第三十六話 外周十周③

 そっと手を上げる。


「質問です。その病原菌……ではなく魔素? が透明だとしたら、それを見つける方法はあるんでしょうか」

「はい。これは一般の方には知られていませんが、イェーレ卿が提唱した術式を元にした魔導技術で検知を可能にしています。これが開発されたのは、ここ最近の話なんですよ」


 ファーリンが自慢げに横槍を入れてきた。


「ほら、私達が観覧式でも着た正式装備の胸鎧の紋章、あれに魔素検知の魔導が構築されてるのよ!」

「えっ、そうなんだ……それは知らなかった」


 ファーリンが鼻高々になってる。先輩っぽいとこ見せれて嬉しいのかな? よし、少し褒めておこっと!


「ファーリン物知りね。知らなかった、ありがとう!」

「うふふ、ユーアウェルカム。さぁ、講義に集中しましょう」


 おおっ、優等生っぽい発言。一人で聞くより、やっぱり楽しいわね。


「各国で検知技術などの開発を競い合っています。現在はナイアルス公国とユーリア共和国がトップを争っていますね」

「えっ? 帝国本国より?」思わず驚いて聞いてしまう。

「パスカーレよりも?」ファーリンも驚いている。

「あぁ、その二国はではなくを重視していますから」


 ふーん、と聞いていたが、ふと疑問に思う。


「あれっ? 帝国の騎士団も魔導は使うでしょ?」

「そうですね。帝国のワイマール騎士団や司法騎士団は伝統的な魔導を使いこなしますから進化が鈍いのでしょう」


 少し横道に逸れているが、講師の方は色々なことに興味を持ってくれることが嬉しいようでニコニコしながら答えてくれた。


「伝統……的な魔導?」

「そう。『体内魔導制御』などの強化系の魔導ですね。強力ですよ。帝国で『剣豪』と呼ばれる剣士はたった一人で小国の騎士団に匹敵すると言われています」



 ふと窓の外を見て黄昏れる。

 かぁ……。そうなんだよね。

 アイツから『帝国史上最年少の剣豪を目指してる』って手紙に書いてあったの。『親父にも模擬戦で一勝した。オマエの仇を討ったぞwww』なんて書いてあったのよね。ラルスったら頑張ってるー。

 でね、それでね、たまにね、『愛してる』とか小さく書いてあるのよね! もう、直接会うと何にも喋れなくなるのに、手紙だとちょっと凛々しい感じなのよね。



「えーっ……更にですが、帝国本国の強さは、何より『雷帝』の存在も大きいのでしょうね」


 はっ、ラルスのこと考えてたら涎垂れてた!

 ヤバいヤバい、前を向いて講義に集中しなきゃ。

 あら、講師とファーリンが安堵のため息。ちょっと恥ずかしいわ。


「雷帝ですか……」

「はい。筋金入りの世界最強の騎士ですね」



 また窓の外を見て黄昏れる。

 そうか……教会の人達からも雷帝は特別な存在かぁ。

 そうだよねー、十一歳のわたし、良くがんばった! 自分で自分を褒めてあげるよ。

 あの時のラルス、子供っぽくて今思えば可愛いかったなぁ。でもって体育大会の時のラルスは……カッコよかったなぁ。


 いけない……顔がニヤけちゃう。窓の方見てよっと。


 しかし……優勝が決まった時に抱きついた感触、まだ鮮明に残っているわ。きゃー!

 今思い起こしても恥ずい、照れちゃうわ。


 でも……ラルスったらアリス先輩達の豊満な胸に顔を埋めてデレデレしてたわよね……。後で問い詰めても『知らない、祈りを唱えて集中していたから』なんて言ってたな。誤魔化されないわよ!


 それにしても……アイツ、忙しいのは分かるけど、普通一年も放っておく? 手紙だけじゃなくて、ゲート使ってささっと来れば良いじゃない……って……えっ? もしかして……ふ、不倫?


 落ち込んできたー。悲劇のヒロインになりきって悲しいこと考えるのも好き。悪いことが起きそうな時は、とーっても悪い想像を張り巡らせて、現実がそれより良かったら喜ぶの。

 だから……涙出てきちゃう。



「リア、リア」


 ん? ファーリンが指で肩を突いてくる。


「えっ? なになに?」


 何故かギョッとしてらファーリン。

 あっ、わたし少し涙出ちゃってる。


「あっ、ごめん。変なこと考えてたら……」

「あら……そう。講義、聞いてあげてね」


 前を見ると不安そうな講師。


「あぁ、分かりました。すみません」


 いかんいかん。集中しろリア。主席は伊達じゃ無いことを見せつけねば。

 あからさまに安心する講師とファーリン。咳払いをしてから講義は再開される。


「では話を戻しましょう。術式の改良は帝国本国が一歩リードしています。パスカーレにはイェーレ卿の残した数々の術式があります。この二カ国が術式の最高峰でしょう」

「へー、知らなかったことが多いです」

「ありがとうございます…………では、今後あなた方が関わる病魔と術式の話をしましょう」


 講師は少し沈黙した後、顔を少しだけ険しくして話を続けた。


「貴女が所属している『閃光騎士団』の最も重要な職務は赤熱死病で亡くなった患者のとなります」

「……唐突ですね」


 流石にどう反応したらいいか分からず固まる。ファーリンも真剣に聞いているが驚いてはいない。そりゃあそうか。もう任務にも携わっているだろうし……。


「何故火葬が必要か話しましょう。感染の拡大を防ぐためです」

「火で魔素を燃やすということですか?」

「はい。焼け跡からは魔力は検出されませんでした。水に沈める、山に埋める、ご遺体を刻んで獣に食べさせる、など多種多様な事後処理が過去から試されてきました」


 また言葉を失い講師をじっと見る。


「火葬以外は長期間魔力検出が残りました。逆に魔素の汚染を拡げると結論づけられました。百年ほど前に検証が積極的に行われたのです。良くない結果ばかりだったとか……」

「というと?」

「例えば……遺体を刻む役人が感染し、荷運び人が感染し、血液や体毛が落ちた道が汚染されて、食べた獣が感染し、その獣までも感染を拡げる……結果、その時は三つの街で大感染が起きたそうです」


 うひー。怖いわねー……って!


「私達はどうやって自分を守る……って魔導か」

「そうよ。『風の魔導』よ。最初に訓練を受ける風の魔導、あれができないと任務にはつけないわ」


 ファーリンの言葉に講師も頷いている。


「二つ以上の術式を併用することは非常に難しく……ですので私達、魔力を持たないものが身を守る術式を行使しながら火葬の術式である『殲滅の浄化』を唱えることはできません」

「だから、私達が魔導で身を守りながら、術式でお仕事をガンバルのよ」


 わざと砕けた表現で場を明るくしようとしてくれている。そういうとこ好きよ、ファーリン。


「危険はあると思います。疲れから魔導の行使が切れて感染した例もあると聞いています」

「そうなのよね。いつも焦らされるのよね。『後二日だぞ』、『もう八日経過だぞ』ってね。想像するだけでソワソワするわよ」

「えっ? 何かタイムリミットがあるの?」


 あら、講師とファーリンが目を合わせてる。

 変なこと言っちゃった?


「そうでした。病について話せていませんでした。今日の講義はそろそろ終わりとしますので簡単に説明します」


 あら、もう時間なのね。

 ふと後席をもう一度覗いてみる。おぉ全滅だ。ピクリとも動かない。


「……はい、お願いします」

「この赤熱死病は感染後、五日から八日で亡くなります。そして、早ければ十日も経つと『ゾンビ』となり始めます」

「……えっ! ゾンビって、あのゾンビ? んー、生きてる死体ってことですか?」


 少しびっくりする。って何語だっけ? あれあれ?


「はい、生きている死体……とは面白い表現ですね。動き回る死体です。無制限に動き回り、無制限に感染を拡げる死体です。最初に大規模感染が発生したシュルナイテという街では感染を抑えることに失敗しました。結果、城壁を封鎖することで無数のゾンビが徘徊する死の街として歴史の闇に葬られました」

「パスカーレの高台から少し見えるのよね。こわーい死の街。小さい時に両親と旅行に行って見ちゃったんだけど……その日の夜は怖くて一晩中泣いてたもん」

「はい。そして最後にもっとも重要なことをお伝えします」

「……なんでしょう?」

「この『ゾンビ』の話自体が特級の機密事項となります」


 えーっ……ダメだ。ちょっと頭がぽわぽわしてきた。

 この世界の秘密が目白押しよ。


「赤熱死病で死亡すると数日して復活するように見えます。また、この病は信仰心が高いと感染しても死に辛いのです。記録では一か月ほど生存した修道女もいたとか記録にあります」


 信仰の力? 眉唾物……って言ったら怒られるかな?


「この二つの事実から、この病は永遠の命を与えてくれる聖なるものと誤解する者、または利用しようとする者がいるのです」

「病気を拡げようと頑張ってる組織もあるらしいわよ。世界を滅ぼす赤熱死病。仲間になれば感染しない、だって!」

「それはそれは悪趣味な組織ね……一体どんな組織かしら」

「……そうですね」


 あれ? 少し言葉を濁された。この件は話したく無い感じよ。


「今の機密事項は各国の騎士団などにはある程度公開されていますが、民衆は全く知らされていないのでお気をつけ下さい」

「そ、そうなんだ……あっ、しかし信仰心が強いと病に勝つというのは嬉しい話です。ふふ、信仰の力は偉大ですね」

「はい……では、今日の講義は終わりましょう」

「……あ、ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」


 信仰は偉大って喜ばないの? この話も何か口を濁した感じだなぁ。

 何だろう……。


「さぁ、後ろの人達に説教しましょう。ハリアーップ!」


 ファーリンはウキウキで嬉しそう。待ちきれないのか既に椅子から腰を浮かしている。講師を見送ってから後席の様子を見に行くと、気配を察知した隊員達は既に部屋から抜け出した後だった。

 寝ているカタリナとラリーは隊員達に置いてきぼりにされたらしい。


「お二人さーん、グッモーニン! 講義は終わりましたよー。寝ていた人は罰として外周ですよー!」


 ファーリンが大声で叫ぶと二人はビクッとして目を覚ました。

 ふふふ、さすがに気まずそうよ。


「ラリー、外周行くぞ」

「……そうだな」


 潔い判断。流石よっ!

 というわけで、夕陽に照らされながら全隊員で外周を走ったのよ!


「連帯責任だ。全員、外周二十周!」

「なんで私達も!」


 ファーリンが走りながら叫ぶ。


「起こし方がムカついたからだ」

「横暴よーっ!」

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