第四十七話 笑わずにいられるか④

◇◇


 すぐに部屋に引き篭もって教本を読み込む予定だったけど、挨拶回りに思ったより時間を取られたわ。そのおかげで来賓用のベッドルームを確保できたけど……豪華過ぎよ。全然リラックスできない。

 備え付けのオシャレなツヤツヤのナイトドレスに身を包み、ソファーに座って教本を開いてみる。


「なんじゃあ……これは……」


 全く分からない。オシャレな詩がいっぱい載ってる。その後のページには意味や由来が事細かに書いてある。後は文法かな?


「えーっ? もしかして……作詞とかに近いの?」


 更にパラパラとページを捲ると今度は振り付けの仕方が載っている。と、言うことは……もしかして作詞作曲に振り付け?

 それはダメよ……そんな才能無いわ。わたし……歌やダンスは苦手なの。メラニーよりノーラに親近感が湧くわ。ノーラの個性的で謎な歌や絵や詩を創作するバイタリティには感心してたもの。


 教本をテーブルにそっと置き、ふらふらとベッドに倒れ込み、そっと目を瞑る。疲れていたのかすぐにうつらうつらし始める。

 何故か瞼の裏には五線譜に音符が飛び交い、謎なおっさんとノーラがしたり顔で詩を朗読している。暫くすると音符や文字が空中に飛び出しわたしの顔に当たり続ける。


「ぐはぁっ! 寝てた……」


 わたしは夢現ゆめうつつで何見てるの? 特殊な地獄絵図よ!

 その日は焦りからか、何度寝直しても悪夢ばかりだった。


◇◇


 とにかく術式改善の進捗が悪い。反対に部屋の掃除が捗る捗る。無駄に部屋を掃除しまくっている。

 そのおかげか、貴賓室専属のメイドさん達が戦々恐々になってて面白い。執事さんが「どんどん怯えさせて下さい」と喜んでいた。


『棚に飾ってあるグラスや皿が磨かれてるわ……』

『昨日は明らかに窓がピカピカになっていたし……』

『グロワールの公女様よね……一人旅って聞いてたのに……』

『私達の掃除じゃあ汚すぎるってことかなぁ……』


 これも修行とのこと。

 ゴメンね。わたし、前世でも試験前には家の中の掃除が全て終わっちゃうタイプだったから。



◇◇◇


 今日は気晴らし。

 大教会とは反対側にある高台で街を眺めていた。


 どうしよう……このままじゃあ何も変えられない。術式を変えるのが……こんなに大変だなんて。大見得切ってここナイアリス迄来たのに……どうしよう。


 と、街を眺めていると思いっきり背中を叩かれる。


「いたーい! 誰だ? 宣戦布告なら容赦しないぞー……って、ラリー隊長」

「お前……時々、古風で勇ましい喋り方になるって皆が言ってたけど、本当なんだな」

「あ、いや……って、何でここに?」


 第一隊は他国に遠征中のはず。しかし制服姿のラリーが確かにそこに居る。


「俺はここ首都で定例会議だよ。定例戦略会議、全く面白くも無い」

「そうなんですね……隊長は大変そう」

「そうだな。カタリナは良くやっていたよ。アイツは私より少し先に入団したんだが、当時はガリガリのヒョロヒョロだったからな」

「えっ? もやしっ子?」

「何だそりゃ? はは、パーティーの時はそりゃ人気あったぞ。大貴族の令嬢で見た目は戦闘には全く不向き。腰掛けで入団したのがありありと分かる感じだからな」

「えー。そうだったんですか……」


 ラリーは思い出し笑いなのかクスクスしながら話を続けてくれた。


「私達もすぐに退団すると思っていたよ。私は逆でな。ドレスの着方も分からなかった。パーティーに弓を担いで出向いたこともあったよ」

「すごい……(面白い。それは最早コントよ)」

「当てつけだったんだろうな。こんな無駄なことをさせるなと……」

「あぁ、そう言うことですか……」


 想像すると混沌だ。ヒョロヒョロのカタリナの横に猟師スタイルのラリー。


「懐かしいな……そこで殴り合いしたんだ」

「えっ? まさか……」

「そりゃカタリナと私だ。互いに言いたいことが言えず溜まっていたからな」

「うひゃあ。それじゃあカタリナは一発KOですか?」


 猟師がドレス美人を殴り倒す様が目に浮かぶ。しかし、ラリーは凄く楽しそう。

 えっ、オチは違うの?


「ぷっ、あはほは、そうならなかった。殴り合いは数分続いたよ。ヒョロヒョロに見えていた身体は仮初の姿だった。ドレスの下は筋肉だったんだ。トレーニングのし過ぎでガリガリだったんだ。」

「わっ、カタリナっぽい」

「あはほは、今思い出しても大笑いできる。会場をメチャメチャにして二人で大暴れだ。最後は相打ちで私だけが倒れたんだ。カタリナは雄叫びを上げていたよ。あははは!」

「ひゃーー……」


 是非その場面に居たかった。まぁ、今のイメージはどちらかと言うとそっちだけどね。


「それ以降、周りの見方も変わった。カタリナから後で聞いた。両親の期待、団員から求められる姿、それで悩んでいたらしい」

「えっ、繊細……」

「お前、辛辣だな。後で伝えておくよ」

「えっ、イヤだ。やめて下さい!」

「はは、それ以降は理想的な隊長だった。先陣を切って戦い、騎士団を良くするため裏でも動いていた」


 そういう姿もイメージ通りだ。各国の騎士団と連携を密にして、教会本部なんかにもよく出向いていた。


「俺はダメだな。裏方仕事は向いてない……」

「そうですね。確かに向いているタイプでは無いですもんね」

「面と向かって言われると腹が立つな……」

「ふふふ、気をつけますね」


 少し二人とも黙る。


「ラリー隊長……」

「何だ……」


 街並みを観ながら風に揺れる髪を掻き上げているラリー。こちらを向きもせず生返事を返す。


「感染を広げない為に……生きている人達を焼くなんて……わたし耐えられそうにありません」


 わたしの質問の意味が分からないかのように少しの間固まっていた。声をかけ直そうかと思ったが、そのまま答え始めた。


「……そうだな。皆それを悩む」

「はい。どうしたら良いか……」

「簡単だ。悩まなければ良い」

「……(脳筋めっ!)」


 呆れるしかないがラリーは街並みを眺めながら話を続けてくれた。


「少し立場を変えて考えると良い。例えば……そうだな。私は狩人をしていた」


 それは聞いていた。カタリナから聞くまで知らなかった。まぁラリーも自分のことをペラペラ喋るタイプでは無さそう。


「はい。カタリナから聞きました」

「あぁ、魔獣も狩の対象だった。家畜を食い荒らすからな」

「そうなんですか? 危険そう」


 ファイアリザードを思い出す。アイツに魔力無しで立ち向かう? あり得ない!


「魔獣も色々いるからな。基本は知性があり、身体も森の獣よりも強い。それに魔獣は頭が良い。家族や仲間を守ろうともする」

「……」

「だから子供を捕まえて囮にする」


 わたし達の矛盾と同じ。目的を達成する為に倫理的には決して誉められないことをする。


「必ず助けに来る。一族総出で破滅が待っていると分かっていても、アイツらは助けに来てしまう。私達狩人はそれをも利用する」

「……」

「子を救う為に母や父が、兄弟が私達に決死の覚悟で突撃してくる。それを返り討ちにするんだ」


 魔獣に感情移入してしまい魔獣の絶望まで想像してしまう。彼等も生きる為、家族を守る為の行動だ。


「共存はできないんですか?」


 素朴な疑問。だがラリーは即答した。


「出来るわけがない。そうだな……お前の思うを他国から強制されたら、と考えろ」

「どういうことですか?」

「管理して、増え過ぎたら殺し、減ったら保護する。どうだ? 他国からそう言われてお前は従えるか?」


 野生動物の保護活動を想像しながら話していたが、急に強制収容所の話に変わっていることに気付いた。


「そんな……無理です!」

「そうだ。そんなことを強制されたら命を賭してでも戦う。例えその先に死しか見えずとも戦いを選ぶ」

「それは人だから……」

「魔獣も同じだ。ふふふ、逆に他国の人間ではなく魔獣から同じことを言われたらどう思う? お前は大人しく魔獣に従うか? 話せば分かる、と説得するか?」

「……」

「優しいカタリナは答えは出せんと言っていたよ。リア、お前ならどうす……」

「わたしは戦う!」



 わたしが狩人の立場なら――戦う。

 わたしが魔獣の立場でも――戦う!

 勿論、他の策は考える。

 でも、大事な人達を蔑ろにはできない。

 間違っているかもしれない。

 それでも、わたしは皆の幸せの為に戦う。



「ラリーが正しいと思う。わたしは戦う」


 少しポカンとするラリー。暫くすると笑い始めた。


「……はははっ。本当に……あははははは!」


 ラリーは涙目になって爆笑している。


「えっ? 何ですか!」


 不機嫌そうに口を尖らす。


「すまんすまん。ははっ、いや、お前即答か、と思って」

「も?」

「ふふ、お前とファーリンだけだ。私のこの問いに『戦う』と即答したのは、お前ら二人だけだ。これを笑わずにいられるか! はははっ」


 笑うラリーを眺めていると『戦う』という言葉がと胸に落ちた。


 考えても分からないことはある。

 答えが直ぐに出ないこともある。

 ならば自らの信念に従ってやってみるしかない。

 悩んでる場合じゃない!


「よーしっ、術式の改良、やってやるぞー!」


 ガッツポーズをしながら叫ぶと、ラリーは更に大声で笑ってくれた。


◇◇


 貴賓室にはクシャクシャの紙が床に散らばり、食器がテーブルに山と積まれている。この部屋担当のメイドさんに食事のデリバリーを依頼し、掃除もお断りして一週間ほど引きこもり中。


 今日はいつものネグリジェ(貴族院時代から変わらず)でベッドに寝転びながら教本を読み込んでいる。


「な、何度読んでも意味分かんない。詞とメロディーとダンスが絡み合って難しいパズルみたいよ……」


 バタバタしながら睨めっこを続ける。


「パズル……パズル? パズル! そうよ、パズルっぽい……いや、違うこれは……」


 あれ? 何となく……何となく何かを理解できた気がする。詩の中の意味の分からない文節の解説を読んでみる。


「あぁ、そういう意味ね。それなら……意味が通じ……る?」


 あれっ? わたし……何かを理解した?

 ははっ、興奮して教本をめくる手が震える。


 朧げなを必死で手繰り寄せる。


「そうよね……決まってるんだよね。『加えて』で次の術式に繋げて……『与えられよう』で実行……実行?」


 解説を読む。術式を読む。それを繰り返す。

 次は現象を思い出しながら術式を頭の中で考えてみる。それを紙に書き起こして教本と見比べる。


 んー、ダメだー。頭の中がポワポワしてくる……。

 高校の時の数学やプログラミングの授業を思い出すよ、この訳わかんない感じ……って。


 あーっ! この教本って……もしかして、コンピュータのプログラミングの教科書に似てるかも!

 思い出してきたー!

 変数と繰り返し、判定、関数の呼び出し、例外処理。


「似てるっ! それだっ! いけるかもーっ!」


 この発見を誰かに共有したい!

 大発見ーだぞー。

 翌朝、今日こそは、と掃除に来たメイドさん達にお話してみる。


「あっ、私達、そう言うのムリなんで……じゃ、お掃除しますね!」


 と、部屋を追い出される。

 はい、次っ! 司教様よ!


「リア様なら成し遂げられると信じていましたよ」

「へへへっ……それでね、作詞に近いと思ってたんだけど、プログラミング……」

「あっわたくし、学術的な理解には乏しいので。では、さようなら」


 ポツンと残される。


 少しは話させてよっ! ダメかー。科学や数学はあまり発展してない世界っぽいもんね。

 よーし、一人でも、やるぞー!


◇◇


 大教会の裏手の空き地で術式を変えて唱えての三ヶ月。


 はいっ! 術式の改良に目処が立ちました!

 ってね……決してそんな一言で言えるものではなかったですけどね。

 最初は術式が発動しなくなっちゃうの。で、ムカついて色々変えたら……火炎が後ろ向きに出てきたの。真っ黒焦げになるとこだったわ。

 また他の場所を変えたらね……爆発したの。アフロヘアーになるところだったわ。


 まぁ、どれも普通なら死んでますけどね……。


 なんかさぁ……わざと複雑にしてる感じ。改良させたくないみたい。あからさまな威力っぽい文言を変えると……大体爆発するの。

 そこを全部やめて書き直したら上手く威力を調整できたの。わたしオリジナルの術式よ! サイコー!


 でも……色々分かってくると、今までの術式の変な所が沢山見えてきたの。

 なんか……威力が役に立つギリギリまで小さく作られているみたい。作った人間の悪意が見えてくる

 いえいえ、作った人のオツムがだったのよ、と無理矢理納得することにした。


◇◇


 カタリナ、わたしやったよ。

 まだまだ途中だけど、目処はついたよ。


 あなたの苦しみは、もうわたしが肩代わりする事は出来ない。それでも……少しでも、ほんの少しでも、みんなの苦しみを減らす事が出来るのかな。

 あなたの……わたし達の願いに応える事が出来るのかな。


 わたしはわたしのやり方で、『呪い』に打ち勝つよ!


「術式なんかに負っけなーいっ! わたしは負けないからーっ!」


 高台から街を見下ろし大声で叫ぶ。

 言葉に出すことで決意を固める。決意を叫び、逃げ道を無くす。

 未だに決意を言葉に出すことは怖い。

 誰かに聞かれるのはもっと怖い。


「こっちが恥ずかしくなるよ、リア」

「えーっ!」


 そして、それを、叶えてあげたいその人に聞かれるのは……只々恥ずかしい。

 そう、カタリナがいた。気づかずに大声で決意を叫んでいたら背後から背中を優しく叩かれた。最初に思ったのは『カタリナ! 見ててねー!』を叫ぶ前で良かった、だったよ。

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