第五十話 わたしが関わった全ての人が③

◆◆


(ここまでか……)


 魔力が切れたら二人ともゾンビの餌か、そう諦めた時、どこからともなく飛んできた数本の赤い熱線が周りのゾンビを爆発させた。


「わーっ、そこを退けー! ピーックPICK! カタリナー、何処だーっ!」


 泣きながら駆け寄るリア。右手から赤い熱線を飛ばしながら叫ぶ。


「カタリナー! お前ら邪魔だぁー! ピック、ピック、ピーック! 何処、何処にいるの、カタリナ、まだだっ! まだ諦めるなー!」

「リアか……」


 魔力が切れかけて意識を失う寸前にリアの叫びが耳に入る。


(あいつ……また……泣いているのか。全く、どうしようもない……)


「カタリナ! わたしは、わたしが関わった全ての人が不幸になることを許さない! このまま死んだら許さないぞー!」


(なんて言い草だ……あいつ……どれだけ傲慢な……我儘な……いや、我儘は私か……地獄から逃げ出して……幸せを……掴む……)


 手を握ると、ニールはまだ微かに握り返してくれた。


(まだチャンスはあるのか……)


「だから……だから……まだ諦めるなカタリナーっ!」


(そこまで……そこまで新米に……言われて!)


 ゾンビに囲まれたカタリナは、カッと目を見開き拳に力を込める。


「偉そうに語るな新米! 誰が諦めただとっ!」


 最後の魔力、全て攻撃に回す。体内魔導制御を開始、リミットは二秒!



――カタリナは極秘裏にワイマール騎士団で修行し体内魔導制御を学んでいた。元々魔力も多くなく、また特筆すべき才能もなかったが、努力だけで数秒なら人外の力を出すことができた



 次の瞬間、カタリナとニールの周りのゾンビ達が一気に吹き飛んだ。



◇◇


 見えた、カタリナと騎士が一人!


「精霊達! 力を貸して、大事な二人は凍らせちゃダメよ!」


 両足を踏ん張りギュッと急ブレーキで止まるや否や大慌てで氷の弾丸を生成。空気中の水分収集、整形、凍結、回転、圧縮空気の準備を数秒で完了させる。


「弾けろ空気、飛んでいけ弾丸……」


 指鉄砲で狙いを定める。カタリナの少し横っ!


「当たれっ! A・エーP・ピーF・エフS・エスD・ディーS・エース!」


 轟音と共に弾丸を空気砲で弾き飛ばす。直撃したゾンビは凍りながら吹き飛び、破片に当たったゾンビも全てが一瞬で凍りついた。

 そして、ゾンビの氷塊に囲まれた二人は凍っていなかった。


ちゃくだん着弾いまっ! カタリナ、大丈夫?」

「お前……バケモンだな……」

「良かった……えへへ、カタリナ隊長だって、なんか最後の攻撃……ヤバい感じしましたよ!」


 無事で何より。二人にも風の護りを展開っと。


「うわっ、お前……魔力どんだけあるんだ」


 まだ怯える若い騎士に抱きかかえられたカタリナが微笑んでいる。


「やっぱり隊長は強い姿が似合いますね」

「気絶寸前の女に言うセリフか……煽てても復帰はせんぞ」

「バレたか……へへへ」


 呑気に話していると氷の弾丸を避けたパトリシアが悪意まみれの表情で呪いの視線を向けている。


「また小娘か! 二度ならず三度までも……まぁ良い。この街は死滅させてやろう。自らの力の無さを悔やむが良い!」


 死霊が閉じ込められた小山のような氷の上から降り注ぐのはトカゲやカラスと同じ悪意……。


「そうか……お前がミクトーランなのか」


 墓地から溢れ続ける死霊の群れを従えるのは修道女の皮を被った亡者。いや、修道女を盾に隠れる卑怯者の悪魔。

 そうか。今、わたしは唐突に理解した。



『コイツが我々の宿敵』



 わたしの呟きに驚くカタリナ。


「お前……その名を知っているのか?」


 宿敵に視線を向けたまま答える。


「はい。少し前に本人から聞きました。『ミクトーランとは誰か教会で聞いてみろ』と」

「……」


 言葉を失うカタリナを下がらせて一歩前に出る。


「わたしね、今日は楽しい日だなーって思ってたのよ。二人だけで会ったのってブン殴られて失神した時からまだ一回だけ。一回よっ! それで冬の観覧式もやらずに引退。寂しいったらありゃしない。そんなカタリナと久し振りに会って、お茶会して、気になったのは『噂のオシャレになったカタリナ』の横で張り合えているかだったのよ」

「リア……?」


 戸惑うカタリナを無視して思いの丈をぶちまける。

 でも、涙声になる。こんなに楽しい思い出なのに……涙が止めどなく出てくる。

 もう大泣きだ。

 ギャン泣きだ。


「そしたら噂に違わぬ美人……グスッ、び、ビックリする位に美人だったんですもの。でもね、今日は、か、カーリンが選んでくれたわたしも……んぐっ……お、お気に入りの紺色フィッシュテールの大人っぽいドレス。せ、制服じゃ、な、ないの。いえ、制服も好きだけど、こ、コレなら勝てないにしても……うぅっ……ま、負けてないよねーって……」


 楽しい一日。平和な日常。優しい世界。

 それを壊そうとするだと?


 どんどん涙が出てくる。

 構わず宿敵を指差す。

 ただ目の前の修道女へ隠れた悪意の塊に指を刺す。

 そうだよ、お前だよ!


「お前さぁ、何やってんだよ! いい加減にしろよ!」


 涙を勢いよく腕で拭く。

 ほら、もう出てこない。もう泣いてやらない。もう悲しくない。

 怒りしかない!


「わたしは本気で怒ってるんだよ! お前なんかに負けてやらない。絶対に負けてやらない。絶対に、絶対にだっ!」


 指差していた右手の拳を胸の前で握り締める。力を込めて、もう一度ビシッと指を刺す。

 宿敵を指差す。


「ミクトーラン、この世界に巣食う悪魔め。必ずわたしが……ナイアルス公国・第十期閃光騎士団・遊撃隊所属リア・クリスティーナ・パーティスが、必ずお前を打ち滅ぼす!」


 修道女もこちらを睨みつけていた。負の感情を隠そうともしない。悪意の塊をぶつけるような声で叫ぶ。


「邪魔だ、小娘。まずはこの街を死の――」

「――うっせー! バーカ、バーカ、黙ってろ!」


 それを遮る。声を聞くのもイライラする!


「死の街に――」

「バーカ、バーカ、バーーカ!」


 あっ、すっごいイライラしてる。うぷぷっ!

 喋らせてやらないぞ!


「生意気だな……パーティス家の小娘が何を……(……私を止めて……お願いします)」


 声が二重に聞こえたと思うと、唐突に表情が慈愛に満ちた修道女のそれに変わる。

 えっ、これはパトリシアさんの顔……なの?


「さぁ早くっ! 周りには誰も生きている人は居ません! 全てを焼いてください、死を振り撒く私ごと焼いてください!」


 じっとパトリシアの目を見つめる。

 自分を殺せと、自分ごと全てを終わらせろと訴える真剣な目をじっと見詰める数秒。その数秒で、この修道女の絶望と覚悟が理解できてしまった。

 その時、一瞬だけ思わず苦悶の表情を浮かべてしまった。貴女は無慈悲に焼いてくれることを望んでいるでしょう。同情など必要ないでしょう。

 それでも、わたしはあまりに悲しく思えた。胸が張り裂けそうになる。

 それを誤魔化すことができなかった!



 刹那にパトリシアの表情は安堵に変わった。

 彼女の声が聞こえた。

 確かにわたしには聞こえた。



『ありがとう。もうそれしかないの。気にしないで』


 

 分かったわ。わたしが貴女を殺します。


「術式開始。風の城砦じょうさい


 誰にも肩代わりはさせない、わたしは逃げない。

 わたしは……この世界の悪を打ち滅ぼす『鉄槌』となる!


「風の使者、壁に風を加えて、風に力を、力に清浄を、清浄に希望を、壁の中に永遠の国を、我の前に二百七十四枚の壁を、壁の外に永久の清浄を――」


 左手の指先を前に突き出してから手首を二回返す。それが新しい術式の発動動作。


「――我等に与えられよう」


 その瞬間、王宮墓地の敷地よりも広大な場所が二百七十四枚の空気の壁に囲われた。光の屈折で時折輪郭を表す不可視の城壁。

 王宮の方向に進もうとしていたゾンビ達は見えない壁に苛まれて進むことはできなくなった。


「ひ、一人で……リア……まさか……」

「貴様、勝手に術式を改編したのかー!」


 カタリナの呟きを遮る悪意に満ち溢れた叫び声。


「邪魔ばかりのじゃじゃ馬はここで死ぬが良い!」


 声に誘われるようにカラスが十匹ほど何処からともなく現れた。カラスはわたしとカタリナに向けて上空から絶え間無く死の羽を降り注ぐ。


 風の護りで三人を防ぎつつ、改良した術式と攻撃の魔導……できるか? いや、迷うな! 魔力が切れて負けちゃう前に、やるしかない!


 目を瞑り集中を始める。


「炎よ集まれ、収束しろ……! くっ、何だ、術式が……乱れる……」


 突然に空気の壁が崩れ始める。


だ。崩すのは容易い! ほれほれ、どうする、どちらが術式の造詣に深いか試してやる!」


 ど、どうして……壁が崩れる! 術式が崩される!

 き、気持ち悪い……。術式の変なトコ……意味の分かんなかった箇所から変な気持ち悪いのが入ってくる。うぐっ! 頭痛いっ! ダメ……こんなの……負けちゃうよ!


 その時、わたしは四度目の母を近くに感じた。



『大丈夫……皆の力を信じなさい』



 その時、一本の矢が上空高くにいるカラスを正確に撃ち落とした。

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