第三十五話 外周十周②

◇◇


「今日から『赤熱死病』と呼ばれる病について学習していただきます」


 今回の座学の対象者はわたし一人だけ。広い会議室に座っているのは一人だ。


「……よろしくお願いします」


 一番前に一人……サボれないわね。いや、サボらないけど。

 なんか夏休みの補講みたいよ。あっ、前世の成績は真ん中くらいだったから補講を受けたことは無いわ。

 と緊張していると、横の座席にファーリンが座った。


「ん? ファーリンも聞くの?」

「そうね。私の時も一人で受講だったの。だから緊張してあまりしっかり覚えてないから……」

「あら」

「ほら、後ろ見て。毎年聞く人も多いのよ」


 あらあら、ラリーもカタリナも……ほとんどいるわね。こういう時は後ろの座席から埋まるのも分かるわ。


「一年に一回くらい聞いて覚え直さないとな」


 おおっ、もっともらしいことを言ってるわ。


「みなさん、もっと前に座っても良いですよ」


 でも、そうよね。こういう時は誰も動かないものよ。


「……では始めます」


 講師はため息を一息ついてから話し始めた。


「私はマーリンと言います。帝国本国の教会本部所属です。各国の騎士団向けの教育を担当させていただいております」


 そうか……教会も色々と役割を分けているのかな?

 メモを取りながら講師の顔をじっと見る。


「ふふ、真面目に話を聞いてもらえるとやる気が出ますね。開始五分でとされる方も多いですから」


 後ろを覗くと皆が顔を背ける。

 あれ? 横のファーリンも目を合わせてくれない。

 ……こいつら、全員寝てやがったな?


「では早速、赤熱死病についてお話ししましょう」


 講義が始まり十分ほどすると……なんか後ろの方から寝息が……。


「リアさん、気にしないでください。」

「はい……」


 後ろみるのが怖いわ。見るのやめておきましょう。


「この病が感染を広げる仕組みは研究が進んでいます」

「感染を広げる仕組み……? ウイルスとかですか?」


 少し固まる講師。

 あっ、ウイルスって言葉……無いのかな?


「……ウイルス? それは何でしょう……」

「あっ、お菓子の名前です……よ」


 あーん、何か変な顔で睨まれてる。そりゃ、急にお菓子の話をしたら変な子よね……。


「……話を続けましょう。『魔素』と呼ばれる目に見えない何かが原因とイェーレ卿は突き止めました」

「イェーレ卿? あぁ、小さい時に絵本で読みました」

「そう。あのイェーレ卿です。感染者の息や周りから微弱な魔力が観測されることがあります。それを鼻や口から吸い込んでも感染するようです」


 インフルエンザみたいなものかな。

 魔素ってのがウイルス……病原菌……んー、魔素は魔素としか言えないのか。


「魔素とは目に見えないくらい小さいのでしょうか?」


 少し講師が不思議そうな顔をする。

 するとファーリンが横槍を挟んだ。


「リア、何言ってるの? 見えないくらい小さいって……砂粒みたいに小さくてもパーっと撒けば見えるじゃない。多分透明なのよ」


 こっちが『何言ってるの?』だったが……。


「そうですね。恐らく目に見えない透明な宙に浮く液体のようなものではないかと想像されています」


 あら、講師の方も変に思わない……ということはこちらの常識では目に見えないモノは存在しないってことね。

 ホント……魔力様のお陰でこっちの世界では科学や化学は進んでいないのね。

 ふふふ、確かに、あっちの世界で『魔力が、魔導が』とか言い出したら完全にヤバい人だもの。


 少し横を向いて黄昏れているとファーリンが指で突いてきた。


「ほら……リアだけでも講義に集中しないと。後席のみなさんは敗北寸前よ」


 そっと後ろを見ると五割は睡眠、三割はおやつタイム、二割は雑談中だ。


「敗北じゃなくて、既に壊滅してるじゃない……」


 講師の方が可哀想になってきた。チラチラこちらを見てくるし。気合いを入れ直して授業に集中しよう。

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