還るのか。何故、大事な想い人は灰となり
悪意と苛立ちに塗れた声が微かに響くとパトリシアの顔が苦痛に歪んだ。しかし、それに耐える姿とは裏腹に、我々全員を守ろうとする強い意志が垣間見えた。
『刹那に千載一遇の機会を得たと全員が理解した。そしてパトリシアの覚悟を無駄にするなと全員が決意した』
カタリナが無理矢理に体内魔導制御を開始して目の前の風の城壁の一枚に正拳突きをする。空気の壁の一枚は煌めきながら砕け散る。その壁一枚の破壊と引き換えにカタリナは意識を失い倒れてしまう。
ゾンビ達は壊れた壁から出て倒れているカタリナに群がろうと一気に押し寄せる。が、それを他の隊員達が修道女だけを曝け出すように風の城壁を展開した。
煌めく空気の壁に囲われた花道には修道女が一人。
ラリーは矢に魔力を込めて矢を引き絞る。鈍く光る矢が修道女を狙う。
邪悪な表情に戻った修道女は、自分の目の前に盾としてゾンビを一体召喚した。
「お前らの矢になど当たるものか!」
嘲笑う修道女。刹那に遥か上空から二本の剣が落ちてきた。目の前のゾンビは両足を切断されて崩れ落ちた。
「ほら、これで当たるでしょ?」
宿敵を指揮者のように両手で指刺しファーリンが一人呟く。
修道女は崩れ落ち行くゾンビ越しにラリーへ視線を向ける。既にラリーは矢を撃ち放っていた。
諦めなのか
◇◇
パトリシアが祈りを始めると少しだけ気分が楽になった。その瞬間、胃が動き始めたのか胃液を止めどなく吐き出してしまう。
突然に訪れた静寂の世界。
地面を見つめて自分が吐く音だけが響く。多分、わたし以外の全員があの修道女をじっと見つめているんだろう。
吐くものも無くなり四つん這いのまま前を見る。
すると、修道女は大穴の空いた身体を確かめるように腕を動かしている。
パトリシア!
もう致命傷だ。いや……最初から死んでいた。
悪意の塊がパトリシアの声を奪って何か喋っている。
「……ふん、女の身体は全く脆弱だ……覚えておけ、ここにいる阿婆擦れどもは全員…――」
「――うるさーいっ! お前はわたしが倒すと言っただろーっ!」
もう我慢できない。
ただ、平和に生きていた人々をどれだけ苦しめ、どれだけ殺せば気が済むのか。
涙も涎も吐瀉物も拭かずに顔だけ向けて叫んだ。
「ミクトーラン……このリア・クリスティーナ・パーティスという名前だけを覚えておけ。お前を……お前を討ち滅ぼす騎士の名だー!」
ゆっくりと視線を向けるミクトーラン。
「私に挑む傲慢さ……リアと言ったか、小娘! 必ず地獄の辛苦を味合わせ自ら殺してくれと懇願させてやろう」
呪いの言葉を吐くと、悪意の塊のようなものが何処かに飛び去っていった。
辺りの空気から凶悪な不穏さが消えて、穏やかな表情の修道女パトリシアだけが残された。
胸に空いた穴の前で手を組み祈りの最後の一節を唱える。
「――私はあなたに祈ります。あなたの為に祈りを捧げます。私の望みは叶わずとも皆の想いの結実は確かにあるのだから……」
祈りが終わると、パトリシアはそっと目を瞑った。指先から徐々に身体が崩れ始めている。
咄嗟に右手を伸ばすが、かける言葉は見つからない。叫び出しそうになるが歯を食いしばり拳を握り締める。
皆でパトリシアを見詰める内に崩れ去ってしまった。
「最後に泣くこともできないなんて……」
涙でぐちゃぐちゃの顔を袖で拭う、が拭ったそばから涙は溢れ続ける。押し寄せる無力さと悲しみにもう一度俯いてしまう。
数秒の慟哭の後、一人呟く。
「お前なんかに……お前なんかに……負けてやるものか!」
袖の涙を吹き飛ばすように右腕を勢い良く横に振ると、刹那に二百七十四枚の壁が作り直された。
立ち上がると両手を胸に目を瞑る。パトリシアの為にただ祈りを捧げる。
パトリシアさん、貴女の信仰心は本物です!
貴女の勇気を尊敬します。
でも、この世界では貴女のような優しく強い人達から早くに人生を終えてしまう。
どれだけ無念だったか……どれだけ悲しいことか!
だから、わたしはこれからも逃げません。
だからこそ、わたしは戦い続けます。
あの男、『ミクトーラン』を討ち滅ぼす迄は!
目を開ける。
もう迷わないことにした。
もう負けてやらないことにした。
皆の方に振り向き姿勢を正す。それを見ると仲間達も、また、姿勢を正してくれた。
「浄化の儀を始める。各員、抜刀!」
決意の中での宣言。
帯剣している隊員達とニールは直立不動で剣を抜き
「総員、敬礼!」
剣を垂直に持ち
カタリナはパトリシアに向かって頭を下げている。
どうせ、既に自分は軍属では無い、という意思表示なんでしょ。
「剣、納め! 術式、『殲滅の
ゾンビの群れに振り向くと、目を瞑り右腕を伸ばし掌を前に向ける。
「浄化の儀。火の使者、炎の使者、焔の使者よ、永遠の国に浄化を、光を、希望を与えるが為、我を助けよ。風に重さを、重さは燃えよ、燃える炎は希望を、希望に殲滅を加えよ。炎よ焔よ、全てを灰にせしめん」
術式は空気より重い可燃性の気体を墓地に充満させていった。煌めく壁の中には急速に重苦しい空気の濃度が高まっていく。
準備が整うと、わたしは一人正座をして背筋を伸ばす。
「我の願いを叶え全てを灰にせしめん」
一言呟きパトリシアの崩れた身体に向かってゆっくりと腕を折り頭を地面に着けた。
座礼の最中、嗚咽が漏れそうになるが必死で堪える。
『これは神聖な儀式だ』
そのまま最後の術式を口に出す。
「
わたしには前を見ずとも何が起きているか分かる。
術式の詠唱と共に墓地の中央で大きな火花が生まれると、巨大な空間に存在する大量の可燃性の気体が轟音と共に一気に燃焼した。
二百七十四枚の空気の壁に阻まれた火炎は膨大な圧力を生んで墓石や慰霊碑を倒壊させる。生ける死霊ごとき超高温の圧力で瞬時に存在を消滅させられるでしょう。
わたしの術式『殲滅の劫火』は『風の城砦』の中に存在する命の灯火を瞬時に消し去る。その劫火は全てを焼き尽くし灰にするまでは決して消えることはない。
顔を上げ、燃え盛る炎を見詰めて一人思う。
パトリシアさん……メイアさんも……あの二人の悲劇にはアイツが関わっていた。
悪行の限りを尽くす、悪意の塊のような存在。
我々『閃光騎士団』の……いや、恐らくはわたしの宿敵。
すくっと立ち上がり膝の土を払う。
わたしは運が良い。そう思うことにしよう。
『一度目の人生』は
振り向き皆を見る。皆もこちらを見ている
大丈夫。仲間もいる。親友もいる。頼もしい同級生や先輩もいる。
だから、わたしが倒そう。
皆が幸せになれるよう、わたしが倒そう。
あの男、『ミクトーラン』はわたしが倒そう。
もし、倒せなかったとしても……仲間か親友か……そうか、恋人かも。ふふふ、例えわたしが倒れても、誰かは倒してくれるでしょう。
そうですね、お母様。
『我が娘よ。貴女は貴女が思うままに生きなさい。皆と共に苛烈な運命に打ち勝ちなさい』
はい。
わたしは微笑み皆に言う。
「帰りましょう。一緒にケーキでも食べましょう」
仲間達は全員が微笑み返してくれた。
第三章 End
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