第十六話 受けてたーつっ!①

◇◇


 合同最終演説が終わると全員一気に投票してしまい翌日から開票作業が始まった。数日のうちに結果が確認されて、貴族院側せんせいたちの承認を貰うために数日が掛かるとのこと。

 ふふふ、シャーリーったら徹夜させられたって嘆いてたわ。

 それで月を跨いだ三月に年度で最後の父兄参加イベントとなる『当選セレモニー』が午後から講堂で行われるのよ。それに先立って、ドキドキの当落発表が講堂前の掲示板に貼られる事になってるのよ!


 院政協議会の選挙管理委員会が出て来るのを待ち侘びる生徒達。その一番前に正装したわたしと五人の仲間達は居た。


「どうかな……当選してるかな?」

「カーナ、そういうのは時の運よ。落選したらそれまで。あの子達が変なことしないよう見張らないとね!」

「それって……執政官の不正を暴く感じ? それはそれで伝説になれるわよね」

「ロッテ……そんなの無茶苦茶よ、ふふ。執政官の不正は委員長に訴えれば良いのよ」

「ノーラは流石に冷静ね! メラニー、当選してたら一曲歌う?」

「いえ……やめておくわ。恥ずかしい……から」


 皆、緊張してるのか笑顔がぎこちない。

 やることはやった。後は祈るしか無いわ。


「ふふふ、メアリーのスイッチは前髪ね。アップスタイルにしないと湖畔以外ではまだ歌えないものね」

「……メアリー綺麗よ」とサールが呟く。

「あんっ! やめてサール、恥ずかしい!」


 吐息が少し漏れるメアリー。サールの呟きもスイッチの一つになっているようだ。


 やり取りを少し聞いているだけで少し涙が出てくる。

 みなさんが力を貸してくれた。一人じゃあ何もできなかった。当選したら……気合入れて頑張らないといけないわね。

 一人ガッツポーズで気合を入れる。


 騒いでいるとラルスが現れた。当選セレモニーは当落に関わらず、候補全員は正装で参加する事が慣例となっている。ラルスも正装、というか軍装に身を包んでいた。


 おぉ、かっちりしたラルスかぁ。髪型も決めてるから少し大人っぽくなるわね……ん?

 少し複雑な顔……何か隠してる感じ?


「ラル……」と問い掛けたところで、周りから楽しそうな歓声が上がった。

 委員長とシャーリーが大きな紙を持って現れた。


「今から当落発表を貼り出します」と委員長。

 脚立を使ってシャーリーが壁に貼り始める。そこには『執政官リア』の文字があった。


 ホントに当選したんだ……。

 全然実感湧かないよ。


 ふとラルスの方を見てみると「おめでとう」と優しく握手を求めてきた。


 あれ? 大人の余裕が感じられる。

 うーむ、『男子三日会わざれば……カッコ良くなる』だっけ? そんな感じね。

 いつもと逆で手を差し出されると少し照れてしまう。


 皆が拍手で二人を讃える中、ラルスはリアにだけ聞こえる様に「すまんな……」と呟き去っていった。

 んー? どういう意味?

 ラルスに問い掛けようとしたところで、皆がリアを囲んで集まり祝福が始まった。


「当選おめでとう!」

「リアちゃん、おめでとう。頑張ってね」

「おめでとう。来年度は一緒にこの貴族院を運営出来るわね。楽しくしていきましょう」


 シャーリーも嬉しそう。


「リア、当選セレモニーよ! カーリン様もいらっしゃるってホント?」


 ロッテはセレモニーを想像して既に興奮している。

 さっきのが気になるけど……うーん、まぁ良いか。後でラルスに聞いてみよっと。


「ありがとう! みんなのお陰よ!」

「やったねリア!」


 抱きついてきたカーナは元よりノーラもメラニーも興奮している。


「さぁ、リア。会場に向かいましょう。ふふ、新しい歌姫にも歌って欲しいって」

「リアのスピーチの後で、時間を貰える事になったの。お母様とお父様もセレモニーに来てるから。嬉しい!」


 おぉ、いつの間にかメラニーの赤い髪、ツヤツヤになってるわ。アップにしたら準備万端ね。


「よーし、会場に向かいましょう。シャーリーも一緒に行こう!」


 高らかに宣言すると皆から歓声が湧いた。

 当落発表を見ようとする生徒達に逆らいながら、講堂の裏口の方に歩く。少し落ち着いたところでシャーリーが投票結果をもう少し詳しく教えてくれた。


「思ったより接戦だったのよ。ラルスの演説まではリアが圧勝するかな、って思ってたんだけど、あの落ち着いた演説にぐっと巻き返されたのよ」


 そうかそうか。カッコよかったもんな、あの演説。やっぱり主人公よりライバルキャラの方が人気あるもんねー。


 ニヤニヤ思い出しながら裏口に到着。ここでチーム・リアとして皆んなで舞台袖に出向く。メラニーが歌う際は全員舞台に上がって良いらしい。

 袖からそっと観客の生徒と来客を確認する。後方の来客席にカーリンの姿が見えた。遠くからでも興奮してるのが分かる。後で会いに行こっと。

 舞台の上に視線を移すとラルスは既に座席に座っている。委員長、執政官の候補三人の中で唯一の落選者。でも堂々としてるわね。うんうん。ステキよ。


「では当選者の二人も舞台の椅子に着席下さい」


 係の講師が慌てながら声を掛けてきた。どうも雷帝が少し遅れて御来席されるとの事でバタバタしていた。特に大変そうなのは司会や進行を任された講師達。

 偉い人が来るイベントは大変そうね……と考えながら、皆に手を振りながら舞台の椅子に向かった。開演前の静けさの中、二人が舞台に現れると少しだけ歓声と拍手があった。


 開演を待つ三人。流石に雑談もできないな……。講堂の中を見回す。この舞台に上がるのは最初が入学式、次が最終演説、そして今が三度目。


 しっかし……入学式は酷かったな。いきなり『片親』発言からだもんなぁ。

 ふむー。入学式で悪口を言われたから、あの三人をずっと敵視してたけど、イーリアスにヨーナス、あの二人もそういうタイプじゃないから違う子が言ったのかな。


 司会の声が朗々と講堂に響き渡る。まずは学園長の挨拶らしい。威厳たっぷりお爺ちゃんが壇上に上がってきた。

 ちなみに昨日は今日が楽しみすぎて朝方まで寝られなかった。ありがたい話をBGMに思考はどんどん別の方向に飛んでいく。

 

 それにしても……片親か。

 わたし、前世では母の記憶は全く無いの。

 生まれて直ぐに亡くなったんだって。

 この世界に来て、記憶の中だけでも初めて母というものを知ったのよ。リアちゃんの思い出が嬉しかったもの、悲しいけど。

 あーあ……しんみりしてきちゃった。


 いつの間にか始まったシャーリーの抱負は何も聞かずに終わっていた。シャーリーがジロリと睨みつけてきたので知らんぷりを決め込む。


「執政官リアさんは勝利演説をお願いします」


 司会の声が聞こえてきたので、お澄まし顔で席を立った。すると、横の少し呆れ顔のシャーリーが着席しながら小声で声を掛けてきた。


「今の素直な感想が聞きたいわ。本心が聞きたいの」


 本心……本心か、本心ね。

 席を立って壇上に向かうと歓声が響いた。

 ダメだ……母の事を考えている時は周りが騒がしくなればなるほど寂しくなるの。リアちゃんのお母さんが亡くなって四年。思い出に浸ると涙が出てくるほど悲しくなる。

 あっ、ダメダメ、覚えた抱負を言わないと……。

 少しだけ飾り付けされた木箱に乗ると観客達と目が合った。


「えーっ、今回の当選は、ひとえに皆さんの協力あっての結果だと思います。また大役を拝命し責任の重さを……重さ? ……あっ、責任の重さを痛感……しております……」


 ラルスの支援者の野次が聞こえる。反対にわたしの支援者の声援も鳴り止まない。舞台袖からカーナやロッテも声を掛けてくれる。


 そんな中、ラルスは腕を組み座っていた。静かに敗者として演説を拝聴してくれている。


 シャーリーは親友わたしの晴れ舞台を暖かく見守ってくれている。


「責任……」



 を取った。

 を果たした。

 母の死を聞かされた時に、大人から沢山聞いた台詞だ。



「お子ちゃまはセリフ忘れたのか? 引っ込めー!」

「リアー、がんばってー!」


 自分の思考に入り込んで、もう野次も声援も聞こえていない。


「責任、重圧……」


 そんなものに……そんなものに本当に負けたのかな。野の花を積むときでさえ躊躇ちゅうちょする優しい母。でも何かに怯えるところなんて全く想像できない強い母。

 本当に『責任』なんてモノに負けたのかな。


 覚えてきた今年の抱負は全て頭の隅に追いやられていた。言葉は何も出てこない。わたしが何も喋らないのを不審に思ったのか、次第に野次や声援は無くなり、水の上を波紋が広がるように静まっていく様をじっと見つめる。

 その時、突然に親友シャーリーの言葉がリフレインされた。



『本心を聞きたいわ』



 その言葉だけが、親友の言葉だけが、今のわたしの羅針盤なのかな。言葉は自然に出てきた。


「わたしの母は四年前、責務の重圧に負けて極端な選択をしました。つまり……自ら死を選びました」


 感情に負ければすぐにでも泣いてしまうような涙声しか出てこなかった。

 少しのざわめきを感じる。


「それ自体は大変愚かなことだとは思います。しかし、七年という短い間だけとはいえ、わたしを全力で愛してくれたことは、今でも感謝しています」


 また静寂に包まれる。


「母は花が好きでした。野の花が大好きで、よく一緒に花を摘んだことを覚えています。母が好きだった花は故郷の森にも、またこの街の森にも咲いています。そう、この学園の庭にも咲いていました」


 自然に笑みが溢れた。それに反応して微笑んでくれた観客もいる。

 嬉しい。楽しい思い出は楽しく聞いて欲しいから。


「この花を見るたびに、二人で花を摘み笑い合ったのを思い出します。大切な幸せの記憶です。この花を見るたびに、母の優しさを思い出し懐かしくなります。でも、同時に寂しくもなります」


 話していると懐かしくなり、自然と涙声に戻ってしまう。同じように目が潤んでいる女子生徒もいるのにホッとする。


「この花を見るたびに、煌びやかな騎士姿の母を思い出します。そして元気や勇気をもらいます。この花を見るたびに、責任の意味をいつも考えます。母が選んだ道についてわたしも悩みます」


 沢山の人を前に話していると、わたしは話している自分を横で見ているような感覚になる。だから周りの気配に余計に敏感になってしまうの。

 ほら、そこかしこで鼻を啜る音が聞こえてくる。


「若輩のわたしでは責任という言葉の意味を……本当の意味をまだ理解していないのだと思います。だから母の選択の真意をわたしは理解することも、まして批判することもできません」


 ほら、父兄席でカーリンは号泣しているわ。そういえば、カーリンは母アマリア・パーティスと同世代と聞いたことがある。よく知る仲……だったのかな。


「母がどんな責任を負い何に負けたのか……わたしは聞かされていません。でも、母は何かを成し遂げてから逝ってしまったのだと思います。母の死を悲しむ沢山の人を見て……それだけは幼い私でも理解できました」



――この時、目を瞑って演説を聴きながらリアの母アマリアに思いを馳せる少女がいた。サーガ・オリオール。アイスバーグ共和国出身のこの少女は、今この瞬間、ある決意を固めていた。

 三年後、この時の決意にリアは命を救われることになる。

 勿論それはまだ誰も知らないこと。



「人は一生の中であまり多くのことを成し得ることはできないと思います。だから、わたしも一つだけでも何かを成し得ようと……」


 目の前に並ぶ何百人もの生徒達の明るい顔を見ていると、頭の中の霧が晴れたように仄暗い感情が消えていく。自信に満ち溢れた表情で語り始めたが、結局自分一人では何もできなかったことを急に思い出してしまう。

 顔から火が出るほど恥ずかしくなってきた!


「あっ……いえ……多分……できて一つ……いえ一つもできないかもしれない。うん。できて半分! 後は誰かがやってくれると思います!」


 明るい諦めに、観衆から軽い笑いが起きる。


「……もし、今、この貴族院に悪漢どもが攻めてきたとしたら……執政官として、わたしも戦い皆を護ります」


 ふふ、また笑いが起きてるわ。


「この街、グラーツに盗賊団が攻め込んできたら、貴族院のわたし達も戦い皆を護ります」


 受けてるわね、と調子に乗って頭に浮かぶ言葉を素直に口から出していく。


「わたしが卒業してから自国のナイアルス公国に悪い国が攻めてきたら、わたしも騎士達とともに戦い皆を護ります」


 もう笑いは起きない。代わりに拍手が鳴り始める。


「この帝国連邦に危機が迫ったら、わたしは世界中の騎士達と協力して戦い、そして護るでしょう」


 会場からはどちらかというと父兄や講師から声援が飛び始めた。若い先生なら精神年齢は同世代だものね。


「ここに居る生徒達は、未来の帝国連邦を守護する騎士達だと信じています。一人で大きな責務を果たすことは難しくとも、皆で協力すれば不可能は無い。そう信じています。そうです。皆さん、幸せになりましょう! わたし達がこの世界を幸せな世界に導くことを誓います。」


 生徒達の目もキラキラ輝いている。

 そうよ。自分達の物語の主役は、自分達以外になり得ないのよ!


「その誓いの達成にわたしも力添えすることができたなら、初めてわたしは母から褒めて……抱きしめて貰えるのだと思います。この誓いを……この夢を大役拝命の挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございます」


 はい、上手く締めたぞ!

 アドリブだらけだったが言いたいことは言えた、そう思って満足していると、まるで爆発するように万雷の拍手喝采となった。

 興奮した皆が舞台に上がって握手会が始まった。

 いつの間にかカーリンも壇上に上がって泣きながら

「よくぞここまで立派になられて……」

 としきりに語っている。


 あれっ、なんじゃこれは?


 キョロキョロ周りを見ると、シャーリーは舞台上の椅子に座ったままで手を振って口を動かしていた。


 やりすぎよ。


 そう聞こえた気がする。そうか、わたし十一歳だった。二十一歳なら頑張ったスピーチだけど、台本無しで小六が語ればやり過ぎか。


 舞台には数十人が上がり、司会が「席にお戻り下さい」と繰り返している。


 お祭り騒ぎはもう少し続きそうだったが、ラルスの取り巻き達が舞台に上がり握手会を止め始めた。剥がしをしてくれるとはよく気が効く子達だな、と感心していたら、突如、バタバタと裏方が騒がしくなった。

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