第60話 夢の話
タバスはゆっくりと話し始めた。それは数年前のことだったと言う。
「ある新月の晩、私はなかなか寝つけずに天井を見つめていました。
もちろん部屋の中は真っ暗なので天井なんて見えはしませんでしたがな。
ところが突然窓の外が明るくなったのです。
松明の灯りよりももっと明るく、そして真っ白に。
隣で寝ていた家内が灯りを消してと寝言を言うほどでした」
タバスは目を細めながら遠くを見つめるような視線で言葉を続ける。
「思わず窓の外を見てみると真っ白な光が段々と降りてくるではありませんか。
そしてその光の中には人影のようなものが見えました。
私はこれは何者かのまじないか何かかと思いました。
光と人影は窓の高さまで来るとその場にとどまったのです」
私は思わずごくりと生唾を飲み、隣に座っているモーデルはお茶を一気に飲み干した。口が渇いた様子のタバスもカップを手に取って一口飲む。
「その人影には顔も目も口もなくただ真っ白な人形のような姿です。
しかし口も開かないのに言葉を話しはじめました」
『心優しき男よ、喜びなさい。
まもなくはるか遠くの地から少女がやってくる。
誰よりも優しく誰よりも不幸な女神は民を見て憂(うれ)うだろう。
その憂いが全てにを破壊を齎(もたら)す。
しかし案ずることなかれ、破壊の後(のち)荒野には再生が訪れる。
恐れるな、悲しむな、優しき者たちよ、女神と共にゆかん。
大地が民へと還されるその日はもう間もなくである』
「いつの間にか朝になり私は目覚めました。
妻に聞いてもそんな言葉は聞いていないと言う。
私は忘れてしまわぬようすぐに書きとめておきました。
それを記したものがこちらです」
タバスはそう言ってキマタが持って来た木の箱を開け、中から紐で巻いてある羊皮紙を取り出した。確かに数年は経っているのだろう。汚れてはいないが紐が色あせて変色している。紐を解いて読んでみると確かに先ほど聞かされた文言が書いてあった。
「意外であったのははるか遠くからやってくると思っていた少女が国内に現れたことですかな。
破壊をもたらすというのは、まさしく先ほど見せていただいた人知を超えたその力。
会合で騎士を壁へ叩きつけたのを見て、もしやと思ったのです」
確かにみんなからすれば私は王都で産まれ辺境へ飛ばされたいち国民だ。しかし実は別の世界からやってきたわけなので感覚的には相当遠くから来たことになる。だがこのお告げのようなものは本当なのだろうか。私の噂を聞いてから書いたものと言う可能性もある。
何のために? それは自分の野心のために私を利用するためと言うくらいしか思い浮かばないが、目の前にいるタバスがそこまでするのだろうか。今はまだ本当だと判断できないが、かといって嘘だと決めつける要素もない。
「夢のことはよくわかりました。
しかしそれを鵜呑みにするほど私は平坦な道を歩いてきたわけではないのです。
タバス様を疑うわけではございませんが、判断にはしばらくお時間をいただきたく存じます」
「それはもっともだとも。
突然荒唐無稽な話を聞かせてしまい申し訳ない。
この話はただ聞いていただきたかっただけで話の本筋でもございませぬからな」
「はい、反逆者を討つ件ですが、タバス様の兵は今どこにおられるのでしょう。
もし本国に置いたままと言うのであればおそらく間に合いません。
ですので我々からの提案と要望は一つでございます」
「私もおそらく同じことを考えておりますよ。
レン殿の軍が国賊を攻めている間、我々はモンドモル軍を引き受ける。
さすれば一度勝っている相手に遅れはとらぬ、こうであろう」
「流石です、私の言わんとすることは全ておっしゃられました。
やはり小娘の考えることなどお見通しと言うわけですね」
「敵はやはりトーラス卿とハマルカイト皇子とお考えか?
北の地に留められているゴーメイト皇子の可能性はござらぬか」
「確かに可能性はあるでしょう。
遠方にいるので足はつきにくいですから。
しかし細かい指示も出せなくなりますから暗殺までは難しいかと」
「なるほど一理ある。
最後に一つ聞きたいのだが、レン殿はタマルライト皇子を次期国王として推すのだろうか」
聞きたかったことを先に言われてしまった。これになんと答えるべきだろうか。下手に濁しても不信感を与えるだけだし、こちらの計画をある程度調べてあることは明白だ。私は正直に答えることにした。
「私は今回の件で国をどうかしようとは考えておりません。
王位継承争いにも興味はございません。
ただ我々を陥れようと罠をはった相手には相応の罰を与えなければなりません。
結果として王位継承争いになんらかの影響がでることでしょう。
その場合にふたたび武器を取る時が来るのであれば、我々は民の利益になる側へつくだけです」
「なるほど、よくわかった。
タマルライト皇子は継承権第一位だ。
それゆえ策を巡らす必要なぞなかった。
ただ突然の反乱によりその手腕がいきなり試されておる。
下手をすれば国民からの不満や不信は大きなものになるだろう」
「確かにその通りだと存じます。
しかしいずれ王になるのであればいかなる困難をも乗り越えなくてはいけません。
他の二人の皇子はどうなのでしょうか。
少なくともハマルカイト皇子にはその資格は無いと考えております。
第六皇子のダーメイト殿下のことはほぼ何も知りませんが、あのお方はどのようなお人柄でしょうか」
「ダーメイト皇子は王妃閣下によく似ておられる。
とにかく優しいお方だが人の上に立てるようなお人ではない。
自主性に欠けると言えば分りやすいかもしれぬ。
私は現在の三皇子共に王の器ではないと考えておるのだ。
将来的にはわからぬが、現段階では時期相応であろうな」
「つまり現段階ではタバス様が後ろ盾する皇子はいないと?
正直意外でした、てっきり――」
「王位継承の争いで勝ち組へつきたいのだと思いましたかな?
わっはっは、私にはもう欲がないのです。
いい加減いい歳でありながら跡継ぎには恵まれなかった。
このままでは断絶だったのだがこのキマタが養子として我が家を継いでくれることになったのだ。
もうそれだけで満足なのですよ」
「それではビスマルク先生のお家はどうなるのですか?」
「我が家は二男が継ぐ予定です。
これも王族付きの領地無し名誉侯爵という気楽な身分だから出来ること。
ですから私がいなくとも問題は無いのです」
細かい事情はわからないが貴族にもいろいろあるようだ。だがタバスが民に平等をと考えているのならせっかく受け継いだ領地を失ってしまうだろう。それでも構わないのだろうか。
「まあ継がせると言っても少々の農地と小さな岩塩鉱山があるだけの貧乏領地です。
まさに貧乏くじを引かせるようなものですな。
そんな私に残された夢は全ての民が平穏に暮らせる世の中を見ること。
まあこれは生きているうちには現実にならないと思っていますがな」
ああ、なんだかもうわからなくなってきた。タバスもキマタも根っからの善人に見えてくるが、そう思わせるくらいの悪人かもしれないと考えがまとまらないのだ。私は怪力ではなく、嘘か本当を見抜く力があれば良かったと強く思っていた。
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