わたしが関わった全ての人が

第四十八話 わたしが関わった全ての人が①

◇◇


 突然の再会。そうか、カタリナの地元は首都ナイアリス。わたしの噂に居ても立っても居られなくなって探していたらしい。


 という訳で、二人で街のカフェにお茶しに来たわ。

 ちょっと緊張よ!


「平穏が好きなことに気付いたよ。こうした静かな生活がたまらなく嬉しい」


 穏やかなカタリナ。あの『鬼のカタリナ』が優しく微笑みながら紅茶を優雅に飲んでいる。明らかに筋肉も落ちて、身体に女らしい丸みがある。本来のカタリナは美しく優しい女性、ということなんだろう。


「カタリナ……さん、なんか優しい感じの美人になりましたね」


 ミューラー家はこの国でも有数の大貴族。一緒に在籍していた時も、『引退しろと手紙が来た』なんてよく聞いた。入団時は華奢に見えたというのも今なら信じられる。


「ふふ、ありがとう。今はそう言われるのが心底嬉しいよ」


 柔らかな雰囲気。その奥に隠された猛獣のような気配がチラつくけど、それは過去を知ってるからかな。


「ドレス、お似合いです。ピシッとした格好しか見たことなかったから、少しビックリするほど似合ってます」

「照れるからそう褒めるな。まぁ私のことを『繊細』とか言ってバカにしてたのは許してやろう」


 うわっ、ラリーめ、マジでチクリやがったのか!

 鉄拳飛んできそうよ。


「お前のドレス姿は偶に見るが、洒落てて可愛いデザインだな」

「えっ、ありがとうございます! これ、自慢の逸品なんですよ。デザイン的に若者向けですけど所々動きやすい生地を使っていて――」

「――お前も今時の女の子なんだな。ドレスの話で盛り上がるとは思わなかった……」


 ニヤニヤするカタリナ。

 ちょっと、わたしだってカタリナとオシャレ談義するなんて夢にも思わなかったわよ。でもサイコーに楽しいわ!


「そういうカタリナさん、新作のドレスをお召しになっているではないですか」

「ふふ、あらお気づきになりました? 最近見かけて一目惚れしたので購入しましたのよ」

「あら、お目が高い……なんてカタリナさんとお話しできるだなんて思ってませんでした」


 しかしカタリナと向き合って楽しくお茶会できるとは思わなかった。一年前の自分でも嘘だと思うだろう。

 ニコニコしていると、微笑み返してくれる。美人の微笑み、ナターシャとは違う攻撃力だな……。


「カタリナで良いよ。私は軍属を離れたからな。最近、皆はどうだ?」

「……はい、忙しそうです。わたしはまだ遊撃隊所属なんで本隊任務はさせて貰っていません」

「そうか……」


 今も他国で仲間達は人を焼いているのだろう。死んだことに気付いていない死者を丁重に火葬しているのだろう。わたしはカタリナと穏やかな気候の中でゆっくりとお茶をしながら微笑んでいる。

 それでも想いを巡らすと涙が出そうになる。


「ははは、お前はどうだ、任務に慣れたか? いや……ち、違うな……すまない……」


 地獄から逃れた者が地獄に残る者に、『地獄に慣れたか』と聞く。

 それはあまりに辛辣な心無い問い掛け。『生きた人を焼くのに慣れたか』、『人殺しに慣れたか』と同じ意味の問い掛け。


 それを聞いてわたしは嬉しくなる。カタリナが地獄を忘れて平和な世界に順応している証拠だ。


 こんな気の抜けたカタリナが見られるとはねー。だって泣きながら『お前に託す』とか言ってたんだよ。だから落ち込んで暗いカタリナだったらイヤだなって思ってたの。あー良かった。


「はい。慣れました……」


 ニッコリ微笑みながら答えるリア。

 んふふ、多分こっちが怒り出すよりキツイかもね。

 ほら、カタリナが動揺してる。めっずらしー!


「わ、私は……」

「気にしないでください。立場が逆なら、多分貴女も笑っていると思いますよ」


 こんな機会はもうないでしょうから、このお茶会をしっかり楽しみましょう。



◆◆◆


 和かに微笑む少女と、落涙寸前の憂のある女性。


 テラスの近くには二人を眺める男どもが複数居たが、何故か声を掛けることはできなかった。


「な、何だあの美女と美少女の二人組……」

「あぁ……だけど……凄い威圧感……なのか?」

「声が掛けられない……」


 戸惑っていると、そのうち二人は席を立ち、別々の方向に去っていった。


 新米騎士のニール・バウマンはガラスのように儚げな美女が忘れられない。


(あんな美女……忘れられるはずがない! よし! 今度見かけたら声をかけてお近づきになろう)


 気合を入れて街のパトロール任務に励む。すると、王宮関係者の墓地に先ほどの美女が一人佇んでいた。


(おおっ、想い人ではないか! これは千載一遇のチャンス、逃すようであれば男が廃る。いざ突撃っ!)


 慰霊碑の前に跪くカタリナにさりげなく近づく。


(むむっ、閃光騎士団の慰霊碑の前か。ファンの女性かな?)


 よもや『閃光騎士団』の元隊長とは気付けないのが新米騎士。ウキウキで声を掛ける。


「こんな所で女性が一人、お気をつけください。治安は我々、治安守護騎兵隊が護っていますが不届者がいないわけではありません……から……」


 祈る女性を見詰めたまま言葉を失う。

 まるで春の陽射しを纏っているかのようだ。近づくと暖かく柔らかな空気を感じる。それに身体のラインを消しすぎていないドレスが女性らしい魅力を倍増させている。


(酒場の女どものように淫らでは無いぞ。どちらかというと清楚だが……不思議な魅力に溢れている)


 カタリナはニールが墓地に入った所で気配に気付いていた。巡回の騎士なんだろうな……と考えながら祈りを続けていた。そして、『あら騎士様、今気付きましたよ』という振りをしながら立ち上がって若い騎士を品定めする。


(新米騎士か……しかし見詰めすぎだろ……まぁ不審者ではないから放っておくか)


「……警護、ご苦労様です」


 ニールは何か分からないモノに気圧されていた。

 対峙すると美しさ……というかオーラ……というか威圧感を感じる。所作に隙が無い、姿勢が乱れない、指先まで動作が綺麗だ……。儚げな印象が百八十度変わり芯の強そうな女性に見える。声も凛として歌うように、いや、命令されているように聞こえる。


(な、何にせよ、とても美しい!)


 暫し見詰め合う二人。


 ニールはカタリナの謎の魅力の虜となり微動だにできなかった。上役に女騎士が居れば、その空気感に気付けたかも知れないが、妹と酒場の女しか見たことがない二十二歳の新米には、この『雌虎が牡鹿を値踏みする気配』に気付くことはできない。本能的に身体が硬直していた。


 カタリナはカタリナで男の新米騎士と二人きりになったことが無いので何を話しかけたら良いのか分からず少し困っていた。


(なんか見詰めてくるなぁ。引き締まった筋肉は良いし顔もタイプだけど……二十歳過ぎ?)


 見つめられているので照れたフリでも、とカタリナ。


(流石に若過ぎるよなぁ。しかし私も三十一歳かぁ。こう熱烈に見詰められるのも久しぶりだな、ふふふ……って、いかんいかん)


 思わずニヤリとしてしまう。

 この微笑みがニールには薔薇の花バックで微笑む女神に見える。ぼーっと見つめてしまう。


「騎士様? どうされましたか?」


 ハッとするニール。


「! あっ、いえ、何でもありません! 貴女が魅力的過ぎたので固まっていただけです」


(おぉ、もしかして口説かれているのか私は?)


 ニコリと微笑みながら照れる仕草をしてみる。

 勿論、眼は鷹のように鋭いままだ。


「お名前は……何というのですか?」


 頑張って柔らかい声で聞いてみる。


「イエス、マム! ニール・バウマンです! 昨年に治安守護騎兵隊へ配属となりましたーっ!」


 何故か余裕無く軍隊風に答えてしまうニール。対峙する女性の奥底の何かを感じ取ってしまうのだろう。


 ここで、ふと思い出すカタリナ。

(……バウマン? あぁ、バウマン家の……四男か。ふふっ、少年の時にチラッと見たことがあるな。そろそろネタバラシといくか)


「私はカタ……」


 答え始めた所で空気が冷たく変わったことに気付いた。辺りを見回す。


「えっ? どうされました……」


 目の前の騎士は何も気付かない。


「チッ! 鈍い……」


 警戒しながら不満げに呟く。


「えっえっ? ど、どうしたのですか……」


 その時、辺りの地面が無数に盛り上がり始めた。


「まさか……クソッ! おいっ、退くぞ!」

「えっえっえっ、な、な、な……」


 狼狽える若い騎士の胸に正拳突きするカタリナ。


「総員撤退! 王宮墓地から撤退するぞ。おいっ! 聞こえたかニール新米騎士、復唱っ!」


 ハッとして素直に復唱する。


「はっ、総員二名、王宮墓地から撤退を開始します! ……って? な、何が……」

「考えるな、走れーっ!」


 既に地面から無数の手足が湧き出している。墓地の出口に向かって走る二人。


「街の住民を王宮に避難させろ! 新米、警鐘は分かるな?」

「新米、新米って……あと警鐘を勝手に鳴らしたら罪に……」

「ごちゃごちゃ五月蝿い、早く鳴らせーっ!」


 カタリナはニールを蹴りつけ警鐘のある櫓に登らせると、墓地に振り向き術式の準備に入る。


「術式『風の城壁』……まだ私でいけるか?」


 既に墓地の出口にはゾンビやスケルトンなどの生きる死霊が数十体蠢いている。

 

「風の使者、壁を四枚、風に力を、我が希望のままに城壁を与えよ。壁の中は永遠、壁の外は永久、壁の内は沈黙を与えよ」


 四枚の風の城壁で墓地の出入り口を塞ぐ。だが壊れた鉄柵の隙間から死霊が溢れ出す。


「二種類の術式……まだいけるか? 浄化の儀、炎よ焔よ、全てを灰にせしめん。我の願いを叶え全てを灰にせしめんっ!」


 火炎が鉄柵の隙間で荒れ狂いゾンビを焼き始める。燃えながら数歩だけ歩くが焼け崩れていく。

 その時、警鐘が鳴り始め、事態を把握したニールの避難を呼びかける大声も聞こえてきた。


「ゾンビの発生だーっ! 全員王宮に逃げろーっ! 応援の騎士も呼んでくれー!」

「よし、良くやった!」


 家々の扉が開き事態を認識すると大騒ぎに逃げ始めた。


「老人、子供を助けて、迅速に避難しろ! 逃げ遅れを作るなよ!」


 ニールが的確に街の住民に指示を飛ばす。


「焦る必要はない、だが急げ! こちらを見ている暇はないぞ! 後は、早く騎士を呼んでくれーっ!」

「ふふふ、あの四男坊が立派になって……私の引退も仕方ないか……」


 軽口を叩いて自らを鼓舞する。しかし目の前に迫るゾンビの群れ。火炎と城壁の隙間から溢れてくる。


「いけるか、まだ力が残っているか……ふふっ、『鬼のカタリナ』だろ! いくぞ! 風の使者、壁を、風に力を、我が希望のままに城壁を与えよ。壁の中は永遠、壁の外は永久、壁の内は沈黙を与えよ」


 空気の壁を作り直すカタリナ。

 墓地の出入り口ではなく通りそのものを七枚の空気の壁を使って道を塞ぐ


(五枚以上は自らの魔力が吸われるから……私の魔力で何分持ち堪えられる?)


 火炎も使って壁の隙間から溢れ出てくるゾンビの進撃を遅らせる。しかし壁の奥はみるみるゾンビが密集していく。壁が壊れれば数百体のゾンビが一気に溢れ出て取り返しがつかなくなる。


(ふふ、想像するだけで肝が冷えるな……。住民の避難迄はもってくれよ)


 その時に、突然、肌が泡立ち冷や汗が噴き出る。

 な、何だ……何かが……何かが来る?

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