第三十八話 これは神聖な儀式だ②
◇◇
人口六万人を数えるフランムの中堅都市ハインライン。首都マルハウスから程々の距離なので、まぁそれなりに栄えているわね。
しかし馬上で簡易版とはいえ正式装備だから目立つわー。おめかししてきて良かった。ファーリンもメイク、少し気合が入ってたもんね。
街を歩く人々は二人を遠巻きに眺めている。
時折、憧れの眼差しの様なものを向ける女の子もいた。『閃光騎士団』は庶民の皆様からの目にはアイドルに見えるみたい……。
「これからどうするの?」
「まぁ、任せなさい。来年からリアと新人で回るかもしれないから、覚えておくとグッ……良いわよ」
「はーい」
先生モードのファーリン、頼りになるわー。ふふ、早速変な言葉遣いも注意してくれるのね。アドバイスが生きるとこっちも嬉しくなるわ。
「リア、そろそろ馬から降りましょうか」
賑やかな通りに差し掛かったので馬から降りて徒歩で進む二人。
暫く歩くと、酒場から昼食終わりなのか柄の悪そうな酔っ払いが数名出て来た。すると、二人を見るなり
「おっ、『七日遅れ』じゃねーか? 『腰の鉈しっか振れませんー』っと。腰は振れてるか? わはは」
「はははっ、『五日遅れてやってくるー』ってやつか? 遅刻だぞ、引っ込めーっ! はははっ」
ピキッと二人で振り向き、ゆっくり剣を抜きながら睨みつける。
「ハーイ、ジェントルマン。何かご用でもありますかー?」
ファーリンが青筋を立てながら柔らかく質問すると、そそくさと逃げていった。
「全く…… どの街にもあんなヤツらは居るから。まぁ、私達がそれだけ他国でも名が売れてるってことの裏返しだけどね」
「はい。でも、ああ言う輩には気軽に声を掛けて欲しくないです」
気分悪くなるわ! 信者のリアちゃんだったら流血沙汰よっ!
よし、気を取り直して任務がんばるわ。
◇◇
暫く歩くと大きな事務所っぽい建物に隣接する馬繋場でファーリンは馬を繋ぎ始めた。
あら、ここが目的地なの?
「先ず地元の騎士団事務所に挨拶に行きます。後は案内された箇所で臨機応変に対応ね!」
「それから?」
「?」
「もしかして説明終わり?」
「そうよ!
マジかー。
「結構バッ……ドじゃなくて無茶なことも言ってくるからね。葬儀もして欲しいとか、怪我や病気を治してほしい、とかね」
うひゃー。
「あと、私達人気あるからね」
「自然な自慢……」
「じゃなくて男の人達から襲われることも少なくないから。おトイレとか一人の時は特に気を付けてね」
それはダメだろー……。
鳥肌〜、サブイボ〜、ゾゾーっとするー。
「特に酒場は気を付けて……ってまだ行かないか。ふふ、まぁ大半は庶民の方々も敬意を持って接してくれるわ。でも油断しすぎはいけないからね」
と、やっているうちに案内してくれる地方勤務の騎士達が数名出てきた。少し身構えちゃう。
「ウチの新人です。まだ慣れてないのでご迷惑をおかけするかもしれません。よろしくお願いします」
「あっ、ゆ、遊撃隊所属リア・パーティスです。よ……よろしくお願いします」
慌てて頭をぺこっと下げる。
「? あぁ、緊張してるのかな。よろしく、新人さん」
うーむ、変なこと言われたから意識しちゃう。
「じゃあ早速行きましょう」
◇◇
数名の騎士達と徒歩で移動開始。
街の皆さんが和かに挨拶してくれるから悪いイメージは持たれてないみたい。
「基本は指示された場所でご遺体を火葬するだけよ」
「……」
「こちらの治療院からお願いします」
数分歩いたところで最初の現場に到着した。
「では、段取り覚えてね。先ずは遺体を運ぶのよ」
「えっ? 皆さんで運んでおいてくれないの?」
やり取りを聞いていた騎士が申し訳なさそうにしている。
「すみません。遺体に触ると感染する可能性がありますので禁止とされており……」
マジかー。
「此方には五体の遺体が安置されています。昨日から一昨日にかけて亡くなった分になります」
「ご遺体を火葬できるような広い所はありますか?」
「は、はい。治療院の裏手に……あぁ、て、手伝いま……」
「お気になさらず。感染者を増やしたとあっては我々の
「……はい」
マジかー……。
ファーリンが小声で教えてくれる。
「ここを入れて五箇所ほど。同じ事するわよ」
「任務は厳しいのね……」
「そうよ。厳しいのよ……落とさないでね」
二人で一体ずつご遺体を運んだ。運び終わると火葬の術式が始まる。腐敗が始まっている遺体もあり、かなりキツイ。『風の護り』のお陰で腐敗臭を嗅がないで済むのだけは不幸中の幸い。
体液の染みた布を見て吐き気を
「ふにゃふにゃしてないで姿勢良くお願いね。遠くにご家族の姿も見えるわ」
ファーリンの思いの外に厳しい言葉。
少し
「さぁ、始めるわよ……」
参列者には聞こえない小声で合図してくれた。
「浄化の儀を始める。各員、抜刀!」
一人だけの隊員に向けて、と言うより遠くの参列者にも聞こえるように儀式の開始を宣言した。
訓練の通りに直立不動で剣を抜き右肩に剣を置く。これは
「敬礼!」
剣を垂直に持ち
「剣、納め! 術式、『風の城壁』準備!」
ファーリンが参列者にギリギリ聞こえるくらいの声で指示を飛ばす。
ちなみに赤熱死病で死亡した遺体を火葬する場合、通常は魔導『風の護り』と教会術式『風の城壁』と『殲滅の浄化』を使うと教わった。この二つの他に特別な場合に使う術式として『天使の仮面』、『褒賞の復活』も覚えさせられている。
まぁ、こっちは使いたくはないけど……。
「リア、術式をお願い」
ファーリンの小声の指示に従って術式『風の城壁』を唱え始める。
「風の使者、壁を四枚、風に力を、我が希望のままに城壁を与えよ。壁の中は永遠、壁の外は永久、壁の内は沈黙を与えよ」
派手なダンスは実戦で使う術式には存在しない。この術式の場合、『壁の中に』で左手の掌を外側に、『壁の外に』で内側に向ける、というのが術式発動のキーとなる動きなの。
唱え終わると目には見えないが空気の壁が五体の遺体を取り囲む。時折光の屈折なのか壁がキラキラと光っている。
上手くいったかな?
「上手よリア。じゃあ次は私が……」
ファーリンは両手を伸ばしてから目を瞑り『殲滅の浄化』を唱え始める。
「浄化の儀! 炎よ焔よ、全てを灰にせしめん。我の願いを叶え全てを灰にせしめん」
透明な壁の中を突如として火炎が荒れ狂う、が近くに居ても熱くはない。直立不動で炎をじっと見詰める。
ちなみにだが、術式を唱えると後はやる事がない。灰になるまで燃える様を眺めるしかできない。
だから、ぼーっとくだらないことを考えてしまう。
掌から炎が出たら派手で良いのになぁ。
この術式を見ると毎回思う。構図としては焚き火……というよりオーブンにあたって暖を取る様に見える。
少し暇に感じ始めたところで、徐々に撒かれた布が焼け落ち遺体が姿を見せ始めた。すると炎に炙られた遺体があたかも苦しむ様に起き上がる。
講義で習った。筋肉が焼けると縮むため遺体が起き上がってしまうのだと。
その姿が見えたのか悲鳴や驚きの声が聞こえる。泣き崩れる女。小さな子供が両側から母親を慰めている。
余りの悲劇的な情景に一瞬気が遠くなる。
遺体が焼かれるのを目の当たりにするのは……そうか、わたし初めてだ。
自分の顔からどんどん血の気が引いていくのが分かる。失神……しそう……。
「……ア、リア、敬意を払え。醜く
ファーリンの静かだが強い言葉がわたしの耳にギリギリで届いた。目を見開き半開きの口を閉じて気合を入れる。
そうだ。わたしが悍ましく思うのは勝手だが、あの泣き崩れる家族には気取られるな!
どうにか姿勢を正し、真っ直ぐ前だけを見る。
そのまま一時間もすると全てが灰となった。
最後に治療院の中を見て回るが、幸いなことに殆ど魔素は検知されなかった。
「それでは、次の場所に急ぎましょう。後四箇所あるのよ」
辟易しながら騎士団事務所までの帰り道を騎士達と歩く。すると先ほどの遺族の子供がいた。
どういう顔をしたら良いか分からないので前だけ向いて歩いていると近くに走り寄ってきた。
「ありがとうございました。これ、食べて下さいってお母さんが……」
手には果物が二つ握られていた。
思わず指示を仰ぐようにファーリンを見詰める。
「心のままにして良いのよ」
柔らかな微笑みと優しい声。
それを聞いてすっとしゃがみ込み視線を合わせる。
「お下がりね。ありがたく頂くわ……」
そう喋ったつもりだったが途中から涙声になってしまった。果物を受け取ってから、そっと頭を撫でた。お使いが出来たと少しスキップして母親の元に戻る男の子。
泣き腫らした顔の母親が此方に頭を下げたところで、やっと一件目が終わったと実感できた。
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