第61話 開戦前夜
私とルモンドはまた馬車で送ってもらい自陣へ戻った。しかし神経をすり減らしようやく帰ってきた私たちを出迎えてくれたグランの第一声はまあひどいものだった……
「酒は出たのか?
飯は食って来たのか?」
「ちょっとグラン? いくらなんでもそれが出迎えの言葉と言うのはひどいんじゃない?
こっちは真剣な話し合いをして疲れて帰ってきたって言うのに。
もちろんお酒なんて出なかったわよ、これで安心した?」
「何言ってんだ、疲れただろうから気を紛らわせようと冗談を言ってみただけさ。
大体ルモンド殿がついていたのだから心配は無用だろうに。
それで交渉はまとまったのか?」
「大筋では予定通りね。
意外だったのはドレメル卿は次期国王にどの皇子も推していないと言うこと。
私たちと同じことを夢見ているということかしら」
「へえ、まさかそんなこと言うやつがポポ以外にいたなんて驚きだな。
それに戦で貢献する意思もないとは、随分な人格者だねえ。
なんだか話がうますぎやしねえか?」
「そこなのよ、いくらなんでも都合がよすぎると思ってしまったわ。
そもそも私と出会うのを待っていたというのも眉唾物よね。
夢のお告げなんて信用していいのかしら」
「確かに突飛な話でにわかには信じられねえが、それを言ったらなあ。
お前自身の力についてどう考えたらいいんだって話にもなるぞ?」
「確かにそれはそうね……
自分自身が一番信じられない存在だってこと、つい忘れそうになるわ」
でもとりあえずトーラス陣営じゃないというのは信じられそうね。
タマルライト皇子からの連絡が来たらすぐ動けるよう準備はしておきましょう」
それから――
作戦会議は夜遅くまで続いた。トーラス卿の屋敷はここから半日ほどの距離、事前にモーデルの母親を救出することも考えると行動は早目に開始する必要がありそうだ。
翌朝、昨晩の話し合いで決めた内容に従い人員配置を始めることとなった。戦はタマルライト皇子からの連絡待ちではあるが、現場としては実質作戦開始と言っていいだろう。
「―― では。そのように致しましょう
モーデルの母親救出にはトビヨとグレイズ、それにホルスの三人で向かってくれ。
あとは食料調達組と現地先乗り組に分けよう」
「グラン殿、それでは我らの部隊を先乗りさせましょう。
この辺りの地形に詳しいものが多くいます」
「それは助かります、ルモンド殿。
アレが進めないような地形があったら困るので確認頼みます。
今ある食料は持って行ってください」
グランとルモンドが実働部隊の配置を指示しているが、なんとなく違和感を覚える。このことは前々から感じていたことで別に今更気が付いたわけではない。
「ねえグラン? ちょっと確認したいのだけどいいかしら。
あなたは私に話しかけるよりもルモンドと話しているときのほうが丁寧なのよね。
別に偉ぶるつもりはないけどみんなの前ではもう少し気を使って欲しいわ」
「そんなこと気にしてたのかよ。
そりゃ悪かったかもしれねえが、近しい間柄だとつい言葉遣いが悪くなるな。
今後は気をつけるよ。
ただしレン様がなにかをやらかさない限り、ですがね」
予想してなかった近しい間柄と言う言葉に耳が熱くなり顔が紅潮していくのがわかる。この男はなんでこうさらっと恥ずかしいセリフを口にできるのだ、まったく。
「なんであなたはそうやって一言多いのよ!
私はなにかやらかしたりなんてしてないの!」
照れ隠しのあまりつい声が大きくなってしまった。間もなく始まるであろう戦を前にして緊張しているのも影響していたかもしれない。私はグランに背を向けてノシノシと怒ったふりをしてその場を離れた。
いつもなら買い出しへは私もついて行っていたのだが、さすがにこの緊迫している(はずの)状況ではここを離れるわけにはいかない。なにか気晴らし出来ることは無いか辺りを見回すが、周囲には森と街道しかなく望みを叶えるのは難しそうだ。
やることもないので手近な切り株へ腰かけてボーっとしていると、街道を走る馬車が目に入った。危険な王都を離れてどこかへ行くのだろうかと眺めていると、私たちの陣近くで速度を落とした。
目と鼻の先までくるとその馬車は止まり人が降りてくる気配がする。もしかしてトーラス卿の手の者かもと周囲にいた数人と共に警戒していると、なんとも想定外の人物が姿を現した。
「ホウライ伯爵! どうしてこんなところへ。
私たちになにか用でございますか?」
「可憐な少女伯爵殿、ご機嫌うるわしゅう。
タマルライト皇子より伺いまして参上した次第です。
実はお話したいことがございます」
「それはわざわざのご足労、ありがとう存じます。
先日の会合では私たちにご賛同下さりありがとうございました。
きちんとしたお礼も言えず仕舞いでしたので申し訳なく思っておりました」
「その件は話を聞いて下した私の判断ですから礼なぞ不要です。
今回参ったのはほかでもございませぬ。
トーラス卿を討つ件についてなのですが、なんとか生かして捕らえていただきたいのです。
タマルライト皇子の命となれば本来戦へ参加するのが筋なのですが、我が領土は西の端で遠い。
今から派兵準備しても王都まで七日はかかります」
「左様でございますね。
どのような戦いになるかわかりませんので確約はできませんが出来るだけやってみましょう。
ちなみにそれはホウライ伯爵のお父様のご病気に関係しているのですか?」
「はい、恥ずかしながら私には医学に関する知識がございません。
また領内にも薬師は少なく高度な医学に精通している者がいないのです。
ですのでトーラス卿から購入している薬の入手先が知りたい。
そんな身勝手な理由でレン殿へ危険を押し付けて大変申し訳ございません」
そう言ってダイメイは深々と頭を下げたのだった。自分よりもはるかに年下の小娘に向かってためらいなく頭を垂れるその姿は私の心を打ち、その想いに応えたいと強く感じる。
「ダイメイ様、お顔を上げてくださいませ。
誰であっても親兄弟を気遣う気持ちは尊いものです。
どのような薬であるかわかればこちらで手配することも出来るかもしれません。
出来る限りのご協力はさせていただきます」
「おお、ありがたきお言葉!
ぜひぜひよろしくお願い申し上げます。
今後とも良いお付き合いが出来ますことを願っております」
「こちらこそダイメイ様にはお世話になっていますし、ぜひご恩をお返しできればと考えております。
ところでまだしばらく王都に滞在されるのでしょうか。
こんな状況ですしご領地へ戻られますか?」
「いいえ、タマルライト皇子のお側で助力出来ればと、王都へ留まるつもりです。
なにか私にできることがございますかな?」
「実は保護している女性がいるのですが、戦の場まで連れて行けませんので悩んでおります。
ご迷惑でなかったら一時的にお預かり下さいませんでしょうか」
「なるほど、戦士でもない方を戦場へ連れていくのはご不安でしょう。
私がお引き受けいたします。
私は城の東にある宿屋へ宿泊しておりますので御用の際はいつでもいらしてください」
「ご配慮感謝いたします。
ことが済みましたら必ず迎えに参りますのでそれまでどうぞよろしくお願いいたします」
話が終わった後、私はモーデルにはトーラス卿の娘であることを黙っているよう伝えてからダイメイへと預けた。西の辺境伯であるホウライ家の前当主とは面識がないが、跡を継いだ題名を見る限り悪い印象は感じない。
だが言葉の端々にはタマルライト第四皇子派であることがうかがえるため、将来的には解放派と対立する可能性も考えられる。しかし敵対したいとは思えない人物だったのでこの先も好ましい関係を築ければいいのだが、こればかりは王位継承情勢次第なので流れに任せるしかないだろう。
こうして朝から慌ただしく時間が過ぎていき、あっという間に辺りが暗くなっていた。夜襲と言うのも有りだろうが地の利は向こうにある。こちらから仕掛けるのであれば日中が好ましい。
そんなことを考えていたところへ早馬がやってきたとの報告が有り、私はいよいよ始まる決戦に身の引きしまる思いで使者からの指示書を開封するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます