葬式
連喜
第1話
俺は趣味で小説を書いている。書籍化を希望していないからコンテストに応募することはないと思う。ただ、思いつくままに書きたいことを書いている。それがストレス発散になって楽しい。それに人の作品を読むのも好きで、大体、毎日何かしら読んでいる。
しかし、最近、自分が書いた小説にすごく似ている作品を見つけた。特殊な設定で他では見たことはないものだ。ジャンルとしてはファンタジー系というのだろうか。俺の小説の☆は10個もないのに、その人の小説は☆100を超えていた。俺の評価が低いのは文章力が稚拙で、固定ファンを獲得できていないせいだろう。しかし、レビューに設定がすごく面白いと書いてくれた人もいたし、俺も作品に自信があった。
一方、剽窃小説は設定がちょっと気持ち悪いというか、登場人物に共感できなかった。オタクの人たちはそういう設定が好きなのだろうと推察するが、毎日☆を獲得しているようで、その作品がよくトップページに出て来た。やはり毎回星が増えているのだが、どこがいいのかわからない。俺は苛々した。俺の作品は完全に埋もれてしまい、誰も見てくれない。PVは0になった。こういうのを埋蔵作品と言うんだろうか。もう決して発掘されることはないだろう。
俺は同じ設定で新しい作品を書いた。すると、コメント欄に『●●さんの●●という作品に酷似しています。盗作ですか?』と書いてあった。俺はかっとなって、『あちらが僕の作品をマネしているんです』と返事した。すると、数日後にサイトの公式から盗作だというクレームがあったという警告があった。俺の作品の方がオリジナルなのに…ショックだった。俺は作品の元になった前作の公開日が俺の方が先だと説明したら、それから返事が来なくなった。俺は面倒だから忘れることにした。しかし、忘れることなどできない。何となく、その投稿サイト自体が嫌になって来た。盗作だと言って来る無関係の人たちと、それを認めている運営側がグルになっているようだった。
俺は気が付くとそのことばかり考えるようになった。そして、盗作した人がどんな人か知りたくなった。どれほど汚い人間で腐りきっているか。死んで欲しいと願った。俺が恐々、その人のページを見ると、サポーターが複数いるような人気ユーザーらしかった。たくさんの人をフォローしてレビューを書きまくって、フレンドを増やしているタイプの人だ。
エッセイも書いていた。全然面白くないのに☆だけは沢山ついていた。すると、「盗作」というタイトルで文章を書いていた。最近、自分の作品がパクられて迷惑しているということだった。それによると、俺がその人の考えた設定を丸パクリして二次創作のような小説を書いていると言うことだった。俺の名前が伏字で書かれていたが、明らかに俺だった。登場人物の名前も似ていて、絶対盗作だと断言できると書いてあった。人気のない作品だからいいようなものの、賞を取るような物を書かれたら相当ショックだったろうと言うことだ。俺は作品全体の評価も低くて、誰も読んでいないからいいけど。と、書いてあった。その人にはなぜかファンが付いていて、盛んに「真似した人のも読みましたが、あなたの作品の方が格が上ですよ。あちらは駄作だし、相手になさらなくていいと思います」
「こういう風にネットで公開していると、アイディアを盗用されることはよくあります。でも、作品の根底に流れている世界観までは真似できませんよ」
さらには、「あまりに腹が立ったので運営にクレームを入れました」と書いてあった。
俺ははらわたが煮えくり返って、その場で反論を書き込んだ。
「私が作品を発表したのは〇年〇月〇日です。あなたの方こそ私の作品を真似したんでしょう」
すると、すぐに本人からの反論が届いた。
「私はあなたの存在なんて知りません。全く読んだこともないですし、盗作されているというのを教えてもらう前まで、一切見たことはありませんでした。作品を読んでもらいたくて、ファンの多い私の作品を真似したんでしょう」
俺が無名で、誰にも作品を読んでもらえていないかのように言うので、俺は逆上した。
「あなたの方が嘘をついている。自分が恥ずかしくないんですか?」
「大丈夫ですか?他の作品を見たら精神科に通院しているみたいですが。私が盗作しているなんて、被害妄想じゃないですか。迷惑なのでやめてください」
俺は悔しくて涙が出て来た。
「私の言ってることは事実です。被害妄想じゃありませんよ」
「はい。終了。時間がもったいないので、言いがかりは別の所でやってください」
俺は悔しくてたまらなかった。俺は盗作されたことを証明するために、今までの経緯をエッセイにまとめた。文章の最後に「これで冤罪が晴れなかったら俺は死ぬ」と書いた。
俺のエッセイを読んでくれる人はいるのだが、火焔太(贋作者)のファンの人がわざと☆1個とかを付けて行く。そして、当の火焔太からは何のリアクションもなかった。
俺は毎日彼のページを見ているけど、しばらく更新がなかった。ある日、彼は新作を掲載した。タイトルは「葬式」だった。クラスの嫌われ者A君の葬式をやるという話だった。A君はいつもクラスの人気者のB君の持ち物や話し方を真似するのだが、誰からも相手にされない。終いには、B君がA君の真似をしていると大騒ぎして、学校に来なくなった。そのうち、A君が自殺したと言う知らせが届く。
B君は大笑いした。
「あいつは俺たちが後悔すると思って死んだんだろうけど、全然そんなことはないと知らしめてやろう!」
こうして、みんな笑いながら葬式をやる。
「A見てるか?俺たちは喜んでるよ!」
「ありがとう!」
「君の死のお陰でクラスは団結した」
「じゃあ、今からAの嫌いなところを一人一つづつ挙げていこうか?」
「いいねぇ!」
「じゃあ、出席番号順にしよう」
まずは今までA君に何も言って来なかった青木君からスタートした。物静かでモラルを持ち合わせているように見える少年だ。
「風呂に入っていなくて臭いところ」
みんなどっと笑う。次は不細工な女子だ。
「女子をじろじろ見るところ」
その次は普通の見た目の女子だ。
「女子が着替えるのになかなか教室を出ていかないところ」
「制服がシワシワなところ」
二番目の男子が言った。
「顔がきもいところ」
「歯並びがガタガタなところ」
「口が臭い所」
「肩にフケが落ちているところ」
全員が悪口を言って終了した。
「死んでくれてありがとう!」
B君は叫んだ。
「目ざわりだったから、いなくなってくれてよかった!」
「それが君ができる最善のことだよ!」
「世間に対する恩返しだ!」
みんなが万歳と叫んだ。そして、A君の机を蹴ったり、落書きをしたり、机の中の教科書を破ったりした。A君のことはすぐにみんな忘れた。新学期には机もなくなっていた。俺はそのA君が自分のことではなくて、偶然だと思ったが、作品の最後に俺のペンネームを伏字にした「連〇君に捧ぐ」と書かれているのを見て、自分に宛てたものだと確信した。
俺は見ず知らずの人にそこまで徹底的に嫌われたことが不思議で仕方なかった。人間がここまで腐ると腹も立たなかった。馬鹿馬鹿しいから、自分の作品をすべて消して、サイトも退会した。
それから、数か月後、火焔太のページを見たらその「葬式」を最後に更新が止まっていた。その後が気になり、彼のプロフィールに書いてあったTwitterを覗いたら、最後のツイートはこう締められていた。
「火焔太の家族です。本人は数日前に心不全で亡くなりました。持病のため長年闘病しておりましたが、最近力尽きたと申しておりました。今まで応援していただきありがとうございました」
それが何千回とリツイートされていた。精神を病んでいたのはあっちだったのか…俺の盗作疑惑からようやく解放された!俺はほっとした。しかし、俺がサイトを去ってから冷静に考えたら、彼の作品を前にどこかで読んでいた気がしていた。俺は、それをいつもの間にか自分のアイディアのように錯覚してしまったのかもしれないと思うようになっていた。
でも、謝罪する気はなかった。こういうのはネットではよくあることだよ。火焔太君。君のお陰でこの問題を終わらせることができて感謝している。俺はずっと書き続けるだろう。君の分まで。君は自分で自分の葬式をやったんだね。俺にはわかるよ。
俺はまた同じ小説投稿サイトを利用するようになった。アカウントは作り直して、別人のふりをした。前よりは読んでもらえるようになっていた。火焔太のページはそのまま放置されていた。『葬式』と言う作品には、ご冥福をお祈りします。盗作疑惑を掛けられて苦しんだと思います。悔しいです等、彼を擁護するコメントが沢山寄せられていた。評価も300以上に増えていた。亡くなってからも読み継がれていたらしい。
その作品はいじめた側からしか書かれておらず、誰も罰せられることがない作品だ。A君は人のまねばかりする変な子だけど、そこまで憎まれる理由がわからなかった。もしそんな人がいたら無視すればいいのではと思う。しかも、その救いようのない話を好む人が多いのが意外ではあった。
火焔太は自分が亡くなったことで、作品を完結させたのだ。その事実が小説の隠れたエンディングなのだ。火焔太は自殺したのだと思う。Twitterに「自殺ですか?」と問い合わせをしたが、返事はなかった。
あの邪悪な子どもたちは二度と教室を訪れることはない。あの場にいた全員が自分たちの葬式をあの場所で執り行ったのだ。虐めた側は罰せられなくてはいけない。
気が付けば、火焔太が俺の人生のすべてになっていた。
***
「火焔太の嫌いなところ。百八つ」
俺は自宅で一人で酒を飲みながら機嫌よく叫んだ。
「自分の非を素直に認めない所!」
「性格が悪いところ!」
「愚痴ばかり言っているところ!」
「他人を批判し攻撃するところ!」
「彼女がいないことを馬鹿にするところ」
「友達がいないやつはキモいと言うところ」
沢山ありすぎて、すぐに三十くらいにはなってしまう。
すると、だんだん憂鬱になって来る。楽しいのは最初だけだ。
声も小さくなって来る。
「家にいると俺に絡んでくるところ」
「トイレを覗くところ」
「黙って風呂に入って来るところ」
「俺の食べ物を隠すところ」
「寝ていると俺の顔に座って来るところ」
「外で話しかけてくるところ」
「俺が歩いていると足を掛けてくるところ」
「ホームに立っていると、後ろから押してくるところ」
「階段を歩いていると、両足を掴んで来るところ」
「俺の飲み物にハイターを入れたりするところ」
俺は目の前に置かれた、もう一個のグラスに目をやる。
水滴でびしょびしょになっている。テーブルに水たまりができている。
「もう死んでいるのに、それに気付いていないところ」
「盗作を認めろとしつこいところ」
すると耳元で怒鳴り声がする。
「いい加減認めろよ!お前、汚名返上できなかったら死ぬって言っただろ?汚名返上できてねぇだろうが!クソが!」
火焔太は物凄い剣幕で俺を責める。
俺は繰り返し
「盗作を認めたらもう出てこないって約束する?」
「するよ」
「じゃあ、俺は君の作品を盗んだ」
それが俺が火焔太に会った最後になった。
その時、俺の心臓も止まったらしい。
葬式 連喜 @toushikibu
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